
伝統的に社会運動が盛んでありつつ、一方で移民排斥なども問題になっているドイツ。この国を舞台に学生たちの左翼運動をリアルに描いた『そして明日は全世界に』は、社会運動のままならなさにフォーカスしつつ、それでも大事なものは何かに迫った映画である。
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学生運動に参加した女子学生が、どんどん過激な行動に!
ドイツ人の主人公ルイザは、法学部に通う大学一年生。映画の冒頭で、彼女は友人のバッテと待ち合わせをしている。ルイザは今日、バッテが参加している左派の学生運動団体「P81」のメンバーに紹介してもらう予定なのだ。ルイザはP81の本部で熱意を表明するも、メンバーの反応は薄め。自分はまだ認められていないのだと、ルイザは気落ちする。P81が現在準備しているのは、右翼団体のデモへのカウンター行動。基本的には穏健な団体であるP81だが、メンバーの中には右翼のメンバーに投げつけるためのインクを入れた卵やパイを用意する者も。
そしてデモに対するカウンターが始まれば、案の定P81と右翼団体のメンバーは衝突する。初参加のルイザは偶然右翼団体幹部の携帯電話を拾ってしまい、ピンチになったところをP81の中心メンバーの一人であるアルファに助け出される。
ルイザが拾った携帯電話には、右翼団体の連絡先や次の行動計画が記録されていた。この「戦果」により、ルイザはP81の仲間たちに認められるようになる。
携帯電話から見つかった情報によれば、次に右翼団体が行動を起こすのはドイツ中央部のヘルムスドルフ。いくつかの派閥に分かれるP81の中でも、暴力も辞さない過激派であるアルファと行動を共にするようになったルイザは、このヘルムスドルフに潜入し右翼の車を破壊する作戦に参加。
ドイツには「市民的不服従」という考え方が根付いているという。これは一般市民が、何らかの問題に対する抗議のために覚悟の上であえて法律を犯した行動をとることであり、左右ともに市民運動を通して自分の考えを表明し行動することが一般的なのだそう。
まして現在、ドイツ国内では移民や外国人に対する排斥が大きな問題となっている。若者による政治行動が大きく盛り上がり、一方で移民排斥を訴える右翼も行動を過激化。『そして明日は全世界に』は、そんな状況を背景にした作品だ。
なんせネタが左翼の学生運動である。日本では50年前に下火になった運動が、ドイツではまだまだ現役で戦われていることにまず驚く。若者たちが街宣右翼と暴力で渡り合い、闘争の路線を巡って喧々諤々の論争を交わす様は、まるで昔の日本の新左翼のようだ。しかも現代なので当然ながら携帯電話やインターネットも武器として加わっており、左右問わず両陣営がそれを使いこなす。
思想を同じくした学生団体といっても、その内実は一枚岩ではない。採るべき路線を巡って穏健派と武闘派が対立し、ある者は運動を去り、ある者はより過激な行動をとるためあえて法を犯す。
寄り合い所帯ゆえに綺麗事ですまない対立もあり、ルイザをはじめP81のメンバーは互いに衝突を繰り返す。なんせメンバーは若い学生なのでそこに恋愛やドラッグも絡み、人間関係だけでも一苦労。「左翼団体の中から見た運動」の姿がリアルに浮かび上がってくる。

対する右翼は、外から見る限りではよくまとまっているように見える。なんせ「移民はいらない! 異人種はドイツに入ってくるな!」という一点で全員結束しているので、足並みの揃い方がP81のような寄り合い所帯とは違うのだ。どうしても成果の出にくい右翼との戦いに疲れ「しっかりビビらせないと、また左翼の広報活動だと笑われる」と、さらに過激で暴力的な方法で対抗しようとするメンバーも現れる。左翼運動が過激化する過程を早送りで見せてくれるため、「なるほど、こういう事情で荒っぽい方法を採るのか~!」という納得感がある。
一筋縄ではいかない左翼運動を、リアルに描く
もうひとつ、この映画を複雑にしているのはルイザの出自である。というのもルイザ、けっこう実家が太いのだ。それもちょっとした小金持ちというレベルではなく、シーズンになれば一族揃って山に狩りにでかけて、家の中には獲物(でかい鹿とかうさぎとか)をバリバリ解体できるような調理場があるレベル。相当な大金持ちなのである。こういった金持ちによる左派寄りの社会運動は、「シャンパン社会主義」「リムジン・リベラル」と揶揄されたりもする。
その対比として劇中に登場するのが、ディトマーという中年男性である。中盤でピンチに陥ったP81のメンバーを助ける人物なのだが、このディトマー自身もかつて若い頃に左翼運動に参加し、幹部として活躍していた。しかし警察に逮捕され実刑を受けたのち、現在は結婚もせず荒れた家に一人で孤独に住み続けている。
彼は「若い頃に共に運動していた仲間は、ある時点でみな運動から離れて企業の重役などになった」「その間に刑務所に入った自分は今でもこんな暮らしをしている」とルイザに話す。
このディトマーの存在は、左翼運動の活動家の中にも社会的地位の格差が存在し、その地位の差によって運動から離れた後の潰しが効くが効かないかに大きな違いが出ることを示している。しかし一方で、ディトマーは今でも左翼の若者たちを手助けし、自分の家で面倒も見る。現在の生活が苦しくても、かつての自分と同じ理想を持った若者を放っておけないわけである。
このディトマーと実家が太いルイザの関係は、『そして明日は全世界に』の大きな見どころとなっている。左翼運動というのは、本当にややこしくて大変なものなのだ。
映画自体は左翼運動の難しさやままならなさにフォーカスしたもので、決して左翼運動を手放しに賞賛した内容ではない。
細かい事実や状況を説明してくれる映画ではないので、見終わった後に「あれってどういうことだったの?」と思うポイントが多々あるかもしれないが、逆に言えば細かい箇所を自分で知るためのとっかかりとしては充分役割を果たしてくれる作品である。現代の社会運動のややこしさを知るためだけでも、ぜひ見ておくべき一本だ。
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作品情報
『そして明日は全世界に』Netflixで配信中
配信ページ:https://www.netflix.com/jp/title/81392185
出演:マーラ・エムデ、ノア・ザーヴェトラ、トニオ・シュナイダー、ルイーザ=セリーヌ・ガフロン、アンドレアス・ルスト、ナディーン ザウター、アイヴィー・リサック、フセイン・エリラキ、ヴィクトリア・トラウトマンスドルフ、ミヒャエル・ヴィッテンボルン
監督:ユリア・フォン・ハインツ
<ストーリー>
大学で法律を学ぶ20歳のルイザは、裕福な家庭の出身だが、右派勢力が台頭するドイツの現状に反発し、反ファシスト活動に傾倒する。そして次第に危険な状況にのめり込んでいき、暴力も辞さない思考へと陥っていく。
2020年/1時間51分
しげる
ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。
@gerusea