「true tears」「花咲くいろは」「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「凪のあすから」「心が叫びたがっているんだ。」
数々の人気作、話題作で知られる脚本家の岡田麿里が初めて監督も務めた劇場アニメ「さよならの朝に約束の花をかざろう」が2月24日(土)に公開。
10代半ばの外見のまま、人里離れた土地で数百年の時を生き続ける伝説の一族「イオルフ」の里を大国メザーテの軍が襲撃。
混乱の中、何とか逃げ出したイオルフの少女マキアは、親を亡くしたばかりの赤ん坊に出会い、エリアルと名づける。
「母と息子」として生きていく2人だが、エリアルが少年へと成長していく一方、マキアの姿は変わらぬ少女のまま。周囲からの奇異の目を避けるため、町を転々としながら生きていく中、2人の絆も……。
「脚本家・岡田麿里」のオリジナル作品を数多く手がけてきたスタジオP.A.WORKSと、豪華クリエイター陣の手による美しい映像や音楽も大きな魅力となっている「さよ朝」
岡田監督インタビューの前編では、初めての監督を務めることになった経緯や、初監督作品を完成させるまでの想いなどをネタバレ無しで語ってもらった。
「さよならの朝に約束の花をかざろう」岡田麿里監督に聞く「脚本家という立場だけでは到達できないこと」
岡田麿里プロフィール/埼玉県出身。1998年の『DTエイトロン』でアニメ脚本家デビュー。P.A.WORKS作品では、「true tears」「CANAAN」「花咲くいろは」「凪のあすから」でシリーズ構成を担当

脚本家という立場だけでは、どうしても到達できないことがある


──公式サイトのコメントによると、P.A.WORKSの堀川憲司代表(本作プロデューサー)に、「岡田さんの100%をさらけだした作品を、いつか見てみたい」と言われたことが、初監督への挑戦につながったそうですね。それ以前から、監督をしてみたいという思いはあったのですか?
岡田 アニメ作りは共同作業ですが、脚本家は最初の方に作業があって、その後は監督たちにお任せするので、最初に来て先に去る形になるんです。
だから、みんなと一緒に最後まで作品に付き合うことを一度やってみたいという思いはありました。あと、脚本家という立場だけでは、どうしても到達できないことがあるとも感じていて……。例えば、セリフと(合った)表情や仕草、景色の色などを想定していても、それをすべて脚本として伝えるのは限界があるんです。だから、スタッフの皆さんが脚本をコンテにしてくれて、絵作りをしていく工程に自分も参加できたら、いつもよりもう少し突っ込んだ脚本を書けるのではないかと思っていました。とはいえ、実際に自分が監督をやるというイメージは、あまり無かったんです。私は、脚本作り以外の現場の作業工程を知識としては知っていても、実際に体感できてはいなかったので。
シナリオライターも、シナリオ自体が上手くなるということ以外に、数をこなして体感していかなくては難しいことがたくさんあるんです。例えば、本読み(シナリオ会議)の場での話の持って行き方とかって、独自のものがあるんですよね。こうやれば上手く自分の意見が言えるとか。別の現場にも、それぞれそういう独自のものがあるわけですから。それを知らない自分にはできるはずがないと思っていました。
──堀川さんとの会話で、その気持ちが変わったのですか?
岡田 ちょうど、その話があった時期、今回、副監督をしてくださった篠原(俊哉)さんや、他の知り合いの監督さんたちが「監督やってみれば」みたいなことを言ってくださっていたんですよ。
以前から本読みの時に「こういうキャラにしたい」とか「背景はこういう感じにしたい」とか、あくまでも脚本家の意見として伝えることはあったので、「それができるんだったら、監督もできるんじゃない」と。その時期が重なっていたので、「やれるのかも……」みたいな気持ちになったんです。不安は大きかったですけど……。
──「監督をできる」と言ってくれた篠原さんがメインスタッフとして参加することは、初監督に挑戦しようという決意をする上で大きなものでしたか?
岡田 すごく大きかったですね。篠原さんがいてくださらなかったら、この作品は無かったと本当に思っていますし、「作品の父」のような存在です。篠原さんとは、これまでも何度か一緒にお仕事をさせていただいているのですが、篠原さんが私の書いた脚本を受け入れてくれたからこそできたことがすごくたくさんあって。
例えば、「凪のあすから」は、設定的にはすごく荒唐無稽な話で、海の中にも(人の暮らす)村があって、普通にご飯を食べたりしているんです(笑)。あの時は、おとぎ話と恋愛を描きたくて。今回と少し似ているのですが、ありえない世界に生の気持ちを入れたかったんです。個人的にも大好きな作品ですが、私がそんな話をやってみたいと言い出した時、篠原監督が「それやってみようよ」と言ってくださらなかったら、絶対に成立していない企画。そんな風に、自分は大好きなんだけれど、人には受け入れてもらいにくい企画って、「そのままでは受け入れられないから、ここをこうしよう」みたいな感じで、元々の企画とは全然違うものになったりするんです。でも篠原さんは、そういう企画も受け止めてくださる。
シナリオライターとしての自分にとっても、すごく重要な方なんです。その篠原さんが今回、入ってくださって、本当に感謝しています。いつか何かお返しができればいいな、と思っています。
「さよならの朝に約束の花をかざろう」岡田麿里監督に聞く「脚本家という立場だけでは到達できないこと」
両親のいなかったマキアは故郷と仲間を失って本当の一人ぼっちに。賊に襲われた集落で唯一生き残っていた赤ん坊と出会い、エリアルと名づけて、育てることになる。

強く人と繋がっていきたいという気持ちの物語を書きたかった


──「さよ朝」の物語の根幹、岡田監督が最初に描きたいと思ったものは何だったのかを教えてください。
岡田 元々、時間の流れによって変化していくものを描いた物語がすごく好きで。「凪あす」はそういう話ですし、「あの花」も言ってしまえばそういう話なんですよね。監督をやらせていただけるのであれば、元々、自分が好きでオリジナル作品でも扱ってきた題材、(自分の)強いところの出せる作品をやりたいなと思い、この話を考えました。

──「凪あす」や「あの花」は、主に恋愛や友情における関係性を描いた作品でしたが、今回はマキアとエリアルの親子が中心の物語になっていますね。
岡田 今回、最初から親子の物語を書きたいと思ったのではなく、強く人と繋がっていきたいという気持ちの物語を書きたかったんです。夫婦とか、いろいろな人間関係って解消しようと思えばできちゃうけど、親子って、どうしても解消できないじゃないですか。予告編にも使われている「一人ぼっちが一人ぼっちと出会った」というセリフがあるんですけど。自分が一人だと感じているマキアは、誰かとすごく強く繋がりたいと思っていて。だからこそエリアルの母親になりたかった、という考え方で書いていきました。自分が母親じゃないとエリアルが離れていってしまうという恐怖があるからこそ、自分を母親という役割に当てはめようと必死にもがいているんです。わりと、現実の親子でも、そういうことはあるんじゃないかなと思ったりしています。
──作品の舞台がファンタジー要素のある世界なのも、企画のスタートからだったのですか?
岡田 そうですね。そういう強い気持ちの話を現実の世界で書いてしまうと、ちょっと強くなりすぎてしまうというか……。テーマが前に出過ぎてしまって、物語とうまく馴染まないと思ったんです。あとは、単にファンタジーが好きだからというのも理由ではあります。 やっぱり、ファンタジーの映像の快感はすごいので。
「さよならの朝に約束の花をかざろう」岡田麿里監督に聞く「脚本家という立場だけでは到達できないこと」
イオルフは人里離れた里で静かに暮らしていた。「イオルフの里は完璧にオリジナルの場所なので、(美術設定・コンセプトデザインの)岡田(有章)さんにどういう設定を描いていただくか、すごく悩みました」

物を作っているという実感はすごい。青春って感じで


──今回、コンテも描かれたそうですが、脚本以外の工程には、どのような形で、どのくらい指示などを出したのですか?
岡田 最初に堀川さんから、監督をやる条件として、監督が参加するべきこと、コンテ打ちや作打ち(作画打ち合わせ)などに関してはすべて出なさい、というすごく先生っぽい指示がありまして(笑)。そういう打ち合わせなどには全部参加して、不慣れですが自分なりにお話しさせていただきました。コンテも描かせていただいたのですが、やっぱり見ているのと描くのでは全然勝手が違いましたね。なおかつ、レイアウトをかなりしっかり作っておかないと、アニメーターさんに(自分の意志が)なかなか伝わらないというのもあって。篠原さんや制作デスクの橘内(諒太)君たちと、3Dレイアウト(3DCGを使って背景やキャラの配置などを指定したもの)を弄ったりもしました。私、美術部だったんですけど、嘘だなって感じでしたね(笑)。でも、私のコンテのカットを担当してくれるアニメーターさんたちと打ち合わせをしていると、私の拙い絵からもいろいろと読み取ってくださって、ありがたかったです。コンテに関しては、まとめたパートではなく、部分部分で描かせていただいたのですが、(『あの花』『ここさけ』キャラクターデザインの)田中将賀さんが絵を描いてくださったカットもあって。いつも別の現場では、本読みの時に会っている人と違う形と会ったりすると、「他ではこうやって仕事してるんだな〜」とか思って、楽しかったです。
──制作期間中は、P.A.WORKSのスタジオで作業をされたそうですが。大勢のスタッフとともに作品作りをした感想を教えて下さい。
岡田 今回のメインスタッフは、篠原さんの他にも、美術監督の東地(和生)さん、キャラクターデザイン・総作画監督の石井(百合子)さんとか、「凪あす」などでご一緒させていただいたスタッフさんが多かったので、楽しかったですね。最初は緊張もしましたけれど、休憩時間とかもずっと作品のことを話したりして、物を作っているという実感はすごくありました。青春って感じでしたね(笑)。世代的にも、五十代の方から二十代前半の方まで幅広くて、すごく面白かったです。
「さよならの朝に約束の花をかざろう」岡田麿里監督に聞く「脚本家という立場だけでは到達できないこと」
キャラクター原案はイラストレーター吉田明彦が担当。「劇場作品ということで、時代に左右されないキャラが欲しいと思い、吉田さんにお願いしました。石井さんの絵との優しさや繊細さの合致感も良いなと」(岡田)

ラスト2か月で、びっくりするくらいすごい映像に


──公開日の直前ですが、監督として特に自信のあるポイントなどを教えて下さい。
岡田 キャラクターの感情と(映像の)状況を合致させたいということは、ずっと意識していました。例えば、空の色を感情と重ねたりとか……。あと、今回は劇場作品ということもあって、黒を多めにしていただいているんです。私が黒を好きというのもありますし、黒が多いと画面に重厚感が出て、アンダーが低くなる分、(明暗の)落差が快感になるのかなと思ったんですよ。でも、それは素人考えで、実際にやってもらったら、黒を多く使うのはすごく無茶なことだったみたいで。避けるだけの理由があるんだなって知りました(笑)。
──イラストやデザインにも、黒はあまり使うなと言われたりするそうですね。
岡田 そうやって、迷惑をかけたりもしたので、途中「これは素人考えだから、言わない方がいいな」って黙っていたりしたこともあったんです。でも、家に帰ってから「だめだ、やっぱりあそこは言うべきだ」と思ったりして。そういうことを繰り返しているうちに、スタッフの皆さんがすごく私の意図を汲んで下さったり、いろいろと質問もしてくださるようになりました。東地さんからは「監督はこれ好みじゃないでしょ?」とか、「どうせ、こうしたいんでしょ?」とか言われるようになって。「はい、そうです」みたいな(笑)。そういう風に、すごく皆さんに支えていただきましたね。今回、制作に約3年かかっているのですが、やっぱり月日の力ってすごいなって。長い期間の間、無駄話も込みで話し合いを重ねながら、共有のものができていく感覚というか……。特に、ラストの追い上げがすごくって。ラスト2か月で、びっくりするくらいすごい映像になったんです。自分が監督をやっておいて何ですけれども、映像、ものすごく綺麗だと思うんです! 2ヶ月前の時点でもすごく良かったのですが、やっぱり人の力はすごいなって……。みんなで「ゾーンに入った」とか言ってたんですけど、とりあえずの完成が見えて来た時点で、なんとなく不安もあったみんなの気持ちが「いける!」みたいに変わって。「だったら、もっと良くなるんじゃないか!」と変わっていったところの勢いがすごかったです。現場って生き物なんだなと思いました。
(丸本大輔)


後編に続く


<作品データ>

「さよならの朝に約束の花をかざろう」
2月24日(土)ロードショー

(C)PROJECT MAQUIA

【監督・脚本】:岡田麿里
【アニメーション制作】:P.A.WORKS
【製作】:バンダイビジュアル/博報堂DYミュージック&ピクチャーズ/ランティス/P.A.WORKS/Cygames
【配給】:ショウゲート

【主題歌】:rionos「ウィアートル」(ランティス)作詞:riya 作曲・編曲:rionos

【キャスト】
マキア/石見舞菜香 エリアル/入野自由 レイリア/茅野愛衣 クリム/梶裕貴
ラシーヌ/沢城みゆき ラング/細谷佳正 ミド/佐藤利奈 ディタ/日笠陽子 メドメル/久野美咲 イゾル/杉田智和 バロウ/平田広明