どんなに「自分は元気だ」と思っていても、生と死はいつも表裏一体。人は誰でも、この世に“生”を受けた瞬間から、“死”に近づきながら生きている。
来たる2月20日より、全国で順次公開となる映画『痛くない死に方』(高橋伴明監督)は、そんな普段はあまり意識することのない当たり前の“摂理”に、真っ正面から深く切り込んだ話題作。在宅医療のスペシャリストとして、2500人もの人々の“最期”を看取った医師・長尾和宏氏の同名原作をもとに描かれる、命の尊厳をめぐる物語だ。今回、同作で末期がんの父を自宅で看取る女性・智美を演じた坂井真紀さんにインタビュー。初参加となった“高橋組”の印象と、作品に対する想いの丈をうかがった。(前後編の前篇)

【写真】笑顔でインタビューにこたえる坂井真紀と、映画場面カット【12点】

――原作は、1995年から在宅医療を続けられている医師・長尾和宏氏によるノンフィクション。坂井さんが演じた智美は、柄本佑さん扮する若き主人公・河田に「痛くない死とは?」という命題を突きつける重要な役どころでもありますよね。役作りにあたって、ご自身ではどのようにアプローチを?

坂井 長尾さんのご本はもちろん読ませていただきましたし、介護についてのビデオを観たりして、私なりに勉強もしましたが、やっぱりすごく難しかったです。本来は自分事として考えていなきゃいけないテーマではあるのに、実際に自分の身に起こってからでなければ、現実味はどこか薄い。お友達からそういった話を聞いたことはあっても、これまではどうしたって距離感もありましたしね。

――他人事ではないけど、いざ自分の身に置き換えてみると、肉親の死はとても重い。そこにリアリティを持たせる作業は、想像するだけでもかなり消耗しそうです。

坂井 ただ、いただいた脚本には長尾さんも当初から協力されていましたし、そこで描かれているエピソードは、実際に長尾さんが介護してきた娘さんから詳しく聞いたことでもある。
2500人も看取ってきた長尾さんが常に現場で見ていてくださったのもすごく助かりましたね。

医療や介護については特に嘘が入っちゃうといけないですし、私としてもなるべく本当に近い状況のなかで演じたい。なので現場でも、「このシーンはこれで大丈夫ですか? こういった表現でいいですか?」というのを、逐一相談しながらやりました。

――監督の高橋伴明さんと言えば、映画にドラマにピンク映画にと、70年代から数多の名作を世に送りだしてきた巨匠のひとり。そんな大ベテランとの初めてのお仕事はいかがでした?

坂井 主演の(柄本)佑くんも作品の公式コメントで「高橋組の一員になれるだけで最高なのに~」と言っていましたが、私もまさに同じ。ずっとご一緒させていただきたかった監督さんのひとりでしたから、そこは迷わず飛びこみました。

それに、お話自体は繊細ではあるけれど、監督の伴明さんはすごく豪快な方で。生命力にあふれる伴明さんが、死に向かうシーンを本気で撮る。一瞬、逆ベクトルのような感じもするそのギャップが、すごくいい距離感と集中力を生んだのかなって気はしています。

――現場では具体的な演技指導なども?

坂井 多くは語らないからこその言葉の重みがあると言うか、ポイントポイントで、すごく的確なことを言ってくださいました。「この場面はこういう気持ちだから、こうやって~」みたいな細かいことはまったくおっしゃらない替わりに、とにかくテストでやったお芝居をすごくよく観てくださっている。

現場でお芝居をちゃんと観てくれる、というだけで役者は安心できるんですよね。
事前に作ってきたカット割りだけをずっと見ている方だと、こちらもすごく不安になる。その点、伴明さんはドーンと構えていて、「はい、やれ!」と場所を与えてくれて、力強く見守って、判断してくださる。その時の現場の集中力がまた心地よいのです。こちらも自然と「やるしかない!」って気持ちになります。

――とりわけ印象に残った撮影中のエピソードなどはありますか?

坂井 めちゃくちゃ暑かったことですね(笑)。真夏に一軒家を借りてロケをしていたんですけど、撮影中はクーラーをつけるわけにもいかないので、衣装が濡れちゃうぐらい汗もダラダラと垂れてきちゃう。私自身も、ギュッと集中してお芝居を重ねていかなきゃいけないシーンが続いていたので大変でした。

ただ、カットがかかっても、重いシーンが続くので、暑さの中でも現場の緊張感は続いていました。でも伴明さんの撮影のテンポはとても早いのです。伴明さん、早く撮って早く帰りたいのかなっていうくらい(笑)あ、この部分は、書かないでください(笑)。

――苦しむ父親の介護を献身的にするシーンなどは、観ているこちらまでしんどくなるほど、鬼気せまる緊張感がありました。そのあたり、父親役の下元史朗さんとは事前に摺り合わせなども?

坂井 台本に書かれてあることをなるべく忠実に表現した、という感じに近かったかもしれないです。
史朗さんご自身は監督ともすでに何度もご一緒されていて信頼関係を築かれている方なので、私はとにかく必死で、智美がこれまで積み上げきたであろうものが嘘にならないように考えました。

ひと口に“寝たきり”と言っても、ただ寝ているわけではもちろんないので、その時々の容態を的確に表さなきゃいけない。そもそも正解があることではないですし、実の親に対してとなると、馬鹿丁寧にやるのも違う。その距離感はやっぱり難しかったです。(取材・文/鈴木長月)

後編<坂井真紀が死生観を語る「子どもができてから心境が変わった」>は11日(木)午前7時公開予定です。

▽さかい まき
1970年5月17日生まれ、東京都出身。映画『痛くない死に方』、『はるヲうるひと』(2021年6月全国公開)、『燃えよ剣』(2021年10月公開)などに出演。

▽映画『痛くない死に方』
2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
出演・柄本佑 坂井真紀 余貴美子 大谷直子 宇崎竜童 奥田瑛二
監督・脚本:高橋伴明

あらすじ
在宅医療に従事する河田仁(柄本佑)は、日々仕事に追われる毎日で、家庭崩壊の危機に陥っている。そんな時、末期の肺がん患者である大貫敏夫(下元史朗)に出会う。敏夫の娘の智美(坂井真紀)の意向で痛みを伴いながらも延命治療を続ける入院ではなく“痛くない在宅医”を選択したとのこと。しかし、河田は電話での対応に終始してしまい、結局、敏夫は苦しみ続けてそのまま死んでしまう。「痛くない在宅医」を選んだはずなのに、結局「痛い在宅医」になってしまった……河田は、先輩在宅医・長野(奥田瑛二)の元で在宅医としての治療現場を見学させてもらい、在宅医としてあるべき姿を模索することにする。
2年後、末期の肝臓がん患者である本多彰(宇崎竜童)を担当することになった河田は、果たして、「痛くない死に方」を実践できるのか…。
(c)「痛くない死に方」製作委員会
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