くるり『Liberty & Gravity』に宿った“変な歌”の正体…ニール・ヤングにもつながる春日八郎『お富さん』との意外な系譜
くるり『Liberty & Gravity』に宿った“変な歌”の正体…ニール・ヤングにもつながる春日八郎『お富さん』との意外な系譜

4月27日、ロックバンド・くるりのフロントマンを務める岸田繁が誕生日を迎える。独特のメロディーと歌詞で多くのファンを魅了してきた彼の音楽だが、とある曲のルーツをたどると、意外にも昭和の大ヒット曲に行き着く。

一体どういうことなのか。

60年後に受け継がれた“変な歌”

日本の3大ビート・ソングといえば、笠置シヅ子の『東京ブギウギ』、春日八郎の『お富さん』、それに坂本九の『上を向いて歩こう』の3曲だろう。

『東京ブギウギ』は文字通りブギウギのビート、『上を向いて歩こう』は忌野清志郎が必ずこう言って紹介したように、“日本の有名なロックンロール”である。

『お富さん』は、沖縄出身で奄美大島で育った渡久地政信が沖縄音楽・奄美新民謡の要素を織り込んで作った民謡で、ダンスミュージックでもあるカチャーシーに、日本流のハンドクラップ(手拍子)が鳴り響く。そのあたりの高揚感は、ジャマイカのスカにも通じている。

1954年に爆発的にヒットした当時は、リズムの裏に合わせてハネる歌の心地よさで、幼児から大人にまで盛んに歌われた。

どこかアナーキーで意味不明な歌詞は、子どもばかりか大人にも“変な歌”と受けとめられたが、歌舞伎の名場面から引用した台詞のイメージと、日本語の語呂のおもしろさだけで十分だった。

はっぴいえんどを結成して日本語のロックを完成させる大瀧詠一は、10歳で洋楽に出会うまでは、地元の岩手県で山の景色を眺めながら、『お富さん』ばかりを歌っていたという。

しかし、春日八郎が亡くなってからは、今でも歌い継がれている『東京ブギウギ』や『上を向いて歩こう』に比べて、『お富さん』はかなり存在感が薄れてしまった。

ところが2014年、発売前からPVが評判になって“変な歌”と話題を呼んだ、くるりの『Liberty & Gravity』で状況が変わった。『お富さん』のエッセンスが受け継がれていたのだ。

「全く繋がっていなかったものがたまたま繋がったりとかするんだ」

哲学研究者で思想家の内田樹が、大瀧詠一と交わしていた最後のメールには、奇しくも『お富さん』が出てくる。

大瀧さんからの最後のメールは、僕がニール・ヤングの「Till the Morning Comes」は春日八郎の「お富さん」と同じメロディーなのでは・・・と書いたことについてのものでした。

ニール・ヤングはこの番組を見ていたのではという。(内田樹)

大瀧詠一が“この番組”と指摘したのは、ハワイ出身のジャズ・ビブラフォン奏者のアーサー・ライマンが、テレビに出演して演奏した『Otome-San(お富さん)』のことだ。それを観ると、確かにニール・ヤングの曲と『お富さん』が繋がっている感じがする。

くるりを率いる岸田繁は、そのニール・ヤングを自分のロックのルーツの一人として挙げている。

そしてニール・ヤングがセックス・ピストルズのジョニー・ロットンに言及し、カート・コバーンが遺書に引用したことでも有名な『マイマイ、ヘイヘイ』にインスパイアされて、『ヘイ! マイマイ!!』という曲も書いている。

古語の“まいまい”、すなわち、かたつむりを歌ったくるりの『ヘイ! マイマイ!!』は、なぜかオーストリアのウィーンで2007年にレコーディングが行われた。

『Liberty & Gravity』についても、岸田はウィーンに滞在していた時に作ったことを日記で明らかにしている。しかもなんの偶然か、かたつむりの写真付きだ。

岸田日記Ⅱ #7
お盆休み的なムードが街角に漂うなか、はっきりしない空模様と、凄まじい湿気にうんざりしながらも、夏が終わってしまうのは嫌だなぁと、毎年のように思う。「Liberty&Gravity」を書き上げたウィーンのホテル。てか、滞在中にアコギで夜中作ってた曲です。

岸田はさまざまな文化が交じり合うウィーンという都市について、日記の中で「アコーディオンやバンドネオンを使った街頭ミュージシャンが多く、イタリア系だったり東欧系だったり、トルコ系だったり,居酒屋は特に人種の坩堝である」と記している。

『Liberty & Gravity』は要所要所に、「よいしょっ!」という祭り囃子の合いの手やハンドクラップを多用し、懐かしい日本を感じさせつつも、強力なロック・ビートでドライブしながら組曲のように展開していく。

そこに岸田繁らしいセンチメンタリズムと、クールなラップまでも織り込んで、21世紀ならではの日本のビート・ソングが誕生した。

『Liberty & Gravity』という無国籍ハイブリッド・ポップには、あらゆる音楽と真面目に向き合ってきた岸田の個人的な音楽史が、これでもかとばかりに注ぎ込まれている。

世界中の、全く言語も文化も違う音楽に、少しでも何らかの感銘を受けた時、遺伝子レベルでの記憶や、全く繋がっていなかったものがたまたま繋がったりとかするんだ。遠く離れた国の、言葉もわからない音楽を聴いて、涙が溢れたり、笑い転げたりすることが楽しいんだよ。(岸田繁)

文/佐藤剛 編集/TAP the POP

参考・引用
追悼「大瀧詠一の系譜学」内田樹 目から鱗のナイアガラ

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