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“色んなこと”を経た長州力、プロレスラーの晩年に残ったのは妻 今回の「出戻り」を非難する人はいない

2017年1月28日 10時00分 ライター情報:寺西ジャジューカ
「思い出しても、それはハードボイルドな部屋だった。ベッドとテレビと電話の3つが極端に目立っていた。殺風景といえば、これほど殺風景な世界はない。早い話が、寝るためだけのマンションといえた。それが、この部屋の住人にとっては、限りなくふさわしく感じられた。(中略)ところで殺風景な長州の部屋に大きなこけし人形が置いてあった。けげんそうな顔をすると『衝動買いだよ』という言葉が返ってきた。寒々とした部屋に愛くるしいこけし人形。部屋に帰るたびにそのこけしを見たはずである」

1987年、長州力は一般女性の英子さんと結婚する。プライベートが見えないどころかプライベートが存在しないとさえ思える長州が結婚したという事実はファンにとって衝撃で、それでいてこれほどの喜ばしい出来事もなかった。今から振り返ると、この頃こそが長州力の最も脂が乗っていた時期である。
1987年に新日復帰を果たした長州は藤波、前田たちへ共闘を呼びかけ、猪木らとの「世代闘争」に突入していく。
(※画像は『長州力DVD-BOX 革命の系譜 新日本プロレス&全日本プロレス 激闘名勝負集』バップより)

冒頭の文章は、「週刊プロレス」二代目編集長のターザン山本氏が連載コラム「ザッツ・レスラー」で発表したエッセイの一部。英子夫人をこけし人形になぞらえ、“時代の寵児”が渦中の中で掴んだ幸せを祝福した名作である。

プライベートが見えなかった長州力に放たれた「文春砲」


先ほど「長州からはプライベートが見えない」と述べたが、それはある時期まで姿勢として一貫している。ブーム期にあたる新日本プロレスを“プロデューサー”として牽引し、天下人となった90年代の長州力。選手として、現場監督として、ビジネスマンとして「長州力」のパブリックイメージを頑なに守り続けていた。

とは言え、秘密主義というわけでもない。同輩・後輩の結婚式に仲睦まじく出席する長州夫妻の姿を専門誌で垣間見ることはあったし、一度目の引退時のセレモニーでは3人の娘さんをリングへ上げている。意外なところでは、「週刊プレイボーイ」編集部でアルバイトしていた長州の娘さんが落合福嗣くんに見初められ、熱烈アプローチを受けていたという話も漏れ伝わってきている。

そして、2011年。長州の家庭事情が週刊誌にスッパ抜かれてしまう。「文春砲」なる呼び名が与えられる前の週刊文春にて、長州が夫人にドメスティックバイオレンスを振るい、離婚危機に陥っているという記事が報じられたのだ。
当時の長州は、苦しい時期であった。新日本プロレスを退社して2003年に旗揚げしたプロレス団体「WJ」は一年と数ヶ月で活動を停止。文春によると、莫大な借金を背負うことになった長州は2010年に地上2階地下1階の豪邸を売却。

ライター情報

寺西ジャジューカ

1978年生まれ。ブライアン・ジョーンズとビートたけしと前田日明と大江慎也と有吉弘行と篠田麻里子が好きです。ブライアン・ジョーンズと菅井きんと誕生日が一緒。

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