震災から2ヵ月半、いま俺たちが聞くべきは、戦争を体験し、そこを力強く生き抜いてきた加藤さんのことばなんじゃないだろうか。話は震災後の発信の仕方について進んでいった。
(取材日:4月22日)
part1
別の風景を見ないと
――震災後、まわりに対して遠慮をしたりしませんでした? 直接被災はしてないんですけど、すごく気にしちゃって落ち込んでいる友人もいたり、僕は少しものが言いにくくなったなあと感じたんですよ。
加藤 そんなことはないですよ。直接被害を受けた人はともかく、そのほかの人たちに対してものが言いにくいということはないです。
――このエキレビ!は土日祝は更新が休みなんですよ。僕もそうだったんですが、家族と連絡をとれないままのライターもいました。
加藤 えきれび、というのは?
――えっと、日刊で映画や本のレビューを上げている、エンターテイメント色が強めなサイトの。
加藤 ああ、このインタビューが乗る媒体ね。ごめんなさいね、インターネットはよくわからなくて。
――いえ、すみません。
加藤 あら。書くことがないんだったらどんどん私の本を取り上げてくれればよかったのに。この震災に対しても、国内だけで議論していて、対外発信力がいかに弱いかなど。
――今までみたいにエンターテイメントの記事を上げていいのかな、と悩んでしまったんです。気持ちの整理もついていない、僕達が書いている記事にはなんの力もなく、誰も必要としていないんじゃないかという無力感が大きかったんです。
加藤 じゃあ、その無力感について書けばいい。たしかに、楽しいことを自粛してしまうところも多かった、お花見とかね。だけど、仙台の七夕まつりは開催を決めたじゃない。それでいいと思うのよ。なんでも中止にしたり自粛すると、どんよりしちゃうでしょう。
――僕も楽しみにしていたイベントがなくなったり、公開を待ちわびていた映画にたまたま津波シーンがあり、そのカットを余儀なくされたり……そのくやしいとも悲しいともつかない想いを振り絞って記事にしました。震災で元気をなくしてしまった友だちもたくさんいました。
加藤 そんなことでは、みなさんシメールに圧倒されてしまう。
――え、なにメールですか?
加藤 シメール。フランスの詩人、シャルル・ピエール・ボードレールの『パリの憂鬱』という詩集に出てくる、人間に取り憑くいやらしい怪獣です。人にはそれぞれ違った形のシメールが取り憑いているのよ。
――その怪獣は何のために取り憑いているんですか?
加藤 人々の不幸を望んでいる怪獣だから、あなたが暗い気持ちになると喜ぶのよ。
――スキを見せちゃ駄目なんですね。
加藤 私は災害に関することはニュース以外ではなるべく見ないようにしているんです。落ち込んでいると、何をするにしても時間がかかって効率が落ちちゃうでしょう。それは自分のためにも、大きく言ったら社会のためにもよくないんです。
――ということは、加藤さんにもシメールが?
加藤 もちろん。ずいぶん強かったから戦うのに苦労したけど、もう私のほうが勝っていますよ。今ではシメールのほうが「相手を間違えちゃったな」とか思っているんじゃないかしら(笑)。とっても貧相でいじけた顔をしているけど、いまは弱々しく背中にのっているかも。
――その無力を感じていたときに、以前加藤さんに聴いた、〈防空壕に入っているときも、そっとふたを開けて月の明かりで本を読んでいる子どもでした〉というエピソードを思い出したんです。災害時でもエンターテイメントの記事を必要としてくれる人がいると信じよう、と話しあったんです。
加藤 報道されるニュースは震災のものばかりじゃないですか。だからといって、全部震災にくっつける必要はないですからね。ときどき、いろいろな場所の心の扉を開けて外も見ないといけない。別の風景を見ないと。
――ゆとり代表としてがんばります(笑)。
最初の一枚を洗うことからはじまる
加藤 20代のころ、シャトーで勉強していたことがあるんです。
――シャトー?
加藤 フランスの城館のこと。アメリカの大学で修士号を頂いたあと、フランスから奨学金を頂いて、ナンシイ大学へ留学しました。朝食と自習は、シャトーの一室で。そのとき女子学生は私を含めて3人しかいなくて、門番小屋の小さい部屋に住んでいたんです。シャワーを浴びるためには、門番小屋から数十メートル離れている男子寄宿舎になっていた、シャトーの地下に行くしかないの。
――それで毎日寄宿舎までシャワーを浴びに?
加藤 いえ、寒いから入れないの。
――え、シャワーを浴びているのに? おおっ。
加藤 あら、揺れているわね。
――まだ余震多いですよねえ。(4月22日、15時35分。震源地、千葉県北西部。マグニチュード4、1)。
加藤 ねえ。あら、なんの話だったかしら。
――えーっと、シャワーの。
加藤 あ、そうそう。その寄宿舎はね、お湯じゃなくて水しか出ないんです。髪を水と石鹸で洗うと、石鹸が落ちなくてこびりついちゃうの。ドライヤーなんてないから、乾かすこともできなくて風邪を引いちゃう。北フランスだから気温も低いし、備え付けの暖房もさわるとかすかに暖かいくらいなんです。
――そんなに!?
加藤 たまの休みになると、パリの友人の家に泊まりに行くんです。するとなんとお湯の出るお風呂があるじゃないですか!
――そこでようやく入ることができる。1ヵ月ですら想像もつかないです。
加藤 あのね、2ヵ月くらい入らないと慣れちゃうのよ。まわりの学生たちも誰も入らないから、文句をいう人はいなかった。だから避難地での生活で、数日間お風呂に入れないというニュースを観ても、まだ大丈夫よって(笑)。
――5ヵ月はいけるぞ、と。
加藤 いろんな人生があるでしょう? ちょっとしたことで暗くなってはいけないの。日本経済を復興させていくためには、普通の生活を取り戻す明るさが必要なんです。反対意見があったとしても惑わされちゃ駄目よ。私はね「バオバブの木」が大好きなの。
――バオバブ……?
加藤 『星の王子さま』って読んだことない?
――はい。
加藤 あら、あまり本を読まないのね。『星の王子さま』を読んだことない人ははじめて会ったわ。何度読んでも飽きないほどすばらしいから、一度読んでごらんなさい。それでね、お話の中に王子の星を飲み込んでしまうほど大きいバオバブという木が出てくるんですよ。こんな大きなバオバブでも、小さい芽からはじまるということを、著者のサン=テグジュペリはとても詩的で美しく伝えてくれるんです。
――どんなに困難なことでも少しずつやればいい。
加藤 そういうことなのよ。台所に汚れたお皿がたまっていても、最初の一枚を洗うことからはじまるでしょう。上智大学で23年間フランス語を教えていたときに、毎年必ず『ル・プティ・プランス』(『小さな王子』、和訳は『星の王子さま』)を教材として使っていたんです。23年間学生たちと原文を読んでいても飽きなかった。ちょっと待っていてね。
――あ、はい。
加藤 これよこれ。この『星の王子さま」をフランス語で読む』という本は、私が原文を少し引用しながら、作品の魅力を解説したの。あなたに差しあげるわ。
――ありがとうございます。
(加藤レイズナ)
part3