TBSの日曜劇場の10月期ドラマ「下町ロケット」が今夜からスタートする(夜9時〜。ただし第1回は世界バレー中継のため時間変更の可能性あり)。


ドラマ「下町ロケット」は、池井戸潤の同名小説が原作で、2015年に第1シリーズが放送された。3年ぶりの続編となる本シリーズでは、小説の第3作にあたる『下町ロケット ゴースト』(小学館)が原作となる。

第1シリーズではそのタイトルどおり、元宇宙科学開発機構の研究員だった阿部寛演じる佃航平が、死んだ父親から継いだ下町の工場「佃製作所」で、一度はあきらめたロケット製造を再び夢見て、実現するまでが描かれた。

しかし、今回のシリーズではロケット開発に暗雲が立ち込める。それというのも、佃製作所が提携する大企業・帝国重工が、社長交代により、純国産ロケット開発計画「スターダスト計画」から撤退を検討し始めたからだ。さらに追い打ちをかけるように、ある事態に直面し、佃は新たな決断を下すことになる……。
今夜スタート「下町ロケット」にも押し寄せるコスト削減の波『宇宙はどこまで行けるか』でロケット開発の今
ドラマ「下町ロケット」の第2シリーズの原作となる池井戸潤『下町ロケット ゴースト』(小学館)

ロケットはコスパが悪い「打ち上げ花火」?


原作の『下町ロケット ゴースト』によれば、帝国重工が「スターダスト計画」からの撤退を考えるようになったのは、コストの問題が大きい。たとえば作中、次期社長候補と目される的場俊一(ドラマでは神田正輝が演じる)が、宇宙航空部長の財前道生(同、吉川晃司)に対してこんなふうに論難する場面が出てくる。

《「スターダスト計画だのなんだのと、コスト百億円の打ち上げ花火じゃないか」
 痛烈な揶揄だ。「それを去年、何機打ち上げた。五機か、六機か」
 さらに痛いところを、的場は突いてくる。打ち上げ実績ベースで比較すると、競合相手である先進諸国の中で、日本は──つまり帝国重工の打ち上げ実績は低位に甘んじているからだ》

たしかにロケットは安いものではない。現実の日本の国産H2Aロケットの値段は100億円といわれている。
同ロケットの打ち上げ回数も2017年には6回と、これまで記述は事実に即している。年に数十回は打ち上げている欧米諸国とくらべたらたしかに少ない。

それでもH2Aロケットは打ち上げ数を着実に増やしている。しかも、その打ち上げの成功率は、2001年のデビューから2018年6月までの通算39機のうち38機が成功と97.4%を誇る。

ただ、小泉宏之『宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来』(中公新書)によれば、世界のロケット開発のトレンドは、いままでは何より性能を最優先してきたのが、最近では、《高性能だけを求めるのではなく、産業としての持続可能性、すなわちコストと信頼性を重視する》傾向へと変わってきているという。

同書では、こうした流れのなかでもっとも注目を集める存在として、アメリカの民間ロケット打ち上げ企業スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ、通称「スペースX」が紹介されている。同社のロケット「ファルコン9」の1本の値段は6200万ドル、日本円にして約62億円というから、H2Aロケットとくらべると圧倒的にコストパフォーマンスが高い。この低コスト化は、ロケットの増産態勢が大きく関係している。ファルコン9は2010年の初打ち上げから2018年7月までに58機を打ち上げ、その成功率も95.3%と高い。

さらに、スペースXで注目されるのが、打ち上げロケット再利用への取り組みだ。ロケットは「多段式」と呼ばれる積層構造となっており、地上から宇宙へ向けて飛び立つ際に用いる第1段は使い終えると切り離し、本格的に宇宙へ入っていくには第2段以降が使われる。スペースXは、このうち宇宙に到達しないうちに切り離されるのでダメージの少ない第1段の再利用を推し進めている。

今夜スタート「下町ロケット」にも押し寄せるコスト削減の波『宇宙はどこまで行けるか』でロケット開発の今
小泉宏之『宇宙はどこまで行けるか』(中公新書)

人工衛星でも低コスト化


『宇宙はどこまで行けるか』によれば、ロケットだけでなく、人工衛星についてもコストが重視されるようになってきている。一般的な静止衛星(地球の自転と同じ周期・向きで公転し、地上からは静止して見える衛星。気象衛星や通信衛星などに利用)は打ち上げ込みで300億円といわれ、一点ものの衛星や探査機となると数百億円、数千億円はざらにあるという。ここまで超高額だと、どうしても失敗確率を下げる点に重きが置かれ、挑戦的な設計よりも保守的な設計が選ばれがちで、設計自体にかかる時間も長期化する。結果的に新しい技術はなかなか採用されないことになるわけで、これでは技術も人も育ちにくい。

こうした問題を解決すると期待されるのが、重さが1キロから大きくても100キロ程度の小型衛星だ。その開発期間とコストは1年で1億円という単位ゆえ、現在、大学やベンチャー企業も加わって開発が各方面で進められている。こうしたトレンドの中心にあるのは、「キューブサット」と呼ばれる、1辺が10センチメートルの立方体の人工衛星である。この立方体を一つの単位1Uとして事実上の標準が設けられ、1Uあたりの打ち上げにかかる額は数百万円と、圧倒的な低コストを実現した。

「古い宇宙」を知っている者こそ「新しい宇宙」に挑戦できる


小型衛星の登場と同時に、そこに搭載する小型エンジンの研究が国内外の多くの大学で開始された。小型衛星は質量・体積・電力の制限が厳しいため、小型エンジンの開発には困難がともなったが、衛星の可能性を広げるためにも研究者たちはこれに取り組んだ。じつは『宇宙はどこまで行けるか』の著者の小泉宏之もその一人である。

小泉は東京大学にあって小型イオンエンジンの研究を推進、その周辺装置の開発のためベンチャー企業なども引っ張り入れながら、ついにエンジンシステムを完成。
2014年には、小型イオンエンジンを搭載した衛星が打ち上げられ、宇宙作動に成功した。100キログラム以下の衛星に搭載されたイオンエンジンとしては世界初のことだった。

ところで、この小型イオンエンジンの開発過程を説明するくだりには、こんな記述がある。

《アメリカをはじめとする欧米の宇宙開発を見ていて見習うべきだと感じる点は、大企業あるいは政府宇宙機関とベンチャー企業とのあいだでの人材移動が盛んである点だ。長く宇宙環境で経験を積んだ人材を、新しい場所に投入することで挑戦的なことが始められる。宇宙開発に限ったことではないが、日本は人材流動性が低い。時代環境が刻々と変わる中、この流動性の低さは適応の脆弱性につながるという点で大きな課題だと思うのだが、どうだろうか》

小型イオンエンジンの開発でも、宇宙開発関連企業の出身者が多数参加したという。小泉いわく《小型衛星やベンチャー企業による宇宙開発を「NewSpace(新しい宇宙)」と呼ぶが、それは「古い宇宙」を知っていて初めてできることだ。新人だけでチームを組んでいたら、それは「新しい宇宙」ではなくて、「はじめての宇宙」になってしまう》。

思えば、「下町ロケット」の佃航平も国の宇宙機関から町工場に移った技術者である。同作ではとかく「町工場が自分たちの開発した技術をもって大企業を相手に闘う」ストーリーに目がいきがちだが、その技術はけっしてゼロからつくりあげたものではなく、「古い宇宙」を知る佃の存在あってのこそだということにちょっと留意したい。

『宇宙はどこまで行けるか』ではこのほか、ロケットや人工衛星に関する基本的な知識を押さえながら、最近の宇宙開発の動向が紹介されている。
「下町ロケット」視聴にあたり、かたわらに置いておきたい一冊だ。
(近藤正高)
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