石原さとみ主演、野木亜紀子脚本の金曜ドラマ『アンナチュラル』。架空の組織「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台に、死因究明のスペシャリストたちが活躍する法医学ミステリーだ。


先週放送された第8話は、塚原あゆ子監督らしい、非常に情報量の多い過圧縮エンターテイメントでありながら、「大切な居場所」「人が帰る場所」という普遍的なテーマを真っ正面から描き出していた。サブタイトルは「遙かなる我が家」。
「アンナチュラル」8話。人にも遺体にも帰る場所が必要だ。窪田正孝の泣き笑いの演技に震える
イラスト/まつもとりえこ

帰る場所を失った遺体たち


第8話では、六郎(窪田正孝)、雑居ビル火災で亡くなった町田三郎(一ノ瀬ワタル)、ヤシキさん(ミッキー・カーチス)の妻・美代子の3人が、それぞれの“我が家”に帰っていく様子が重ねて描かれた。

ゴミ屋敷に住むヤシキさんは、1年半前に死んだ妻・美代子の遺骨の受取を拒否し続けていた。美代子はヤシキさんとケンカして家を飛び出た後、くも膜下出血で亡くなって身元不明の遺体として発足したばかりのUDIラボに運ばれてきた。ヤシキさんは家を訪ねてきた所長の神倉(松重豊)に「バチがあたったんだよ」「俺がろくな亭主じゃないから、神様に取り上げられたんだ」と語っていた。

雑居ビルの火災で亡くなった10人のうちの1人・町田三郎は、前科持ちのヤクザだった。
彼の遺体から見つかった鈍器による外傷の跡やロープで縛られた跡などから、縛られて殴られて放火で殺害されたという疑惑が持たれていた。疑惑が事実なら、9人は彼の巻き添えということになる。三郎を勘当した父・雅次(木場勝己)は、遺体に向かって「このバチあたりのろくでなしが!」と叱責する。

六郎はUDIラボに現れた帝日大教授の父・久部俊哉(伊武雅刀)に、UDIラボを辞めて医大に戻るよう言い渡される。俊哉は遺体を「死体」と必ず呼ぶ。遺体を扱う法医学者たちを下に見ている証拠だ。
また、俊哉は医者でなければ自分の子ではないという強い考えを持っていた。六郎は「六郎の六は、ろくでもないのろく」と自嘲する。

「バチ」と「バチ」、「ろく」と「ろく」が重なり合う。美代子の遺骨、三郎の遺体、生きている六郎は、それぞれ帰る場所を失っていた。

明らかになる三郎の行動と六郎の成長


10体もの遺体を懸命に解剖するミコト(石原さとみ)たち。解剖室で時折映し出される黒焦げの遺体の様子から、火災の凄惨さが垣間見える。ミコトたちの仕事は、遺体の死因と身元を明らかにして、それぞれの遺族の元へ帰すことだ。


スナック従業員(瑛蓮)の証言、出火の原因は放火ではなく発火事故だったこと、ロープ跡は「子豚搬送」と呼ばれる負傷者を救助する縛り方だったこと、そして六郎が消防から取り寄せた現場の写真から、三郎の行動が明らかになる。彼はロープを使ってスナックの客だった高瀬(尾上寛之)を外に連れ出した後、またビルの中に戻って生存者を懸命に救出しようとしたが力尽きてしまったのだ。

勘当されて帰るべき家を失った三郎にとって、雑居ビルの中のスナック、居酒屋、雀荘、占いの家はどれも大切な場所であり、自分の家のような存在だったのだ。彼は酔うたびに帰れない故郷を想い、父と母のことをまわりに語っていた。

父・雅次は真相を知って涙を流す。彼は元消防士であり、救護用のロープの使い方を息子に教えていた。
三郎の遺体は、ようやく両親とともに故郷に帰っていくことができた。

三郎を演じたのは『HiGH&LOW』シリーズの鬼邪高校・関虎太郎役で知られる一ノ瀬ワタル。写真の笑顔だけで抜群の存在感だった。三郎の父・雅次役は『小さな巨人』『anone』の木場勝己。こちらも最初の叱責から泣きの演技、最後の礼まで、見るものの心を震わせる重厚な演技を見せていた。

三郎に関する調査を積極的に行ったのは六郎だった。
第1話で死んだ高野島(野添義弘)と社員の関係をやたらと知りたがったり、第5話の“へっぽこ探偵”とは明らかに違う、地に足のついた調査ぶりである。彼は父親に「ろくでなし」と言われた三郎にシンパシーを感じていたのだろう(並べてみると兄弟のような名前だ)。三郎の名誉を回復するための両親への説明も六郎が行っている。ミコトたちに自分がやりたいと名乗り出たはずだ。なにせ、彼は記録のバイトに過ぎないのだから。六郎の成長をくどくどしく説明せず、さらっと見せているのだ。


「おかえり」と迎えてくれる場所


「美代子さんはくも膜下出血で亡くなったんです。誰のバチでもない。死ぬのにいい人も悪い人もない。たまたま命を落とすんです。そして私たちはたまたま生きている。たまたま生きている私たちは、死を忌まわしいものにしてはいけないんです」

神倉は自分に対するバチで妻が死んだと思っているヤシキさんにこう語りかける。自分を責めてはいけないと言っているのだ。残された人が自責の念にとらわれる「生存者の罪悪感」は第5話、第7話で繰り返し語られていた。神倉の死生観は、生存者の罪悪感を優しく包み込み、和らげてくれる。

ヤシキさんが自分の家をゴミ屋敷にしているのは、セルフ・ネグレクトを行っていると考えられる。セルフ・ネグレクトとは、生活環境や栄養状態が悪化しているのに、それを改善しようという気力を失い、周囲に助けを求めない状態を指す。ゴミ屋敷の原因はセルフ・ネグレクトが多いという。彼は自分にバチをあてていた。

六郎の助けもあり、神倉は将棋に勝って、美代子の遺骨はヤシキさんのもとに帰ってくる。慈しむように骨壷を撫で回すヤシキさん。きっと2人は仲睦まじい夫婦だったのだろう。骨壷を開けて、ヤシキさんは呼びかける。「美代子、おかえり」。

一方、三郎の両親を見送った後、「生きているうちにしか、話せないんだよね」というミコトの呟きを聞いた六郎は、父・俊哉に会いに行く。自分の将来はUDIラボで働きながら考えたい。そう自分の希望を告げた六郎に対して、俊哉は「二度とうちの敷居をまたぐな」と厳しく告げる。

身元不明の遺骨が安置されている部屋にやってきて、美代子の遺骨がなくなっていることに気づいた六郎は、「美代子さん、良かったね」と涙を流す。帰るべき家を失った六郎にとっての帰るべき大切な場所は、UDIラボだった。ミコトの「おかえり」、東海林(市川実日子)の「おかえり」、神倉の「おかえり」、中堂(井浦新)の叱責が帰ってきた六郎を出迎える。窪田正孝のいろいろな感情が入り混じった泣き笑いの演技が素晴らしい。

UDIラボ設立までの経緯とは?


第8話は六郎にスポットがあてられたエピソードだったが、同時に神倉がUDIラボ設立に至った想いと考えが端々で示されていた。

神倉は「特に災害時、多くの方が亡くなったとき、必要なのが歯による個人識別です」と話していた。しかし、デンタルデータは一括で管理されておらず、警察から事件・事故現場近くの歯科医院に照合をお願いするしかない。厚労省時代、全国の歯科カルテのデータベース化に力を入れていた神倉は静かに言う。「実を言うと、UDIラボが当初の予定どおり、国立の研究所として全国展開していれば、実現するはずでした。露と消えましたけど」。

潰れかけたUDIプロジェクトが一箇所だけでも成立したのは、神倉が資金集めに奔走したからだ。なぜ神倉はそこまでUDIラボの設立と存続にこだわるのか? それは彼が厚労省の災害担当の職員として、東日本大震災(劇中では「東北の震災」と表現される)で数多くの身元不明の遺体を扱った経験があるからだ。神倉は被災地で、いつまでも帰れない遺体、親族の遺体を探す遺族たちを山ほど見ていた。

「ご遺体を帰すべきところへ帰してあげるのも、法医学の仕事の一つです」

シンプルな言葉で言い表される神倉の理念は、UDIラボの大きな目的の一つであり、第8話のテーマそのものにも大きく関わっている。放送日は東日本大震災が発生した3月11日とも近く、とてもアクチュアルなテーマにもなっている。返す返す考え抜かれた上手い脚本だ。

ところが、今夜放送の9話では、『週刊ジャーナル』の末次(池田鉄洋)によってUDIラボ設立に関する不祥事が暴露されてしまう……? 宍戸(北村有起哉)の目的と不気味な「ABCの歌」の謎も気になる! そして、いよいよシリーズ通しての謎、中堂の恋人・夕希子殺しの犯人も……。今夜10時から。
(大山くまお)

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