『エール』第18週「戦場の歌」 89回〈10月15日(木) 放送 作・演出:吉田照幸〉

藤堂先生の手紙
凄惨なインパールから日本に戻ってきた裕一(窪田正孝)はその足で福島にやって来る。まずは昌子(堀内敬子)に、戦死した藤堂(森山直太朗)から預かった手紙を届ける。【前話レビュー】朝ドラでここまで描かなかった戦場を今、この時代、あえて描くのだという作り手の意志に敬意
昌子と出会って人生が変わった藤堂は、その感謝と彼女への愛をしたためていた。
軍人よりも教師が向いていたはずが、昌子と子供を守るために戦争に行った藤堂の選択は、傍から見たら残念でならない。生きていられる可能性もあっただろうに。
昌子の家から、実家に戻り、音(二階堂ふみ)、華(根本真陽)、まさ(菊池桃子)、浩二(佐久本宝)と団らんするも、そのときの“音”がしない。いまの裕一に楽しい音色は耳に入ってこず、昌子の震える声のような悲しい声ばかりが耳につくのだろう。
いやな歌詞
戦況は悪化してきて、戦時歌謡に軍が期待する内容も、過激になっていく。「比島決戦の歌」では西條八十(中野英樹)が敵の名前「マッカーサー」と「ニミッツ」を入れて国民を鼓舞するように言われ、反論するが、有無を言わさず書き加えられてしまう。裕一のモデルの古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』では、この曲は結局、レコードにならず、歌詞も楽譜も残っていないとある。「この歌は私にとってとてもいやな歌で、終戦後戦犯だなどとさわがれた」と書いてある。「戦犯とさわがれた」という重い話が手短に書かれてあるのと歌詞も楽譜も残っていないということなどから、よほど触れたくない話なのだろうなあと想像できる。
史実では、鉄男のモデルの弟が戦死していた
あれほど戦争に協力する詞を書かないできた鉄男(中村蒼)までが、藤堂先生の死に触発され、弔いがしたいと「嗚呼神風特別特攻隊」の歌詞を書き、裕一に曲をつけてほしいと持ってきた。鉄男のモデル野村俊夫のことを書いた評伝『東京だョおっ母さん』によると、昭和17年、野村は戦争で弟を亡くし、哀しみを詞にぶつけている。「神風特別特攻隊」とは、海軍航空隊最後の玉砕作戦において、読売新聞がこの作戦のために制作した楽曲で、鎮魂の気持ちが込められている。歌っているのは久志のモデル伊藤久男である。
そのほか野村は「硫黄島」という詞も書き、評伝では“怒りの炎を詞に叩きつけるのである”と書かれている。戦況が悪化し成すすべもないことへの抑えきれないーーその怒りの炎を、『エール』では家族の姿がまるでない鉄男に燃えさせた火種は、藤堂先生の死であった。
新聞で自分と直接知り合いでない人たちの死を記事にしてきたものの、身近な人の死を知らないうちは、本当に戦争における死がなんなのかわからない。これは、再三、今週の『エール』で書かれてきたことである。裕一は、音と華を想い、亡くなった岸本(萩原利久)は国に残した妻子を想う。藤堂先生も、昌子と息子を想って戦いに身を投じた。誰もが身近な人のことを想うことで初めてかけがえのないものを知るのだ。
それがなくなってしまうのが戦争。
「先生は勝つために戦ったんだ」と言う鉄男に、「そうなのかな……?」とぼんやり答える裕一。
鉄男「じゃあなんのために戦ったんだ?」
裕一「わかんない」
「戦場にあるのは生きるか死ぬか、それだけです」という中井(小松和重)のセリフにある状況を目の当たりにした裕一はいまはただ無になっている。勝つとか負けるとか応援するとか弔いとか無念をはらすとかそういうことを考えることができない。
藤堂先生は、教え子・裕一と鉄男に音楽や詞で生きる可能性を与え、さらにいま、もっと深い人生観に気づかせようとしている。
光子も「ああ」
その頃、豊橋では、五郎(岡部大)が禁止されている集会に行ったきり帰ってこない。特高に捕まって国賊扱い。五郎は「私の身体の自由は奪えても、心の自由は奪えません」と意地を張り続ける。もともと、こうと思ったらテコでも動かない性分だったから、仕方ないのか。反戦を貫く五郎、恩師の死をきっかけに戦時歌謡を作ろうとする鉄男、何もかもわからなくなって呆然としている裕一……三者三様の姿がある。
そうしているうちに昭和20年6月19日、豊橋に空襲が起き、関内家が全焼。梅(森七菜)も岩城(吉原光夫)も瓦礫の下敷きになってしまう。
藤堂先生が最後に歌った「暁に祈る」も「ああ」、藤堂先生の弔いに鉄男が書いた「嗚呼神風特別特攻隊」の歌も「嗚呼」。そして、光子も腹の底から「ああ」と呻く。
昭和20年8月15日、たったひとりで玉音放送を聞く裕一の顔は見えない。ナレーション(津田健次郎)は「日本は敗戦しました」と「負け」に言及した。
(木俣冬)
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主な登場人物
古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。
古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。
関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。
廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。
梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。
佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。
藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。
御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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