『CUT』の表紙がアニメなのにはすっかり慣れてきた!
……のですが、『CUT』2月号はちょっとびっくりしました。
今までは『けいおん!』や『ヱヴァンゲリヲン』や『マクロスF』など、アニメーションの流行を見た上で、総括的にインタビューしたものが多かったのですが、今回は『たまこまーけっと』。
本が出た時点でまだ2話しか放映してない。
つまり、始まる段階から激推し。文章ももー、気合入りまくりなんですよ。
この作品が本当にすごくて、今こそ見るべき価値がある、と言わんばかりに力強くプッシュしており、インタビューの熱も尋常じゃありません。
冒頭文にはこうあります。
「実際、『たまこまーけっと』は、どれだけ声を大にしても叫び足りないくらい素晴らしい、まっすぐな思いに貫かれた作品である。
特集タイトルにもさせてもらったが、観た人の人生とその日常をそれまでよりも少しだけきらっと輝かせるような、観たあとにはちょっとだけ腹に力がはいる気がしてくるような、あるいは、この3人の作品ならではの温かさと優しさに満ちた、「世界はこうあってほしい」という作り手自身の「思い」をそのままぎゅっと凝縮してひとつの作品にしてしまったような、どこまでも前向きなメッセージに溢れた作品なのだ。」
うん、演説みたいだ! すさまじい熱意を感じる!

『たまこまーけっと』はとても不思議な作品です。
監督は山田尚子、脚本が吉田玲子、キャラデザが堀口悠紀子。これは『けいおん!』と同じ三人スタッフです。
『けいおん!』は説明しやすいですよ。「女子高生がバンドやる話だよ」と。細かい部分はそこから順次伝えていけます。

しかし『たまこまーけっと』はなんて説明すればいいかわからないんですよ。
「商店街人情モノ」と言われたら、それは違う。
「鳥が出てくるどたばたギャグアニメ」と言われても、それも違う。
高校生が主人公だけど、高校の出来事と商店街の出来事が両方描かれていて、しかも並列。
あらすじを書くと、こうなります。
「主人公北白川たまこは、うさぎ山商店街の餅屋で働く高校1年生。
彼女の元にやってきた、謎の鳥デラ・モチマッヅィが騒動を起こす中、商店街の個性的な面々やクラスメイトと交遊を深めていく」
だめだだめだ、こんなんじゃ『たまこまーけっと』の魅力は全く伝わらない。
人情モノなんだけど人情モノじゃないんだよ。

このあたりを、『CUT』では非常に丁寧に、情熱的に語っています。
「何より素晴らしいのは、これが単に最大公約数的なセオリーに則っただけの平面的な理想などでは決してなく、山田尚子個人の思いを突き詰めた極めてパーソナルな理想、つまり一種の思想であるということだ。あくまでいち個人の感性と視点で作品を見つめるからこそ、セオリティカルな大きな網目のふるいでは零してしまう細やかな息遣いや変化、季節の移ろいといった機微を作品に刻むことができるのだと思う」

熱いな!
でもそう、そうなのですよ。
この『たまこまーけっと』という作品は本当にジャンルわけのしようがない、できない。
してもしかたない。
だって、山田尚子監督の中にある究極の、理想の場所を描いた作品なんだもの。

鳥は、傍観者としての立ち位置。
「うさぎ山商店街」という、ちょっと古い香りただよう商店街と、高校を舞台に、いろいろな人々が出てきます。
描かれるのはドラマではありません。日常です。

この作品で描いているのは、個々が感じている「感覚」
NHKの朝の連続テレビ小説をイメージして見ると、想像と全然違う展開になっていると思います。
一見ノリはおんなじようで、何の事件も起きないんです。
ひたすらに、ただ「幸せ」なんです。

山田尚子はインタビューでこう語ります。
「やっぱりめちゃくちゃ憧れてるんですよ、こういう世界に。
人と人が普通に会話するだけでも憧れます。『おはよう!』って言い合ってるだけでも憧れますので。『たまこまーけっと』はそういうことだと思うんですよね」

描こうとしているのは、商店街の様子じゃなくて、「『おはよう!』がある場所」。
確かに最近、そういうのって少ない。すれ違う人と「おはよう」だなんて、経験があんまりない。
実質描かれているのは、商店街なんです。けれど焦点が当たっているのは「幸せの空間」の部分。
おそらくワンカット切り出して見ても、それは何を示すのか、わからない作品です。まるまる一話まとめてみて、やっと形にならない「幸せ」が見える作品なんです。
この幸せも一筋縄ではいかない。
監督は続けて言います。
「みんな絶対に孤独な時間があって、孤独な思いをしてて。もうどうしようもできないくらいの時もあると思うんですけどね、それを見せたがる主人公ではあってほしくなくて。作品としてネガティブな部分がないと成立しないというわけじゃないと思うし、それがあっての幸せを見せていきたいと思うんです」
画面には決して、膝を抱えて座り込むような悩める少女は一切出て来ません。
でも、確かにそれを感じさせるものはある。その上での、みなが努力して作ったしあわせの空間が、この『たまこまーけっと』にはあふれています。

脚本の吉田玲子はこの点を同じように語っています。
「商店街のみんなをはじめ、登場人物たちには遠慮がないように見えるけど、実際にはちょっとずつ遠慮しているっていう空気感、ですかね。意外とズバズバ言う人がいない。その感覚ですかね」
「人の心に土足で入ってくる人がいないっていうことなのかなあと。それが、この世界を作ってる大切なものなんだと思うんですけど。みんな人の気持ちがわかるんですよ。それは鳥ですらっていう(笑)」

商店街全体に「おはよう!」って言える多幸感がある。
けれども踏み込みすぎない。距離感をわかって接しあっている。
たまこはみんなに愛される元気な、商店街の看板娘的存在。
彼女も、商店街のみんなも、クラスメイトも、ずけずけとしていない。
相手の幸せを願って、気を使って、幸せをみんなで作っている。
作品にあふれているのは、どうしようもないくらいの「幸せ」。

本当に不思議な作品です。
山田尚子、吉田玲子、堀口悠紀子という三人の女性の、理想郷を形にした作品なんです。
ほんと繰り返しになるけど、人情とかじゃない。もっともっと自分の生の部分に近い、人間の距離感の肌感覚の映像なんです。
『けいおん!』も確かに、言葉にしない幸せ、キラキラした高校生活が、行動として描かれていましたが、さらに純度を増した感があります。
ちなみに、演奏はしないものの、すごいマニアックな喫茶店が作中に出てきて、毎回イカす音楽をレコードで聞かせてくれます。

興味深いことに、『CUT』のインタビューでは、山田尚子・吉田玲子ともに、元々は世界の否定、攻撃の方が自分にしっくりきていたのに、いつしか世界の肯定へと考えが移っていったことも話されています。
それがどうやってこの「幸福」の世界、いわばフィクションの「絵空事」の「幸せ」の極地にたどり着いたのか、是非読んでみてください。

ところで、吉田玲子がこんな発言をしています。
「井上ひさしさんが登場人物の言葉として言わせているんですけど、『世の中には灰があって泥があったりするけれども、自分たちの仕事はその中から宝石を取り出して見せることだ』っておっしゃっていて。それすごくいいなあと思っていて。自分の仕事もそうでありたいなってのはちょっと思ってます」
これは『たまこまーけっと』を読み解く上で重要な文になりそうです。

この作品に興味あるけどいまいちピンときていない人。
面白くて見ているけれども、何が面白いか説明出来ない人。
作品にとても共感して、何かを言いたい人。
是非読んでみてください。この「ノンジャンル」な作品のポイントが一気につかめます。

ぼくの注目キャラは、クラスメイトのみどりちゃんです。
あの子、色んな物抱えた上での笑顔なんだぜ。絶対。

『CUT』2013年2月号
『たまこまーけっと BD (1)』

(たまごまご)