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村上春樹『騎士団長殺し』の料理が昭和レトロな件。実際につくって検証してみた(特別寄稿・鴻巣友季子)

2017年4月23日 10時00分
これから、昭和レトロな春樹ワールドを探求しようと思う。「えっ? 村上春樹が昭和レトロ?」と不審に思う方もいるかもしれない。

だから、本題に入る前に、この原稿を書くに至った経緯を少し書くと、最初は「すっぴん!」というラジオ番組の新刊コーナーで、ゲーム作家の米光一成と翻訳家の鴻巣友季子が村上春樹の『騎士団長殺し』を紹介したが、番組後もふたりの話は尽きず、だったらトークイベントで存分に話そうということになり、下北沢の本屋B&Bで2時間のトークをやったところ、じゃ、せっかくなので、これの全記録を電子書籍にしようという運びになり、急きょ作られたのがこちらの『村上春樹「騎士団長殺し」34の謎』であります。
『村上春樹「騎士団長殺し」34の謎』米光一成×鴻巣友季子(アオシマ書店)

「昭和サラダ問題」のはじまり


そのトークイベントの質疑応答で、こんな質問が出たのだった。

「主人公がよく拵えるサラダが昭和のサラダでびっくりしました。レタスとトマトとピーマンの輪切りと玉ねぎのサラダっていうのがありましたが、1970年代の喫茶店みたいです。米光さん、鴻巣さんはどう思われますか?」

ま、ざっとこういう内容です。そうですねえ、たしかに、昭和的な感じはする。小学校の家庭科の授業で作らされたサラダみたいだ。というので、これは「昭和サラダ問題」と呼ばれるようになった。
それに加え、春樹の小説で主人公が作る料理は、どこか飲食店っぽいのである。喫茶店、バー、居酒屋のメニューや突き出し。「セロリと牛肉の煮物」「山芋のフライ」(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)とか、「缶詰の鮭とわかめとマッシュルームのピラフ」(『羊をめぐる冒険』)とか、「長葱と梅肉のあえもの」「千切りじゃが芋とサラミのにんにく炒め」(『ダンス・ダンス・ダンス』)などなど。なにしろ、彼は大学生の頃からジャズ喫茶でバイトをし、自分でもジャズ喫茶&バーを開いて料理を作っていたのだから、その影響は少なからずあるだろう。台所で効率よく立ち働く主人公の調理の段取りや立ち居振る舞いには、どことなくバーのマスターの風情がある。

春樹といえば「オシャレ」だった


さて、村上春樹の描く世界といえば、今40代、50代、60代の青春時代(1970年代から90年代半ば)には、オシャレの象徴だった。春樹の主人公はスパゲティでなく「パスタ」と言い、国産の瓶ビールなんかではなく、バドワイザーの缶ビールを片手に料理をし、出かけるときは、デッキシューズ型のスニーカーズに、ボタンダウンのシャツとチノパンツ、ジャズの「レコード」が並んでいるアメリカンなバーで女の子とナッツをつまみ、ヴォネガットのペーパーバックを読み、オーディオと欧州車にこだわる。

そんなわけで、わたしら、春樹といえば「オシャレ」が枕詞のようについてきた世代であり、主人公のライフスタイルが垢抜けすぎていて鼻につく、とけなす人もいたのである。
ところが、一昨年だったか、大学の授業でなにかの拍子に、「村上春樹はみんな読んでるよね?」と問いかけたところ、ほとんどだれも読んでいないことがわかった(けしからん!)。そこで、数少ない春樹読者に、「彼の小説ってオシャレすぎて現実味がないと言う人もいるけど、どう思う?」と訊いたところ、「えっ? オシャレ?……オシャレってどういう……?」と逆に尋ねられた。

そうか。
なるほど。

たしかに、もう今の子たちはなんでもスマホで済むから、「オーディオ」なんて要らないかもしれないし、お酒も飲まない人が多いし、ゆえにバーで女の子とナッツもつままないし、多くは車にも乗らない。昭和および20世紀末において、キラーアイテムだったものを、もはや彼らの多くはまったく必要としていないのだ。海外の純文学など読む奇特な若者がいるなら、ヴォネガットよりカズオ・イシグロかポール・オースターあたりだろう。

つまり、いまや、村上春樹の世界はオシャレというより、昭和レトロの魅力を発揮しているのではないか、というのが、最近のわたしの雑感だ。

やはりサラダがひときわ昔っぽい


 というわけで、「昭和テイスト」、とくに「昭和的お酒と料理」をキーワードに『騎士団長殺し』を見なおしてみたい。『村上春樹「騎士団長殺し」34の謎』でも、「食べ物はどうなっているか?」と「飲み物はどうなっているか?」という項目で、本作の飲食物について論じている。まず、食べ物。ある日の主人公の昼食はこうだ。

アスパラガスとベーコンのソース(作り置きをソースパンで温めた)のパスタ
パセリをみじん切りにしているので、出来たパスタに散らしたと思われる。
レタスとトマトと玉ねぎとピーマンのサラダ
作り置きのアイスティー

第二部P26より 秋川笙子と姪のまりえが来た日に、「パスタとサラダぐらいならすぐ作れます」と言って、「きびきび」と料理)

ここですね、昭和的喫茶店サラダが登場するのは。
この日の献立をいちおう忠実に作ってみた。こうして見ると、やはりサラダがひときわ昔っぽいかなー。なにが原因かというと、ひとつはレタス。これが絵柄として、とても良い昭和感を出しています。現在、ちょっと洒落た食卓画像を撮ろうとするなら、レタスでもロメインレタスかプリーツレタス、あるいは、ルッコラ、ベビーリーフ、水菜あたりを使いそう。今回、トマトはフルーツトマトやプチトマトは使わず、ふつうのトマトをあえて櫛切りにしてみたら、よけいに昭和っぽくなった。

で、ピーマンですね。ピーマン輪切り。これがのっかるだけで、モーニングセットのサラダ感が増し増しになります。これも今風にするなら、パプリカやカラーピーマンかな。
次に、パスタ。アスパラベーコンの「ソース」と書いてあるので、たぶんバター醤油などの和風ではなく、クリーム系だろうと推測。

「ソースパンで温めた」そうなので、作り置きに違いない。この主人公は一週間ぶんの料理の下ごしらえを一日でやって、冷蔵、冷凍しておくのだ。わたしも忠実に、前日作っておいた。

日本でスパゲティといえば、1960年代までは、ミートソースかナポリタンだった。ここに1970年代、渋谷「壁の穴」などの店が、創作メニューを定着させる。そう、納豆スパ、しめじスパ、たらこスパ(『羊をめぐる冒険』にも登場)といった和風もの。それと同時に広まった代表格が、ボンゴレ、カルボナーラ、アスパラベーコンあたりではないだろうか。日本のパスタ文化に貢献した街に、東京で渋谷と並んで吉祥寺がある。じつは、わたしが村上春樹のカルチャーにいつも感じるのは、昭和の吉祥寺文化なのだ。まあ、彼がジャズ喫茶「ピーターキャット」を最初に開店したのは、東京の国分寺だから、吉祥寺文化圏と近しいのは当然。若い世代のために書くと、吉祥寺はもともと新宿、渋谷などと並んでジャズ喫茶&バーのメッカだった(もちろん今も健在)。ご本人も、吉祥寺の名店「メグ」や「ファンキー」によく行ったそうである。

もうひとつ、わたしのなかで村上春樹と昭和の吉祥寺文化をつなぐのは、1970年代に発行されていたあるミニコミ。この媒体あるいはその近辺にデビュー前の村上春樹が関わっていたという記憶がうっすらとある。まったくの記憶違いの際にはお赦しいただきたい。

話をもどすと、このアスパラベーコン・パスタを一段と昭和ナイズしているのがパセリだ。今、パスタを出す飲食店で、イタリアンパセリではなく、あの香りと苦味の強いパセリを使うのは、昔ながらのスタイルを演出している洋食屋さんとか、本当に昔ながらの喫茶店ぐらいではないか。家庭用の日清マ・マーとかカゴメなど一般的なメーカーも、パスタ製品のパッケージには、イタリアンパセリかバジルの写真を使っている。現実には、パセリは今もふつうに使われている食材だと思うが、画像に入れると妙に懐かしい図になる。


そして、この昼食の飲み物は喫茶店っぽくアイスティー。食後にコーヒーを飲むことが多い主人公なのに、この日はいつのまにか、冷えたアイスティーがちゃんと冷蔵庫に用意されている。いつ作っておいたんだ? まりえちゃんがいるとき以外はいつ飲んでいるんだ? と訝ってしまうが、とにかく春樹ワールドでは、あるものは、ある。ないものは、あらないのである。
(鴻巣友季子)

後編「お酒のチョイス」問題に続く

昭和サラダ問題は『村上春樹「騎士団長殺し」34の謎』でも語っている(「登場する食べ物はどうなっているか? 」の項より/アオシマ書店

昭和のサラダもうひとつつくってみました(おまけ)

豆腐とトマトのサラダ、握り飯ひとつ。食後に濃い緑茶。
(そしてソファに横になり、シューベルトの弦楽四重奏を聴く)
豆腐サラダの材料はトマトしか書かれていなかったが、ありがちな大葉をトッピングし、舞台が小田原なので、しらす干しで和えててみた。握りめしの中身は無し。豆腐サラダというのが絶妙に1980~90年代っぽい。気の利いた居酒屋メニューとして人気が出始めたのが昭和の終わり頃ではないか。某統計によると、豆腐サラダが家庭の献立に定着したのは90年代以降とのことである。
(第1部202ページより スーパーに買い出しに行き、簡単な昼食を作る)

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