広瀬すず主演、坂元裕二脚本の水曜ドラマ『anone』。キャッチコピーは「私を守ってくれたのは、ニセモノだけだった。」。
先週放送された第5話の視聴率は5.9%まで落ち込んだが、じっくり観ている人たちからは大絶賛を浴びている。作品の出来の良さもさることながら、このドラマが必要な人たちがいるのだと思う。その人たちのために、レビューを書きます。
「anone」5話。このドラマが必要な人がいる、その人たちのために書く。「生きる意味」なんて必要ない
イラスト/Morimori no moRi

火野正平が語る「小春日和」の意味


1000万円をだまし取ったことを詫び、自首すると申し出る、るい子(小林聡美)を冷たくあしらう亜乃音(田中裕子)。ハリカ(広瀬すず)を交えたユーモラスなやりとりの中に、さりげなく真実を突く言葉が出る。

「そういうの、自己満足ですから」

不承不承、持本(阿部サダヲ)が作った焼うどんを食べる亜乃音。「おいしい」とも言わず、あからさまにおいしそうな表情もしないのに、微かな表情と仕草だけで「意外なほどおいしい」ということを表現する田中裕子の演技力がさすがすぎる。

焼きうどんに紅生姜を加えて、よりおいしくする亜乃音。食卓を囲む4人の服の色を見れば、3人が青系統の服を着ているのに対して、持本だけがまるで紅生姜のような赤い服を着ている。4人が混ざり合うことを肯定するような亜乃音の行動だ。

そこへ釣った魚を振る舞うため、弁護士の花房(火野正平)がやってきた。このエピソードの序盤の主役は、間違いなくこの花房だ。

花房の前で家族のふりをするため、るい子が亜乃音の妹、持本がるい子の夫、ハリカが2人の子という設定ができる。
ハリカたちはニセモノの家族になったのだ。さっきまで赤いニットを着ていた持本が青いジャケットに着替えているが、彼なりに同化しようとしているのだろう。まるでカメレオンの擬態のよう。

亜乃音と花房は3人の家族ごっこに付き合ってくれる。特に花房のおおらかさ、包容力と言ったら!
「亜乃おばちゃん」「テニスサークル」など、到底ありえないフレーズに、いちいちいたたまれない表情をする亜乃音と大げさに受け入れる花房の対比がなんともおかしく、あたたかな気持ちにさせられる。

「亜乃音さん、家族っていいものですね」

と花房が言った瞬間、持本が「ずっと独り身でしたから」と馬脚を現すが、そんなことはもはやどうでもいい。家族ごっこは第三者から見れば滑稽なものだが、誰かから認めてもらうことで意味を帯びはじめる。ニセモノの家族になったばかりの4人にとって、花房の存在はとても大きい。
酒を飲みながら花房が「小春日和」という言葉が晩秋から初冬にかけての暖かい日のことを指すものだと話していたが、これもニセモノの一つだ。昔の人々は、厳しい寒さの中で時たま訪れる春のような穏やかで暖かな晴天の日を喜んだ。ハリカたちが亜乃音の家でニセモノの家族として過ごす一日は、厳しい現実という冬の日々の中の小春日和のようなもの。

「また猫が増えたようなものだから」

と亜乃音はるり子と持本を受け入れる。
翌朝は4人揃って歯を磨く。同じシャンプーを使っている(頭から同じ匂いをさせている)人たちのことを家族と呼ぶのは『問題のあるレストラン』『カルテット』と坂元裕二ドラマで繰り返されてきた。もちろん、同じ歯みがきを使っている人たちも家族と呼ぶのだろう。

花房を演じる火野正平は、日本全国を自転車で旅する番組『にっぽん縦断
こころ旅』でパーソナリティを務めているが、初対面の相手にも壁を作らず、心にすっと寄り添うおおらかな人柄で人気を集めてきた。老女から幼女まで分け隔てなくレディとして扱う様は、さすが芸能界一のプレイボーイと感心せざるを得ない。花房はまさに火野正平にうってつけの役柄だ。坂元裕二はあて書きしたんじゃないだろうか。

火野が自転車で下り坂にさしかかると「人生下り坂最高!」と叫ぶシーンは番組の代名詞となった(この言葉は番組の書籍のタイトルになっている)。このフレーズも、どこか「♪上り坂、下り坂、そうね人生はまさか〜」と歌った『カルテット』っぽい。

「これから“行く”じゃなくて“帰る”って言いなさい」


ハリカは彦星(清水尋也)の病気をなんとか治そうとしていた。しかし、彦星は自分の死の前に無力感と苛立ちを隠さない。

「電球がきれるように、いつ自分が消えても不思議じゃないんだ。明日の話なんか遠すぎる。
“いつか”なんて3億年先の話と同じ」

彦星にとって心慰められるのは、“いつか”というあやふやな希望などではなく、ハリカによって語られる亜乃音やるり子や持本が登場する突拍子もない物語のほうだった。

「君の冒険は、僕の心の冒険です」

なんて素敵で、せつない言葉だろう。ものすごくシンプルに物語の効用を言い表している。それからハリカはニセモノの家族たちによる、ささやかな「本日の冒険」を彦星に報告するようになる。持本が買ってきたセミのパジャマ、るり子の可愛いくしゃみ、亜乃音の知り合いが繰り返す「ヤバすぎてヤバい」……。しかし、彦星とのSNSは突如途切れ、電球は次々と切れる。

彦星の姿が病室から消えた。彦星は集中治療室に運ばれ、家族は彼を残して高級レストランに食事に行く。彦星もハリカと同じく、家族に捨てられた存在だったのだ。同じ施設に入れられていたのだから、親も似たような人たちなのだろう。病室の見える場所から動けないハリカ。心配する亜乃音に、ハリカは嘘の連絡を入れる。


「連絡遅くなってごめんね。また明日とか、そっち行くから。じゃ……」
「ハリカちゃん、一個だけいいかな?」
「うん」
「今、ハリカちゃん、“そっち行けないかも”とか“明日行くから”とか言ったけど、ここはもう行くところじゃないからね。ここはもうハリカちゃんが帰るところだからね。ふとん並べて寝てるでしょ?
これから“行く”じゃなくて“帰る”って言いなさい。帰れない日は“帰れない”って言いなさい」
「亜乃音さん、今日は帰れない……」

ニセモノの母子、ニセモノの家族。だけど、ハリカは娘を(事実上)失ってしまった亜乃音にとってかけがえのない存在になっていたし、ハリカにとっても、亜乃音と亜乃音の家は“帰る”べき場所になっていた。だから、亜乃音の言葉を素直に受け入れたのだろう。帰る場所がある人は、それだけで幸せだ。

誰かを想って泣くということ


しかし、ハリカは無力感に苛まれていた。自分には何もできない。病室の見える場所にいても仕方ない。
家に帰ろうとするハリカを、話を聞いていた亜乃音が押しとどめる。

「何もできなくていいの。その人を想うだけでいいの。その人を想いながら、ここにいなさい」

ハリカが誰かを想って泣くのは、生まれて初めてのことかもしれない。亜乃音はハリカが誰を想って泣いているのか、よくわかっていないはずだ。だけど、ずっとひとりきりで過ごしてきたハリカが誰かを想うこと自体をとても大切にしている。

ハリカの想いが通じたのか、明け方、彦星は病室へと戻ってくる。朝まで離れた場所で付き合う亜乃音。ハリカと亜乃音は抱き合って涙を流す。本物の母子より、ニセモノの母子のほうが母子らしい。また今週も田中裕子に泣かされた。広瀬すずも素晴らしかった。
1本の映画のクライマックスのようなシーンだった。

さりげなく2人を迎える、るり子と持本も良い。晩ごはんのトンカツを食べずに待っていたというのに。思いっきり心を開くハリカ。そして彼女の心をずっと守ってきた長すぎる前髪を、ついに亜乃音が切る。眠ってしまったハリカの前で、亜乃音が言う。

「生きなくたっていいじゃないですか。暮らしましょうよ」

「生きる」なんて大げさに考えなくていい。「生きる意味」なんて必要ない。そんなことを考えるから窮屈になる。善人だが愚かな持本は、いつも身の丈以上のことをしようとして失敗してきた。男社会の壁に跳ね返され続けたるり子は、自暴自棄になって命を捨てようとしていた。そんなことは考えなくていい。ただ、暮らしていけばいいのだ。誰かのことを想い、誰かと食卓を囲んで、暮らしていく。これは『anone』というドラマの大きなメッセージだと思う。

そして、集中治療室から戻ってきた彦星は、ハリカの出てきた夢を通して「明日」のことを考えるようになっていた。ハリカとのやりとりは、彦星に“いつか”を信じる力を与えていたのだ。そこにあったのは、SNSのアバターというニセモノと言われがちなコミュニケーションツールだった。

ラストシーン、不穏な雨の中、ハリカたちの前に「ヤバすぎてヤバい」男が現れる。偽札の開発に成功した中世古(瑛太)だ。なんと、かつて中世古はIT長者だった!
そして、亜乃音、ハリカ、るり子、持本の前で滔々と偽札の話を始める。彼こそ「暮らし」とは無縁の男だ。

「今日、ここにお邪魔したのは、みなさんにこの偽札の製造に協力していただくためです」

中世古がとんでもないことを言い出したぞ! やっぱり穏やかな小春日和は続かないのか。激動の第6話は今夜10時から。
(大山くまお)

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