「エンタメ編」という枠なのだが、今回はその要素が全くない本について書かせていただきたいと思う。平成から昭和に変わる頃に起きた、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件についてのノンフィクションだ。
著者の山﨑裕侍氏も、私と同年代である。事件が起きてから11年経った頃に、ニュース番組のディレクターとして事件後の加害者たちについての特集を手掛けて以来、取材を続けてきた。加害者の中には、家族を作り社会の中で生きている者もいる。息をひそめるように暮らし、病気で亡くなった人物もいる。そして、再び罪を犯した者もいる。裁判では反省の気持ちを見せていたものの、被害妄想の末に再度罪を犯し、出所後はアパートの一室にひきこもったまま亡くなったという準主犯格のBの人生には、特に考えさせられることが多い。
罪のない人の命を残酷なやり方で奪っておいて、自分は幸福に暮らしたり、保護を受けて生きることが許されるのか?
きっとまた犯罪行為をするのだろう。ずっと刑務所に入れておけばいいのでは?
1分足らずで読めてしまうネットの記事やSNSの情報だけで彼らのその後を知ったら、そういう感想しか持たなかったかもしれない。
著者は、少年犯罪の被害者遺族たちにも取材を重ねている。悲しみを抱えながらも、前を向いて生きようと活動する人々の生き方には心を打たれる。「彼らが再び罪を犯すということは、被害者が出るということなのです。そうしないためにも、きちんと罪を認識させて更生させないといけないと思うんです」というある被害者遺族の発言と、「より善い社会にするために努力を続けることが、理不尽な暴力の犠牲になった被害者に私たちができる唯一の方法」という著者の言葉が印象的だ。理不尽な暴力はあってはならないと思うからこそ、ただ憎しみの言葉をぶつけるだけで、終わってはいけないのではないか。一冊の本を読んだだけで、この困難な問題を理解したとはとても言えないが、立ち止まって考えるきっかけをこの本は作ってくれた。
さまざまな葛藤を抱え、自問自答を繰り返し、時には批判を受けながらも、取材を続けてきた著者自身の生き方の記録でもある一冊だ。
(高頭佐和子)