
灯台下暗し! 刑務所は完全犯罪特区だった!
当たり前だが、囚人は刑務所の中で刑に服していて、基本的には外に出られない。ホイホイ出てたら大変である。
この逆転の発想で作られた韓国映画が『監獄の首領』である。舞台となるのはソウルにあるとある刑務所。この刑務所の囚人たちは夜になると車に乗って外に飛び出し、下手を打って高飛びしようとしていた大企業の社長を暗殺するなどのダーティワークに勤しんで巨大な利益をあげている。
そんな刑務所に、元敏腕刑事のソン・ユゴンが収監されてくる。罪状はひき逃げと証拠隠滅、おまけに収賄。かつて自分が逮捕した犯人たちにボコられるユゴンだが、負けん気と腕っ節の強さでやりかえし、トラブルを繰り返しては懲罰房に放り込まれていた。しかしある日、ユゴンは刑務所内で特定の房の囚人たちに拉致され、電ノコで腕を切り落とされるか服従するかを選ばされる。ここでユゴンが服従を選ばされた相手こそ、囚人による犯罪を取り仕切り巨大な収益を分配する首領、チョン・イクホだった。
イクホの直轄メンバーが揃う監房に移動し、彼を度々助けるユゴン。いつしかイクホとは義兄弟のような間柄になり、気づけばイクホの指揮する刑務所の犯罪組織の中ではナンバー2の位置に。しかし、ユゴンにはある隠された目的があった……。
刑務所の中には色々な理由で収監されている犯罪者がいる。その中から元医師や元鍵師や元軍人(元軍人が普通にムショに放り込まれているあたりは韓国っぽい)など使える経歴の人間を選抜した犯罪ドリームチームが、イクホの率いる組織の中核である。主人公ユゴンも「元刑事がいると便利」みたいな理由で抜擢されるあたり、一応筋は通っている。そしてこのドリームチームが、ムショの中から政治経済に巨大な影響を及ぼす犯罪行為に精を出す! こういう劇画っぽい、ピリッとしたアイディアを見ると楽しくなっちゃうな!
暴力が主体の映画ではないものの、バイオレンス描写がそこそこきっちりしているのも嬉しい。作業用の電ノコやそのへんの角材、割れた蛍光灯や焼肉用の分厚い鉄板などなど、ムショらしく手近なアイテムを各々工夫しつつ、頑張って相手を痛めつけようという殺る気が伺えて好感が持てる。また、元軍人の囚人は"仕事"の際にサブミッションで警備員を絞め殺したりするなど、囚人ごとに得意ジャンルの暴力があるのが垣間見えるのも芸が細かい。
こういう殺伐とした設定を背景にしつつ、ユゴンとイクホがだんだん義兄弟っぽい感じになっていくのは犯罪映画の鉄板の展開だ。「助けてもらったから礼をしたい。食いたいものはあるか?」と聞いてくるイクホに「ブリの刺身を食わせろ」と答えるユゴン。そして次のカットでは二人揃って車に乗って脱獄、よくわかんないビニールで囲まれた小屋(韓国にはああいう建物がけっこうあるんですかね?)で酒を飲みながら刺身を食いつつ語り合うというスピード感。仲良くなったのはわかるけど、自由すぎる。なんというか、刑務所の囚人というより『1日外出録 ハンチョウ』みたいだ……。
やっぱ悪人はイイ顔じゃないとダメなのです
ここまで荒唐無稽なストーリーをなんとか地に足ついたものにしているのが、登場する韓国俳優たちの顔のパワーである。劇画みたいな人物であるイクホを演じたハン・ソッキュは特に素晴らしい。90年代の韓国映画発展を支えた俳優の一人であり、日本で韓国映画が広く見られるようになったきっかけである『シュリ』で主演を務めた彼も、気がついたらもう53歳。立派なおっさんである。
このおっさんになったハン・ソッキュがいい。ぱっと見押井守系の犬顔おじさんなのだが、よく見ると食えない男であることがわかるギラつきがある。ユゴンを演じるキム・レウォンがガタイのいい爽やかイケメンなので、ソッキュが並ぶと小男に見えるのも効いている(実際にはハン・ソッキュは178cmくらいあるので小さくはない)。そんなソッキュが、いざ"そういう場面"になると、目線ひとつで悪漢たちを黙らせる迫力をパッと出す。芝居に「あ、この人怖い人だな」という説得力があるのだ。悪人役、全然イケるじゃないですか!
他の役者もいい顔揃いである。囚人であるイクホにアゴで使われる所長役のチョン・ウンインもちゃんと肝が小さい小役人に見えるし、その上役であるイ・ギョンヨンは偉そうかつ嫌味なおっさんにしか見えない。どいつもこいつも、一筋縄ではいかなさそうな味の濃い顔のオンパレードだ。
単に悪いだけじゃなくて、その悪さが破天荒であればあるほど、悪人役の顔に頼る部分が大きくなる。『監獄の首領』はそういう所をよ〜くわかっている映画だった。
【作品データ】
「監獄の首領」公式サイト
監督 ナ・ヒョン
出演 ハン・ソッキュ キム・レウォン チョン・ウンイン シン・ソンロク ほか
1月13日より全国ロードショー
STORY
ソウルのとある刑務所では囚人チョン・イクホの指揮のもと、刑務所と結託した囚人が塀の外に飛び出し、日常的に犯罪を行なっていた。そこに元刑事のソン・ユゴンが収監され、イクホと接触。ユゴンは組織の中核として成り上がっていくが……。
(しげる)