「変わり者でマイペースな」とサラッと書いたが、今の社会の中で“常識”や“普通”や“当たり前”を踏み越えて、変わり者であることやマイペースさを貫くことは容易ではない。空気を読むことは必須スキルであり、約束の時間を忘れることは犯罪に近い。同調圧力にさらされ、後ろ指をさされ、陰口をたたかれ、人生の落伍者というレッテルさえ貼られかねない。
そんな中、このドラマはそんなマイペースな変わり者たちを優しくさわやかに肯定してくれる。同時に“常識”や“普通”や“当たり前”にがんじがらめにされて息苦しくなっている人たちが、ふっと息を抜くことができる作品になるような気がする。

オルタナティブの大切さを教えた祖父・田中泯
大学で動物行動学を教える相河一輝(高橋一生)は、好きなものに夢中になると周囲が見えなくなるタイプ。ニコニコしていて穏やかだが、苦手なことは後回しにするし、時間だって守れない。おまけに失言までして周囲をイラつかせることもある。学生たちは彼の授業をほとんど聞いていない。
これまで相当生きづらかったに違いないのだが、そんな彼を優しく見守っている人物が3人いる。ちょっと口うるさい家政婦の山田さん(戸田恵子)、陶芸家である祖父の義高(田中泯)、そして一輝を大学に導いた恩師の鮫島(小林薫)である。
印象的だったのはドラマ冒頭で語られる少年時代の一輝と義高のエピソードだ。一輝はうっかり祖父の作品を落として割ってしまうのだが、義高は一輝を叱りもしないし、落とした原因を追究もしない。反省も求めない。ただ、割れた器を指して「どうしたらこの器が輝くと思う?」と優しく問いかける。
大人になった一輝はそのときの割れた器を、飼っているヘルマンリクガメのジョージの住処として活用していた。器とは何かを入れたり飾ったりするもの、という固定概念を飛び越えれば、たとえ割れてしまったものでも輝くことができる。義高は孫にオルタナティブの大切さを教えていたのかもしれない。
50年以上ダンサーとして独自の活動を続けてきた田中泯を祖父役にキャスティングしていることの意味が大いに発揮されたシーンだった。
カメはコツコツ頑張っているわけじゃない
一輝と対照的な人物として登場するのが、歯科医師の育実(榮倉奈々)だ。院長として親から受け継いだ歯科医院を守りつつ、都心の審美歯科でも働いている。誠実で努力家。だけど、幸せかというとそうでもない。ちょっと高いディナーを奢っただけで、恋人の雅也(和田琢磨)は「見下している」と腹を立てる。
予約の時間を忘れた一輝を「常識ってものはないんですか?」と責め立てる育実(まぁ、原因はそれだけじゃないんだけど)。一輝は表情をこわばらせて、その場から去る。一輝はこうして周囲から責め立てられながら生きてきたことがうかがい知れるシーンだった。
育美の歯科医院の待合室で、一輝は虹一(川口和空)という少年と知り合う。童話「ウサギとカメ」の絵(カメの甲羅がレインボーカラーになっていた)を描いていた虹一は一輝に謎を出す。
「カメは寝ているウサギに声をかけなかった。倒れているかもしれないって、どうして思わなかったのだろう?」
一輝に「ウサギっぽい」と指摘された育実は、自分は努力家のカメだと主張する。だが、「コツコツ頑張るのがカメなんですか?」とあっさりと否定する一輝。「物語の解釈は自由です」と前置きしつつ、虹一と語り合った「ウサギとカメ」の謎についてこう語る。
「カメはぜんぜん頑張っていません。
「カメの世界にもはやウサギの存在はなく、寝ているウサギに声をかけなかったのもそのためです」
まるで一輝の人生そのものだ。テストの点数が10点で母親(松本若菜)を悩ませる虹一も一輝と相通じる部分が多いのだろう。
ならば、ウサギは何のために走ったのだろうか? 育実の問いに一輝はこう答える。「ウサギはカメを見下すために走るんです」。恋人に言われた言葉と同じだった。育実の心のざわつきを表すように主題歌のギターによるイントロが鳴る。
金儲け至上主義、効率第一の現代に違和感のある人へ
このドラマは一輝の成長譚ではない。彼にふれることで様々な人の人生に対する考え方、価値観が変わっていく物語だ。その代表的な存在が育実なのだろう。
物語は非常にゆっくり進む。月を見上げたり、カメと一緒に歩いたり、巨木に耳を押しつけたり、葉っぱに滴がしたたるようなショットが随所に登場する。
高橋一生はこのドラマについてのインタビューでこう語っていた。
「現代では、“足りない”という感覚が、多くの人達を突き動かしているように感じます」「今回のお話をいただく前から、『最初からあるものをいかに大事にできるかで、人間は豊かな人生を築けるんだ』という感覚を持っていました」(Real Sound映画部 10月1日)
現代は誰もが一刻も早く正解を知りたがり、効率よく金を稼ぐ方法に群がる時代。なぜかみんなが「足りない」と感じていて、だからとにかく金を稼げる人がスターになる時代でもある。書店に行けば、そんな人たちの本がわんさか積んである。そんな人たちにとって、葉っぱにしたたる滴や正解のない問いかけなんて取るに足らないものかもしれない。
だけど、そんな現在に少しでも違和感があったり、居づらさを感じていたりする人は、このドラマがしっくりくると思う。「癒やされる」という人もいるかもしれないけど、「しっくりくる」のほうが近いんじゃないかな。
第2話は今夜9時から。
(大山くまお)
「僕らは奇跡でできている」
火曜21:00~21:54 カンテレ・フジテレビ系
キャスト:高橋一生、榮倉奈々、要潤、児嶋一哉、田中泯、戸田恵子、小林薫
脚本:橋部敦子
音楽:兼松衆、田渕夏海、中村巴奈重、櫻井美希
演出:河野圭太(共同テレビ)、星野和成(メディアミックス・ジャパン)
主題歌:SUPER BEVERによる主題歌「予感」
プロデューサー:豊福陽子(カンテレ)、千葉行利(ケイファクトリー)、宮川晶(ケイファクトリー)
制作協力:ケイファクトリー
制作著作:カンテレ