ダンサー集団「CYBERJAPAN DANCERS」のメンバーとして活動するYUYU。テレビ番組で明かされた「30億円の大豪邸」に住む“超セレブ”として注目を集める一方、その素顔は驚くほど冷静でロジカルだ。
医師から起業家へ転じた父の決断、中国留学を勧めた母の教育方針を経てたどり着いた「お金は選択肢」という価値観――。前編では、YUYUを形作った家庭環境と金銭観に迫った。(前後編の前編)

【写真】30億円の大豪邸に住む超セレブダンサー・YUYUの撮り下ろし【9点】

――テレビ番組でご自宅が30億円の大豪邸だと公表され、大きな話題となりました。改めてお伺いしたいのですが、それは本当なのでしょうか。

YUYU 本当です!

――30億円と聞いてもまったく想像がつきません……。どのような家なのか、お話できる範囲で教えていただけますか?

YUYU 港区にある低層マンションのペントハウスで、上層階の2フロアが自宅になっています。もともとは6部屋あったそうなのですが、父がマンションが完成する前の骨組み状態で全部買い取って、デザイナーさんと一緒に考えながら作っていったみたいです。

――まさにオーダーメイドの城ですね。

YUYU そうなんです。間取りも普通ではなくて、玄関が複数あって、トイレ、シャワーもいくつかあるので、お客さんは必ず迷子になっています(笑)。他にもダンススタジオや、父のスーツが500着くらい置いてある部屋、お手伝いさんの部屋、ペットの部屋、リビングが2つ、ピアノ用の部屋なんかもあります。

――ピアノを弾かれるんですか?

YUYU いえ、私は弾かないです。
お客さんが来たときにプロの演奏者の方をお呼びして、ゲストに聴いていただくためのお部屋ですね。

――何もかもが規格外です。内装にもこだわりが?

YUYU 床も壁も天井も、ほぼ全面がイタリアから取り寄せた大理石なんです。父が笑いながら「白の大理石だけで2億はかかった」と言っていたので、本当かジョークかはわからないですけど、その大理石のカットは一人の職人さんにしかできない特別なものらしくて、イタリアから運んでくるのが一番お金がかかったとも言っていました。

――聞けば聞くほど現実の話とは思えなくなってきます。物心ついたときから、そういった裕福な環境で育ったのでしょうか。

YUYU いえ、全然そんなことないです。小さいときは23区外の本当に普通のマンションに住んでいました。兄と同じ部屋で寝ていて、一、二畳のスペースを巡って、おもちゃのカラーバットで殴り合いの喧嘩をするような、ごく普通の家庭で育ちました。

――現在の生活からは想像もつかないエピソードです。そこから、どのようにして生活が変わっていったのですか?

YUYU きっかけは父でした。もともと病院に勤務する雇われの医者だったんですが、あるとき急に「医者を辞める」と言い出したんです。


――安定したお仕事ですし、ご家族は反対されたのでは?

YUYU 家庭内紛争が起きましたね。私が寝たあと、両親が毎晩のように言い争っているのが聞こえてきて……。それがひどくなりすぎたのか、私が小学校3年生のときに、急に「中国語を勉強してこい」という理由で、兄と一緒に1年間、中国に送られることになったんです。

――両親の喧嘩が原因で、お子さんを海外に?

YUYU むちゃくちゃですよね(笑)。でも、そこには母のすごい先見の明がありました。当時も日本と中国の政治的な関係はあまりよくなかったんですけど、母は「中国はこれから絶対に経済が伸びる。英語は簡単だから後回しにして、まずは難しい中国語を子どもにやらせたい」とずっと言っていたんです。その考えのもと、中国に送られました。

――お母様の教育方針だったと。

YUYU そうなんです。私が日本に帰国した頃には、父が会社を立ち上げて投資家を集める段階に話が進んでいて、家庭は落ち着いていました。父は「医者だと一度に一人しか救えない」ということに思うところがあったらしく、より多くの人を救うために、CTなどの医療機器を開発・販売する会社をアメリカで立ち上げたんです。
その事業が成功して、会社を売却し、さらにそのお金を投資に回してまた成功して、という流れで、生活が大きく変わっていきました。

――お父様は情に厚い方なんですね。

YUYU そうですね。私も一度「麻酔科医になりたい」と父に言ったことがあるんです。怪我をしたときに笑気麻酔を体験して感動した、という単純な理由だったのですが、それを伝えたら「利己的な気持ちでなるなら医者にはなるな」と言われました。そういう人です。

――ところで、ご自身の家庭が裕福だと自覚されたのはいつ頃でしたか?

YUYU はっきりと感じたのは高校生のときです。都内のインターナショナルスクールに通っていたのですが、周りの子たちがすごすぎて……。中学まではみんな普通の手提げ袋を持っていたのに、高校に入った途端、同級生が体育着入れに限定品のヴィトンのバッグを使って、それを投げて遊んでいたんです。送り迎えがリムジンの子もいましたし、友達の家に遊びに行ったら、玄関の床が全面水槽で、鯉が泳いでいたりもしました。

――別世界ですね……。

YUYU そういった経験をして、やっと「自分はやばいところにいるのかもしれない」と気づきました。
特に、中国から日本のインターに来る子は裕福な方が多くて、誕生日プレゼントに何をもらったか聞いたら「ビル2棟」と答える子もいました。そういう世界を見てきたので、自分の家が特別だと言われるのはうれしいんですが、上には上がいるというか、アメリカや中国の子たちに比べたら、うちは石ころみたいなものだと思っています。それに、自分で稼いだお金でもないですし。

――その価値観は昔から?

YUYU そうですね。私にとってお金は「威張るためのものではなくて、選択肢を増やすためのもの」という感覚なんです。お金があれば高級レストランにも行けるし、コンビニ弁当も買える。選択肢が増えるだけで、持っているから偉い、ということではないと思っています。

▽YUYU(ゆゆ)
7月17日生まれ、東京都出身。 2024年にCYBERJAPAN DANCERSに加入。TBS系『週刊さんまとマツコ』への出演で注目を集め、『FLASH』やヤンマガWebでグラビアを披露するなど活躍の場を広げている。

【後編】セレブダンサーYUYU、「新宿二丁目でヒールで頭叩かれ鍛えられました」CYBERJAPAN加入までの1年半
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