スポーツ史上最大級のスキャンダルを扱った映画……ということで野次馬根性満々で見に行った『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』。しかし、おれは「トーニャ! もっとやれ!」という気分になった。

フィギュアスケート史上最悪の醜聞の陰に毒親「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」

フィギュアスケート界で発生した前代未聞のスキャンダル、その陰には毒親の姿が……


フィギュアスケートに興味がなくても、トーニャ・ハーディングという名前に聞き覚えがある人は多いのではないだろうか。1994年、リレハンメル五輪の選考会を兼ねた全米フィギュアスケート選手権で、ナンシー・ケリガンという選手が何者かに膝を殴打される事件が発生。その首謀者として疑惑の目を向けられた、当時トップのスケーターがトーニャである。女子選手としてトリプルアクセルを飛んだ史上2人目(1人目は伊藤みどり)のスケーターでありながら、事件の後は事実上スケート選手としてのキャリアを断たれた。

『アイ、トーニャ』では、なぜこの事件が起きるに至ったのかをトーニャが4歳の頃まで遡って描く。トーニャの育った家庭は複雑だ。母親は何度も離婚を繰り返し、トーニャは4番目の夫との間に生まれた5番目の子供にあたる。この母親ラヴォナが曲者である。貧乏暮らしを脱出するためだけに娘に無理矢理スケートを習わせ、「あの子はガンガン怒った方がやる気を出すし、伸びる」という謎の思い込みの元に、幼いトーニャに罵詈雑言を吐きまくる。禁煙のはずのスケートリンクでバカバカとタバコを吸い、「お前は甘ったれている!」と小学生を罵倒する。しかし困ったことに、トーニャには優れた身体能力があり、成長するにつれてスケートの世界で頭角を現す。

こんな毒親に育てられたトーニャの私生活はめちゃくちゃだ。最初に付き合った男(当然貧乏)ジェフとそのまま結婚。
蓋を開けたらチンピラまがいのDV男だったジェフと破綻スレスレの結婚生活を送りながら、トーニャは全米選手権でアメリカ人女子選手初のトリプルアクセルを成功させる。しかし、トリプルアクセルの成功によってトーニャが全米のスターとなった事実は、夫婦の関係を大きく変える。おまけに夫であるジェフの友達はとんでもないバカばかりで、母親との関係は一向に改善しない。グダグダな私生活のおかげでスケートの成績も落ちる。そんな中、ライバルとして浮上したのがナンシー・ケリガンだった。

『アイ、トーニャ』は、1994年に発生した事件を現在の当事者たちが振り返るという体裁の映画である。現在のトーニャやジェフ、ラヴォナが語る当時の証言はかなり食い違っており、それをサラリと見せることで、事件の複雑さを観客に伝えることに成功している。もうひとつ印象的なのは、スケート自体はかっこよく美しく撮影されている点だ。通常のフィギュアスケート中継ではありえない位置にカメラが入り、氷をガリガリと削る音を拾いながら滑るトーニャの姿は、最高にかっこいい。トーニャの演技自体には嘘のない強さがあったことを示すのは、全体的に性格の悪いこの映画で一服の清涼剤となっている。

しかし、競技中の輝きとは裏腹に、トーニャを巡る人間関係はひどいものである。特に母ラヴォナは最悪だ。
『アイ、トーニャ』のひとつのテーマが、毒親とどう付き合うかという点にある。ドケチで「お前のスケート練習だけでどれだけ金がかかってると思ってるんだ!」とすぐ怒る上、喧嘩になると刃物すら投げてくるというのは毒親としてもかなりエクストリームな部類に入る。が、トーニャはこの親と付き合っていくしかない。夫のジェフにしても同様だ。ジェフは甲斐性なしのDV男だが、トーニャが育った環境ではこういう男しか選択肢がない。これらすべての環境が、トーニャの足を引っ張りまくる。特に、フィギュアスケートという競技においては巨大な足枷となるのだ。

レペゼン貧乏家庭のトーニャに立ちはだかる、「品格」の壁


『アイ、トーニャ』は、フィギュアスケート選手の品格とは何かという点にフォーカスした映画でもある。相撲ではしばらく前に「横綱にふさわしい品格」とは何かを巡って論争があったが、これと似たような問題にトーニャもぶつかる。

フィギュアスケートは技術のみでは戦えない種目だ。芸術的な側面も配点され、「表現力」みたいな言葉で評される。フィギュアスケートの良し悪しは、トリプルアクセルが飛べるという技術的な側面だけで推し量ることができないのだ。


トーニャに抜け落ちていたのは、この部分だった。確かにトリプルアクセルを可能にするフィジカルの強さはトーニャの大きな強みだ。しかしトーニャは貧困家庭で育ち、チンピラまがいの男と勢いで結婚してしまうような選手である。幼い頃からフィギュアスケート一本だったから、学歴もない。演技の際の選曲も、ZZトップの「Sleeping Bag」とかである。そして、そんなトーニャは審査員から嫌われる。ハードロックで演技するような選手は、フィギュアスケート的な美しさを備えていないと見られたのだ。

これに対してトーニャは「お前たちに何がわかる」とばかりに激怒する。そして一矢報いるために必殺のトリプルアクセルを磨き抜き、一度はスケーターとして頂点に立つ。それでもなお超えられない壁がある。自分にはこの環境しかなかった。それでもできることは全てやった。
トリプルアクセルだって飛んだ。それ以上なにが必要だと言うのだ。そりゃ怒って当然である。しかし、持って生まれた境遇が、最後まで彼女を追い詰める。

巨大なスキャンダルを起こしてもなお、彼女は怒り続け、折れそうになりながら生き続ける。大事件を起こした選手ながら、口では「それが何?」と減らず口を叩くトーニャの姿は、感情移入するのに十分だ。野次馬根性むき出しで見に行ったのに、いつしかおれは「いいぞトーニャ! もっとやったらんかい!」という気分になっていた。
(しげる)

【作品データ】
「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」公式サイト
監督 グレイグ・ギレスビー
出演 マーゴット・ロビー セバスチャン・スタン アリソン・ジャネイ ジュリアンヌ・ニコルソン ほか
5月4日より全国ロードショー

STORY
1994年に発生したナンシー・ケリガン襲撃事件。事件の首謀者としてキャリアを断たれたのは、同じくフィギュアスケート選手のトーニャ・ハーディングだった。事件の裏には何があったのか、トーニャの半生を追いつつ描く
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