毎日お楽しみいただいている毎日朝ドラレビュー「なつぞら」。制作の様子も知りたい!ということで以前、アニメーター佐藤好春さんの取材をしたが、今回はNHKの音響スタッフ金本美雨さんに取材をした。

「なつぞら」を支える音の仕事。19週「たんぽぽバター」の伏線が1話の音に!音響スタッフを取材してきた
音をつける作業をする金本美雨さん

北海道で鳴いてる鳥の種類を知りたい


連続テレビ小説「なつぞら」。第19週「なつよ、開拓者の郷へ」で舞台は再び、北海道へ。
北海道の場面になるといつも気になるのが自然の音だ。無数の鳥や虫や風の音が何重にも耳に迫ってきて、それによって北海道の広大さ、奥深さを感じさせる。
東京編だとスズメや鳩などだいたい判別できるが、北海道だと聞いたことのない鳴き声がたくさん。どんな鳥がいるのか知りたい! と思って「なつぞら」音響スタッフの金本美雨さんに取材した。すると、鳥の声が物語の意外な部分を担っている事実が判明。さらに、鳥の声だけでなく、いろいろな音が活躍していることが続々わかって、とてもおもしろい取材になった。
「なつぞら」を支える音の仕事。19週「たんぽぽバター」の伏線が1話の音に!音響スタッフを取材してきた
細かく膨大な資料の数々。鳥の季節分布の細かさといったらない

金本さんはこの道、10年、「真田丸」や「ひよっこ」、「精霊の守り人」なども担当してきた。
「鳥の種類が知りたいという取材は珍しいですね」と金本さんはまず笑った。音響の取材というと、“フォーリー”という足音や所作音などを専門のスタジオ“フォーリースタジオ”で録音する作業の取材は、絵にもなりやすく、多いという。確かに、三谷幸喜監督の映画「ラジヲの時間」のような効果音作りは面白い。
「なつぞら」を支える音の仕事。19週「たんぽぽバター」の伏線が1話の音に!音響スタッフを取材してきた
フォーリーアーティストが画面を見ながら足音をつくっている図

「『なつぞら』では、アニメのアフレコのとき(89回)に、その場で音を作っている人が出てきたでしょう」と金本さん。
そこに出ていた、数々の道具を駆使して効果音をつくる音響効果スタッフ・今井裕さんはOBで、監督が経験者にお願いしたいという希望により当時の技術を実際に演じて見せてくれたそうだ。

NHKには音響デザイン部があり、そこで音楽(劇伴)の発注、選曲(どの場面に使うか)、SE(Sound Effect=効果音)の制作を行っている。
「民放だと演出家が音楽を決めることもあるそうですが、NHK、とくに朝ドラは毎日放送するものなので作業的にも大変ですから、監督にはまずは撮ることに専念してもらって、その間、我々が音楽と効果音のプランを作って提示します」
つまり、音楽もSE もセリフ以外のテレビから聞こえてくる音はほぼすべて音響デザイン部が受け持っていることになる。
「なつぞら」の音響スタッフは4名(うちひとりは今年4月に入った新人)。ローテーションでやっていて、
たいてい、音楽の準備に2日、監督と打ち合わせ1日、SE(効果音)準備に2日、フォーリー作成1日と1週間で準備。翌週MAスタジオで、音声部により整音されたセリフと音楽・SEのレベルを整え(MIX作業)、ドラマの「音」が完成するそうだ。

取材をした日は19週のSE作成をやっていた。結婚を決めたなつ(広瀬すず)と坂場(中川大志)が北海道に挨拶にやってくる場面。季節は秋、この時期にいる鳥は……といくつかの候補から、19週担当の柴田なつみさんは、マガンを選択した。

「北海道は野鳥がたくさんいるのでやりがいがあります。しかも、季節、時間、朝昼晩と鳴いている鳥は違うんです。たとえば、繁殖期なら異性を求めるさえずりの声。
それ以外の時期は地鳴きというふだんのコミュニケーション用の声というように」(金本さん)

音響デザイン部では長年、集めたデータと専門家の監修に基づき鳥の声を選択している。その資料はものすごく細かく膨大なもので、日本のいつどこでどんな鳥が鳴くか図になっていた。昔は紙でまとめていたが、いまはPCで、場所や時期を指定すると音声がダウンロードできるようになり、作業能率が格段に上がったという。「なつぞら」ではパソコンに「十勝」「山」「森林」「牧草地」「何月」などとキーワードが設定してあるそうだ。

1話でカッコウが鳴いていた理由


さて、19週、112回では「カッコウが鳴いてたんぽぽが咲くと種まきの季節がやってくる」というような十勝の季節感から、「たんぽぽバター」という商品名が誕生する。じつはこれ、1話に音の伏線があった。1話でなつが剛男(藤木直人)に連れられて北海道にやって来たとき、カッコウの声がしている。これは撮影現場で鳴いていたわけではなく、あとから足したものだった。(参考/111話にあらすじあり
「なつぞら」を支える音の仕事。19週「たんぽぽバター」の伏線が1話の音に!音響スタッフを取材してきた
「なつぞら」112話より

「放送ではカットされていたのですが、第1話の台本に『カッコウが鳴いてたんぽぽが咲くと種まきの季節だ』というセリフがあったんです。脚本家の大森寿美男さんが、この土地の人たち特有の春の訪れの感じ方をセリフで書いているのだと思って、十勝で録音してきたカッコウの声を入れました。そのときはその言葉が19週で重要な役割をすることを知らなかったのですが(笑)」

この話を知ったあとで1話を見ると、また感じ方が違ってくる気がする。ちなみに、わたしは「なつぞら」のノベライズを担当するにあたり、このセリフが印象的だったので残している。金本さんと気持ちがシンクロしたようで嬉しかった。

ただ、19週の、回想場面ではカッコウは鳴いてない。「カッコウの声って林の藪の中から聞こえてくる感じなので、どうしてもややoffめの音なんですよね。たんぽぽを口に入れた後はシマアオジの可愛らしいさえずりを入れました」と金本さん。

鳥の声が状況を物語る


ふだんなにげに聞いている音も注意して聞けば、ドラマの状況を饒舌に物語っているのである。ほかに、この時期の北海道ならではの声は、高い音のベニマシコ。
「冬場は本州の各地にいる鳥なのですが、夏場に北海道(と青森・下北半島)で繁殖するので、その時期・そこでしかさえずりは聞けないんです。繁殖期だからこそのきれいな声なんです」

1話ではほかに、エゾハルゼミの声が多用されている。5月中旬〜7月下旬に北海道で鳴く。北海道の夏を代表する音で、春のカッコウの声と共に季節の訪れを知らせる音声だ。ちょっとカエルの声のようにも聞こえるその声を使って、第1週では子なつの心のざわめきを表現したそうだ。

金本さんは第一次北海道ロケに同行、カッコウをはじめとして牛や鳥や虫の音を収録してきた。カッコウ、エゾハルゼミのほか、ヒガラ、センダイムシクイ、コルリ、ツツドリ、オオジシギ などなど……それらが生かされている。
「実際は、撮影現場ではあまり音はしていないんです。
カッコウの声だけでなく、足音や草の音も足しています。なっちゃんが草原を走り出して転んだときに水筒のカラカラした音も足しています。フォーリースタジオで草と足音と物音を作りました」
当たり前だがスタジオにおけるセットでの撮影はそもそも環境音は全くなく、台本に音設定の指定が無い場合も多い。19週でも登場する雪月では、帯広駅からほど近いと想定して汽車の汽笛を使っている。このように、音響スタッフの想像力がドラマを豊かにしている例は枚挙にいとまない。
「なつぞら」を支える音の仕事。19週「たんぽぽバター」の伏線が1話の音に!音響スタッフを取材してきた
効果音をつくるフォーリースタジオにはいろいろな道具がある。床にもいろんな種類が

たとえば、42話、なつが東京に行くことに決めたと天陽(吉沢亮)に報告して抱きつく場面で大鷲が鳴いている。
「なっちゃん、罪深いなあとおもって、ツミという鳥を選ぼうかとも思ったんでけど(笑)。危機感を煽るときは、猛禽類の声を使うことが多い※ですね。猛禽類は警戒時に鋭く鳴くものが多いので。第3話のラストで荷馬車に揺られてなつ、売られる…!?のシーンではオオタカを使いました」と金本さん。
ウソを使ったこともあるとか。
「柴田家の家族に“アニメーターになりたい”という本心を言えなかった(嘘をついた)ことを、天陽の小屋でしゃべっているとき、フィッ フィッ と鳥が鳴くんです。
これはウソの地鳴きです。ほぼ誰にも伝わらないですが、わかった人にはくすっとしてもらえたら……という自己満足の世界です(笑)。野鳥の会の視聴者の方が『なつぞら』を見て鳥の声をチェックしてくださっているようで、それも嬉しいですね」

音の世界はなんと奥が深いことか。富士子(松嶋菜々子)と剛男の寝室シーンで鳴いているのは狼かと思ったら野犬だそう。「ニホンオオカミはこの時期もう存在してないんです」と金本さん。決してノリではなく、リアリズムは守っているのであった。
大鷲の声も単に鳴き声だけでなく、羽音を入れることで小屋の外にいる鳥の気配を感じさせるものにしているそうだ。「小屋のそんな近くに大鷲がいるわけないですが(笑)、少しでも工夫することで自然に見せたくて……」。
新宿編で鳴いているスズメも、遠くにいるスズメもいれば、軒下にいるであろうスズメも想定しながら音をつけている。

「なつぞら」では生の音にこだわった


このように自然の音が印象的な「なつぞら」。金本さんはできるだけ“生の音”にこだわっているという。
「アニメにつける音も、デジタルの音をつけることは簡単ですが、時代的なこともあって、アナログな生音でできるだけやろうと心がけています。
例えば、16週の『ヘンゼルとグレーテル』は昔ながらの手法で音をつけました。MEと呼ばれる心象音はグランカッサ(大太鼓)やピアノの弦、ウインドチャイムなどの生楽器で、鳥のはばたきの音は、音響スタッフが、団扇や傘を使って作り、狼は、四人の男性職員が声をやっています」
そのうちのひとり、新人職員の白井さんは、高校、大学と演劇部で俳優をやっていたそうで、狼の声を熱演した。金本さんも魔女のしたなめづりなどを担当した。

生音といえば、第1話のアニメのシーンで、空襲でなつとお母さんの手が離れてしまう瞬間、カーンっと印象的な音が鳴る。あれも生音だった。
「空襲の音が激しく鳴っているなかで、手が離れ、なっちゃんの運命が代わる瞬間を際立たせるために、アクセントの強い音にするか、あえて無音にするしかないかと考えた末、絵にもキラっとした光の加工が施されていたので、現実的な絵のなかでここだけ強調されているのだから、音もそれに乗っかろうと思いました。最初、サヌカイトを想定したのですが、ちょっときれい過ぎて弱かった。次に思いついたのが庵治石にノミを当ててハンマーで叩いた音です。我々音響デザイン部で作っている『音の風景』という5分間のラジオ番組がありまして、一昨年くらいに香川県にお邪魔したときに、職人たちが石切歌という労働歌を歌いながら石を叩いている現場を録音させていただきまして、その一音の力強さが、あの一瞬の光に合うんじゃないかと思って、その音にリバーブ(響き)をつけて使っています」

聞けば聞くほど奥深い。ここに掲載したことはほんの一端でしかないが、音響デザイン部の方々が日々、研究を積み重ね、こうして出来上がる音の記録やアイデアがドラマをいっそう面白くしている。金本さんは、アフレコシーンの撮影で、OB の今井さんの仕事を見て刺激を受けたと言う。
「一発録りで失敗が許されない時代の技術は、いまの私たちの世代には太刀打ちできません。波音をざるで表現したり、馬の足音を作ったり、そういう技も受け継いでいきたいと改めて思いました」
視る側も、これからもっと音にも注目してドラマを楽しみたい。
(木俣冬)

【放送データ】
連続テレビ小説「なつぞら」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~ 再放送 午後11時30分~
◯1週間まとめ放送 土曜9時30分~

脚本:大森寿美男
演出:木村隆文 田中正ほか
音楽:橋本由香利
キャスト:広瀬すず 松嶋菜々子 藤木直人 岡田将生 比嘉愛未 工藤阿須加 吉沢亮 安田顕 仙道敦子 音尾琢真 戸次重幸 山口智子 柄本佑 小林綾子 高畑淳子 草刈正雄ほか
語り:内村光良
主題歌:スピッツ「優しいあの子」
題字:刈谷仁美
タイトルバック:刈谷仁美  舘野仁美 藤野真里 秋山健太郎 今泉ひろみ 泉津井陽一
アニメーション時代考証:小田部羊一 
アニメーション監修:舘野仁美
アニメーション制作:ササユリ 東映アニメーション
制作統括:磯智明 福岡利武
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