ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム「報道部畑中デスクの独り言」(第468回)

新年度スタート、そして大型連休も終わり、日常が戻ってきた感のあるこのごろ。連休の過ごし方は、今年は物価高や不確実な世界情勢の下、「安・近・短」「節約」のワードが目立ちました。

とはいえ、連休中は出費がかさみます。加えてその後は自動車税の振込票が届き、「マイカー族」(もはや死語になりつつある)ほかクルマの所有者にとっては、憂鬱がつのる時期でもあります。

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駅弁研究家・望月崇史さんの著書「鉄弁~行って食うべし!駅弁ものがたり~」

ところで、世の男性の多くが少年時代に通るのが「乗り物」への関心だと思います。さらに、それぞれの環境によって興味は3つに分かれます。それは「自動車」「飛行機」「鉄道」です。

私は小さいころ、国道沿いに自宅があったこともあり、クルマの往来を毎日見てきました。国道沿いには多くのディーラーもありました。学校近くの売店にはトミカのコーナーがあり、小学生のころにスーパーカーブーム……、クルマに心を奪われた者の1人です。

特撮に親しみ、飛行機に乗る機会が多かった人は「飛行機」、男の子がなりたい職業で「パイロット」は根強い人気を保っています。一方で、自宅を出るとすぐに線路がある環境にあった人は「鉄道」に向かうでしょう。おもちゃも鉄道模型に「プラレール」。この作者もそんな環境にあったようです。

放送作家の望月崇史さんがこのほど書籍を上梓しました。「鉄弁~行って食うべし!駅弁ものがたり~」、全国の駅弁を紹介していますが、その数と情報量は1冊では足りず、「西の巻」「東の巻」の2冊の出版に相成りました。東京を起点に大まかに西側、東側に分けた構成です。

巻頭を見ると、目次らしきものがありません。珍しいなと思っていると、実は駅弁の写真、地図を織り込んだ見開きの目次になっています。出版担当者の話では「コストがかかるが、思い切った」とのこと。ここだけ見てもこだわりがみられます。

作者は現在、ニッポン放送の番組などで放送作家として活躍していますが、学生時代は私が在籍する報道でアルバイトをしていました。泊まりデスクで一夜を明かし、新年をともに会社で迎えたこともあります。その後、作者は放送作家の傍ら、「駅弁ライター」として、全国の駅弁を食します。その発信は著書にもありますが、当初はニッポン放送の番組ウェブサイトからスタート。いまほどインターネットは発達しておらず、何でもいいからやってみようという時代でした。

特筆すべきは、そこから約25年、5000食以上の駅弁食べ歩きを続け、これらを食すためにすべて現地に足を運んでいることです。最近はTVのグルメ番組、ネット空間には自ら現地に行かない「こたつ記事」、「バズる」ことを目的とした評論があふれていますが、それらとは重みが違います。情報の基本は「足で稼ぐこと」……、取材の原点を感じさせてくれます。そして「継続は力なり」という言葉も改めて思い出します。

書評・鉄道旅のバイブル、そして駅弁文化の「近現代史」

崎陽軒の「シウマイ弁当」 著書でも紹介されている

豊富な取材経験に裏打ちされた本は、駅弁を紹介するだけのいわゆる「グルメ本」ではありません。もちろんそういう視点でも十分に楽しめますが、「行って食うべし!」のタイトルのごとく、駅弁をご当地で購入し、列車の車窓から絶景を眺めながら食するというところに新たな提案があります。そこに至るまでの車両の乗り方、座席の選び方、車窓のベストポイントなど、情景が詳細に描かれています。このあたりは「絵のない」ラジオの放送作家として鍛え上げた筆致が感じられます。さながら駅弁を通じた「鉄道旅のバイブル」。読み終えて、私も日本全国を一周したような気分になりました。ただ、作者は「私が書いたものをそのままなぞるような旅はぜひやめていただきたい」とも語ります。

さらにこの本は、駅弁業者の「生の声」を綴りながら、開発秘話にも迫り、内容に深みを与えています。

例えば、大船駅の「鯵の押寿し」には中アジと小アジの2種類があるそうで、その背景には冷凍技術の進歩が隠されていました。

一方、駅弁業者の環境は年々厳しくなっています。作者によれば、黄金期の昭和30年代に約400社あったのが、令和の現代は80社を切っているそうです。鉄道黎明期の駅弁業者誕生、新幹線開業、国鉄民営化の動きの中で、駅弁業界はどのような変遷を遂げていったのか、緻密な取材で分析されています。書籍というものの使命が「時代を切り取った記録」であるとするならば、この本は駅弁文化の「近現代史」ととることもできます。

「よくぞ生き残ったわが精鋭たちよ!」

これは1986年(昭和61年)に始まった「痛快なりゆき番組 風雲!たけし城」での谷隼人隊長の名セリフ。この後、「生き残った」メンバーは本丸の「たけし城」に戦いを挑むのですが、この番組が人気を博したころ、連日のように国鉄民営化がニュースになっていました。翌年の1987年(昭和62年)4月1日、国鉄は115年の歴史に幕を下ろし、JRとなって再出発、駅弁業者も大きな変遷を遂げていきました。そして、令和の時代、駅弁の“精鋭たち”はどのように生き残っていくのか、駅弁研究家・望月崇史はこれからも見続けていくことでしょう。

読み終えて、私も久しぶりに崎陽軒の「シウマイ弁当」を購入しました。“主役”のシウマイのほか、鮪の漬け焼き、蒲鉾、玉子焼きが入っています。作者によれば、焼き魚、蒲鉾、玉子焼きは幕の内弁当の「三種の神器」……、なるほど、シウマイ弁当は「幕の内弁当」でもあるのです。

車窓からとはいきませんでしたが、連休中、家族と豊かなひとときを味わったことを付け加えておきます。

(了)

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