国際オリンピック委員会(IOC)のT・バッハ会長は10月17日、「東京五輪のマラソンと競歩のコースを札幌に変更した」と会見した。札幌市の秋元克広市長は「大変ありがたいこと」と、発着地点が見込まれる札幌ドームの改修などの検討に入り、鈴木直道北海道知事は「組織委員会と東京都が費用を持つべき」とした。
「札幌で決まり」の雰囲気だったが、ここへきて代替案をひっ下げた東京が反撃に出るようだ。
「青天の霹靂、唐突なかたちで発表された」と不快感を示していた小池百合子東京都知事は23日、
(1)マラソンの6時のスタートを5時に繰り上げ
(2)競歩のコースを日陰への変更
(3)「復興五輪」として両競技を東北で実施
などの代替案を検討していることを明かした。小池知事は「そもそもIOCはスタート時間などを考慮して札幌と比較したのか」と不信感を見せる。小池知事はIOCの発表直後、何の受けを狙ったのか「涼しい所なら、北方領土でやればいい」と発言し、顰蹙を買った。
小池知事は「復興五輪なら東京五輪のボート・カヌー会場を東北に」という案が地元から出た時、そんな気はさらさらないのに、さっそく宮城県登米市の漕艇場をモーターボートで視察するパフォーマンスを見せた。それがIOCの「決定」に窮した今になって東北案を出したのだ。それなら北方領土発言をした時点でなぜ「東北で」と言わないのか。「東北復興」など念頭にもなかった証拠だ。
なぜ選考会は「9月」に行われたのか?さて、「札幌へ変更」の引き金は9月にドーハ(カタール)で行われた陸上の世界選手権。深夜から未明に実施したが気温30度以上、湿度70%以上で女子マラソンと男子競歩で4割が棄権。
スタート時間繰り上げを訴えた東京農業大学の樫村修生教授も「選手や観客、ボランティアを守るためにも北海道開催は賛成」とする。こうした「札幌移転」を歓迎するも声も多い一方、
「東京へ向けて全力で走って代表になった。今さらという気持ち」(前田穂南選手を指導する天満屋の武冨豊監督)
「まさか代表選考をやり直さないでしょうね」(服部勇馬選手を指導する佐藤敏信監督)
など、困惑も多い。すでに東京五輪に予定されたコースで一発選考会のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)を実施、男女2名ずつの代表を決めていた。
東京五輪では他の自治体で開催される競技もあるが、マラソンは「大会の華」で街並みを世界の人に見てもらう絶好のチャンスでもある。都は巨費を投じて遮熱舗装などを整備したが樫村教授の研究では、遮熱舗装は路面温度を下げても反射熱で上半身の高さの温度が逆に上がると判明した。「アスリートファースト」を強調する小池知事なら「準備したから」では説得力不足だ。
マラソンのスタート時刻は招致時は7時半としていたが、その後6時に繰り上げられた。振り返れば、MGCが9月15日に行われていたのが不思議だ。
本当に暑さに強い選手を選ぶのなら、一年で最も暑いはずの五輪開催時期にやればいいはずだった。だが、そこで、もし無理した選手が死にでもしたら、それこそすべてが終わってしまう。五輪の代表選考となれば、選手たちはある意味、五輪や世界選手権以上に必死になるはずだから、危険度は増大する。組織委員会、JOC、さらに小池知事もそんなことくらいわかっていただろう。
1984年8月に行われたロサンゼルス五輪の女子マラソンで、スイスのG・アンデルセン選手が炎天下、ふらふらでよろめきながら完走し称賛されたが、あの脱水症状はドクターストップをかけるべき危険状態だった。東京五輪でマラソンだけ秋にずらすことは、「開催期間は14日以内」という五輪憲章からも不可能だ。
東京五輪のマラソン開催地は、10月30日からIOCが東京で開く調整委員会で決まる。だが、開催季節が真夏でいいのか、都市開催か国開催かを含め、五輪を根本から問い直す時だ。
(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)