福島県・飯坂温泉にある旅館の一室が、SNSで大きな話題を呼んでいる。壁も天井もキャラクターグッズで埋め尽くされた部屋に宿泊できるという。
「旅館のクオリティじゃねえ!」
きっかけとなった投稿は、こんな一文だった。
〈1週間前 「すいません、12日お部屋空いてませんか?」「1部屋空いてるよ」「素泊まりでいいので!よろしくお願いします!」…で、用意されたお部屋がこちらになります〉
投稿に添えられた写真には、天井や壁、押し入れに至るまで、キャラクターグッズがびっしりと、それでいて丁寧に飾り込まれた客室が写っていた。その圧倒的な作り込みに、SNSでは驚きの声が相次いだ。
「旅館のクオリティじゃねえ! ただのガチオタ部屋にしか見えん! でもよく見るとちゃんと旅館としての設えがある!」
「実家暮らしの限界オタクの自室みたいな宿あるのか」
「このグッズの量と清潔感両立できてるのまじですごすぎる…」
「やべー宿はいっぱいあるんやな、、、泊まりたすぎる」
この部屋は、飯坂温泉の「温泉むすめ」キャラクター・飯坂真尋をテーマにした、いわゆる「真尋ちゃん部屋」だ。
「温泉むすめ」は、全国の温泉地をモチーフにしたキャラクターを通じて、その土地の魅力を発信するプロジェクト。飯坂温泉にも公式キャラクターの飯坂真尋がおり、飯坂温泉の公式サイトでも、真尋ちゃんに関するグッズや企画が長く展開されてきた。
そのなかでも、ほりえや旅館の「真尋ちゃん部屋」は、ファンの間でとりわけ知られた存在だ。温泉むすめ公式サイトでも、飯坂温泉の取り組みの一例として触れられ、「真尋ちゃん部屋」は、ほりえや旅館ならではの企画力と実現力だと評価されている。
だが、当初の「温泉むすめ」とのコラボ部屋は、ここまでの仕様ではなかったという。いったいどのような経緯を経て、ここまで進化していったのだろうか。
そこで、ほりえや旅館5代目当主で、飯坂真尋ちゃんプロジェクト2代目実行委員長の和田一成さんに話を聞いた。
和田さんによると、当初のコンセプトは、いま想像されるような“グッズ部屋”ではなかったという。
ただの“女の子の部屋”がグッズ部屋になった理由
「温泉むすめのキャラ設定では、キャラたちが鳥居から鳥居をワープして、『お社渡り』で東京お台場の師範学校に通っています。そのため、ほりえや旅館前に鯖湖神社と鳥居があるので、飯坂真尋ちゃんがほりえや旅館に住んでいて、目の前の鳥居から学校に通ってるという体で部屋を製作。
最初はベッド、学生カバン、衣装(自作)、勉強机、それと女の子の部屋を意識して作っていました。お客様のチェックインに合わせて、香水をお部屋にかけたりもしていましたね」(和田さん、以下同)
つまり最初は、グッズを並べた部屋ではなく、「真尋ちゃんが実際に暮らしている女の子の部屋」を再現しようという発想だった。だが、その部屋はやがて別の進化を遂げていく。
「各スポットでは、ファンの方々が全国各地の温泉むすめグッズや声優さんのグッズを奉納して、祭壇が出来上がります。うちの旅館にもたくさんのグッズが奉納され、当初はロビーに置いていたのですが、置ききれなくなって真尋ちゃん部屋へ置いていき、いつしかこんな部屋になりました」
つまりこの部屋は、宿が意図的に作り込んだというよりも、ファンが持ち寄ったグッズによって“育っていった部屋”だったわけだ。
現在は天井にびっしりとマフラータオルが貼られ、寝転んでも温泉むすめと目が合う仕様に。布団を出してしまい、押し入れもグッズで埋め、アクリルキーホルダーは100円ショップで買った土台を使って、一つひとつ立てて並べているという。こうした手作業の積み重ねが、圧倒的な景色を作っている。
「ファンの方々は、全国各地のグッズを買っているので、やろうと思えば家でも出来るんですが、一人暮らしじゃないと、なかなかこんな思い切ったことは出来ないそうなんです。だから、こんな感じで飾り付けすると、これだけのグッズを飾れるよっていう、アドバイスみたいなこともしています。部屋に入ると、最初はみんな興奮しているけど、我が家のように落ち着くらしいですね」
真尋ちゃん部屋は、ただの“観光名所的な部屋”ではない。
さらに、この部屋は旅館経営の面でも意味があった。もともとこの部屋は、子ども部屋の手前にあり、小さな子どもの足音が響きやすいため、稼働率が低かったという。
経済効果以上のものをもたらした温泉むすめコラボ
だが和田さんは、「真尋ちゃん部屋にしたことで、稼働率が上がった」と振り返る。温泉むすめファンは部屋そのものに気持ちが向いているため、足音もさほど気にせず、むしろ気に掛けてくれることもあったそうだ。
ただし、誰にでもこの部屋を提供すればいいというものでもない。じゃらんや楽天などのOTA(オンライン旅行予約サイト)では、内容を詳しく読まずに予約する人もいるため、この部屋のことを知らずに予約した一般客が入ってしまうと、驚かせてしまう可能性がある。
そのため、真尋ちゃん部屋は基本的に電話かXのDMで予約を受けているという。
また、一般客室がオーバーブッキングした際には、大量のグッズをいったん外して、普通の部屋に戻したことも4、5回あったそうだ。あの部屋は、勢いだけで成立しているのではなく、かなり細やかな気遣いの上で運営されている。
それでも、手応えは大きい。
「リピーターは一般のお客さんより圧倒的に多く、年に何度も来ます」と和田さんは話す。
さらに、温泉むすめファン同士だけでなく、観光協会や他の温泉地との交流まで広がった。
「温泉むすめファンのお客さんは何度も来ますが、その方々との交流も多く、今では観光協会の方も含めて、一緒に居酒屋に行くようになりました。私の誕生日は4月15日ですが、毎年、誕生日プレゼントやXで『誕生日おめでとう』メッセージがたくさんいただけます。
温泉むすめコラボを始めたことで一番すごいと思ったのは、若い世代の子が来てくれることもそうですが、温泉むすめがいる温泉地同士の交流も増え、お互い行き合うようになったり、他の温泉地の方と一緒に旅行に行くようにもなったことですね」
ここ最近は、温泉むすめ目当てではない若い世代の観光客も来るようになり、売り上げも前年比1.4倍ほどになっている実感があるという。
アニメやキャラクターをきっかけに、それまで縁のなかった土地に若い人たちが足を運ぶ。さらに、観光客と地元が一緒になって物語を育てていくことで、交流そのものが生まれていく。
温泉むすめは、経済効果という数字の側面だけでは測りきれない、かけがえのない効果を生んでいるようだ。
取材・文/ライター神山

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