人が喰われる映画ばっかり300本以上見ていることでお馴染みの人喰い映画評論家とみさわ昭仁が、背筋も凍る人喰い小説&ノンフィクションを5冊ご紹介しよう。これらを立て続けに読めば、猛暑でだるい夏が戦慄の納涼空間に変わるだろう。
海に山に大活躍の若大将(加山雄三)も、一気に青大将(田中邦衛)に早変わり。


『クージョ』
(スティーブン・キング/新潮文庫)
言わずと知れたモダンホラーの帝王、スティーブン・キングの傑作のひとつ。アメリカ、メイン州のキャッスルロックという田舎町で、狂犬病にかかったセントバーナードが人喰い犬と化し、主人公親子を執拗につけ狙う。
オカルトや超能力など、超常現象を題材にすることの多いキングだけど、この作品は現実に起こっても不思議はない怖さで迫ってくる。小説の描写だけでも十分に恐ろしい。でも、1983年にルイス・ティーグ監督の手で映画化もされていて、それを見ると、狂犬病が悪化していく犬がどんどんヨダレで汚れていく描写があって、それがまたキモ怖いんだ!

『KAPPA』(柴田哲孝/徳間文庫)
牛久沼にブラックバスを釣りにきた男が、何者かに水中へ引きずり込まれ、上半身を喰いちぎられて死亡するという事件が発生した。目撃者の証言によると、犯人は“河童”だったという。マジかよ! やがて河童の謎は、意外な展開を見せていく……。
ノンフィクションとフィクションの両分野で数多くの傑作を生み出す柴田哲孝の、伝説のデビュー作。「河童」という現実には存在するはずのない生物の害獣事件を発端にしながら、ひょっとすると本当にいるのでは、と思わせる筆致が見事。尻から肝を引っこ抜こうとするおとぎ話の河童も恐いけど、耳まで裂けた大きな口で喰らいつくこっちのKAPPAも怖えぇー!

『羆嵐』(吉村昭/新潮文庫)
『ウエンカムイの爪』(熊谷達也/集英社文庫)とか、『シャトゥーン ヒグマの森』(増田俊成/宝島社文庫)とか、『ファントム・ピークス』(北林一光/集英社文庫)とか、『デンデラ』(佐藤友哉/新潮文庫)とか、人喰い熊の小説には傑作が多い。が、なんといっても最高に最凶な人喰い熊小説といえば、記録文学の巨匠、吉村昭の『羆嵐(くまあらし)』にトドメをさす。

本書は、大正4年の冬、北海道苫前郡苫前村で起こった日本獣害史上最大の惨劇“三毛別羆事件”を題材にして書かれており、事件のあらましとしては、北海道開拓の村に身の丈2.7メートル、体重340キロの巨大な羆が出現し、総勢十人の婦女子が被害に遭ったというものだ。
いままさに喰われている妊婦が「腹ぁ破らんでくれ!!」と懇願したとか、羆に連れ去られた被害者の遺体(の断片)を猟師が回収してきたのを見て、亭主が「おっかあが少しになっている」とつぶやいたり、実話だから仕方ないとはいえ、ちょっと吉村先生もう少し手加減してよ! と叫びたくなるくらい恐ろしい。もう、読んでるだけで部屋の体感温度が20度は下がる。

『ソウル・サーファー』(ベサニー・ハミルトン/ヴィレッジ・ブックス)
こちらもノンフィクションというか、実際にサメに襲われた少女の手記。ハワイで育ったサーフィン大好き美少女のベサニーちゃん(13歳)は、2003年の秋、カウアイ島沖でサーフィンを楽しんでいたところ、突然、姿をあらわした全長4.5メートルのイタチザメに襲われた。幸い、命に別状はなかったものの、肩の付け根から見事にガブリとやられた姿は、あまりにも痛々しい……(文庫の表紙をご覧ください)。
普通なら、こんな目に遭ったら二度と海に入れなくなるところだが、彼女は驚くほどの精神力で立ち直り、左手を失うというハンデを背負いながらも、ふたたびサーフィンの世界にもどっていった。すげえなあ。『羆嵐』を読んで冬の北海道が恐ろしくなり、「JAWS」を見ただけで海に入れなくなっちゃったわたしとは人間のスケールがちがいすぎる。

『人間はどこまで耐えられるのか』(フランセス・アッシュクロフト/河出文庫)
そして最後の1冊はこれ。人喰い生物による被害に限ったことではないが、人間というのは身体の一部を激しく欠損したり、臓器の機能を失ったりすると、けっこうな確率で命を落とす。では、どこまでだったら死なないで済むのか? という視点から、人体の強度を解説したのがこの本なのだ。
わたしは、人喰い映画やスペクタクル映画を見る際のサブテキストとして、これをそばに置いている。

しかし、あれだね。人間、50歳にもなると、死ぬことってそんなに怖いことではなくなるんだよね。ひとつには、年齢を重ねるにしたがっていろんな欲望を諦めるようになるからではないかと思うんだけど、それ以外にも、感性の瑞々しさがだんだん失われてきて、死への恐怖が薄まっていくのかもしれない。
とはいえ、年をとったってやっぱりものすごく痛い死に方とか、ものすごく怖い思いをしながら死ぬのはイヤなもんだ。そういう意味で、何かに喰われて死ぬっていうのは、やっぱり最高にイヤな死に方だ。夏休みはまだ少し残ってるけど、これから海とか山に出かける人は、飢えた野獣に気をつけるんだぞ~。
(とみさわ昭仁)
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