『エール』第15週「先生のうた」 75回〈9月25日(金) 放送 作・清水友佳子 演出:鹿島 悠〉

『エール』75話 福島三羽ガラスで作った「暁に祈る」が戦意高揚になるとされることに複雑な裕一たち
イラスト/おうか

藤堂先生、出征する

「歌って心の支えになるだろう。もし村野と古山の作ってくれた曲とともに行けたら、こんなに心強いことはない」

裕一(窪田正孝)鉄男(中村蒼)久志(山崎育三郎)の恩師・藤堂(森山直太朗)が出征することになった。鉄男は恩師への想いをこめて、今一度「暁に祈る」の歌詞を書く。


書き上げた7稿目。そこには「馬」という言葉は1回しか出てこない。でも、愛馬と共に過ごした思い出を胸に戦地に赴く者のこころが歌われている。これまで厳しく何度も書き直しを要請してきた武田少佐(斎藤歩)も「これでいきましょう」とやっと認めてくれた。

鉄男の歌詞と裕一の曲と久志の歌。3人の恩師・藤堂への想い(祈り)のこもった「暁に祈る」に見送られ、藤堂は戦地に旅立っていく。
妻・昌子(堀内敬子)と幼い息子を残して。

昭和15年に映画の封切りとともに発売された「暁の祈り」が大ヒットし、鉄男は作詞家としてようやく世間に認められるようになる。いい話に水をさすのもなんだが、藤堂先生は曲が売り出される前に曲を聞かせてもらって旅立ったのだろうか。

それはともかく。藤堂先生、いかにも文学青年(音楽青年?)ふうで、カラダを張って戦うというイメージからほど遠い。父親が軍人で、その後を継ぐという話も前々からあって悩んでいたエピソードもあるから唐突ではない。
藤堂先生のような人が戦争に行くことで、戦争が激化し、太平洋戦争に入っていく状況が浮き彫りになってくる。

戦意高揚なのか、そうではないのか

バンブーの保(野間口徹)に「今や兵隊の見送りといえば『暁〜』。出征には欠かせない曲だ」と言われた裕一と鉄男の表情は微妙だった。笑顔がふっと止まって視線が落ちる。

武田少佐に「やや感傷的」ではあるが、帰らぬ覚悟で戦地に向かう歌詞は「国民の戦意を高揚させるすばらしい歌詞だと思います」と歌詞が認められたことを思い出す。出征していく恩師が無事であるように祈りをこめて作った曲が、戦意高揚になることを一瞬噛み締め、話題を変える。鉄男にとっても作詞家としての仕事が増えたことは喜ばしいことなのだろうけれど……。


国防婦人会の佐々木克子(峯村リエ)も「『露営の歌』も『暁に祈る』も忠君愛国精神にあふれたすばらしい曲です」と吟(松井玲奈)にべた褒めしている。聞く人によっては、愛国の名のもとに戦争に行くことへのもの悲しさを呼び起こす曲や歌詞が、勇ましい気持ちやそれを共有し一体感を呼び起こすものにもなる。

鉄男のモデルである野村俊夫のことを書いた書籍『東京だョ おっ母さん 野村俊夫物語―生誕百年記念』(斎藤秀隆著)では、野村の晩年の親友の和田正一は「戦意高揚のマーチではなく」「厭戦歌」であると語っている談話を紹介している。

曲を聞いて、お国のために戦おうという気持ちになるのか、命を落とすかもしれない戦争に行くことを悲しむのか。重要なのは、受け取る人の心持ち次第でどちらにも取ることができるということかと思う。作品が受け取る人の想いを決めるのではなく、あくまでも主体は受け取る人であり、受け取った人の数だけ解釈が生まれる。
それこそが音楽や物語という創作の役割なのではないだろうか。

『エール』75話 福島三羽ガラスで作った「暁に祈る」が戦意高揚になるとされることに複雑な裕一たち
写真提供/NHK

「暁に祈る」と森山直太朗

古山裕一のモデル・古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け 古関裕而伝』(古関裕而著)によると、「野村は作り直すのがいやになり、“ああ”とため息が出たので、それを冒頭に持ってきたと冗談まじりに話していた」とある。ことの大小はあれど、“ああ”とは口から魂が出たみたいな状態である。感動の“ああ”、ため息の“ああ”、嬉しいときも悲しいときもカラダからポンと出てくる。

奇しくも、「暁に祈る」で送られていった藤堂を演じている森山直太朗に「嗚呼」という曲がある。この曲の「嗚呼」もなんともいえない想いを呼び起こす。

余談ではあるが、堤幸彦は森山の「嗚呼」のような曲をと監督作『望み』(10月9日公開)の主題歌を依頼、「落日」が誕生した。
映画の終わりにこの曲がかかると様々な想いが去来する。この曲をラストに聞きたくて映画館に何回も行ってしまいそうな力がある。

癒やしがあった

自分たちの作る曲が「戦意高揚」につながることを悩む裕一たち……という難しい問題を描き、昭和16年12月に太平洋戦争もはじまって、重い話になってきたが、映画『暁に祈る』に久志が歌う兵士役で出演していたり、いまや人気歌手になった久志が相変わらず、お手をどうぞ的なポーズでポスターに映っていたり、久志の存在が癒やしになっている。

史実では、映画はヒットしなかったらしいが(古関裕而自伝にはそう書いてあった)、ドラマでは映画が大ヒットしていることになっているのもご愛嬌。

また、豊橋では、五郎(岡部大)が馬具製品作りを岩城(吉原光夫)に習っていて、梅(森七菜)が頬にキスして励ますというピュアな場面も。

音は音楽教室の生徒たちに「先生の歌聞きたい」と言われ、「え〜え〜」と照れる場面もほのぼの。華(田中乃愛)と裕一がお母さんの歌について語る口調は微笑ましい。


静かに雪が降る冬の日。板の間に分厚い絨毯を敷いてみんなで歌う「ペチカ」。たわいないおしゃべり。なにげない生活。それがどれだけかけがえのないものか。コロナ禍を体験した今、すこしだけわかる気がする。
(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…田中乃愛 古山家の長女。
関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』75話 福島三羽ガラスで作った「暁に祈る」が戦意高揚になるとされることに複雑な裕一たち
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和