モロッコ原産のサボテン状の多肉植物「ハッカクキリン」に含まれる、唐辛子の辛み成分「カプサイシン」の1000倍もの刺激を持つ物質が、これまでの鎮痛剤では抑えられなかった激しい痛みを大幅に和らげることが確認された。
米国立衛生研究所の研究チームが2025年5月に世界で初めて人体への投与試験を実施した。
その有効性と安全性が確認され、現在も複数の疾患を対象に臨床試験が進められている。
痛みを伝える神経だけをピンポイントで遮断する仕組みを持ち、モルヒネやフェンタニルに代表されるオピオイドなど医療用鎮痛剤で問題となっている依存性や副作用が生じない。
1回の投与で長期的な除痛効果が得られる可能性もあり、慢性的な痛みに苦しむ患者にとって画期的な治療法となりうると期待されている。
この研究成果は『NEJM Evidence[https://evidence.nejm.org/doi/abs/10.1056/EVIDoa2400423]』誌(2025年5月27日付)に掲載された。
唐辛子の1000倍の刺激を持つ多肉植物ハッカクキリン
モロッコ北部のアトラス山脈に、一見サボテンのように見える植物が自生している。
ハッカクキリン(Euphorbia resinifera)という名のトウダイグサ科の多肉植物で、高さ約50cmほどに成長し、鋭いとげに覆われた緑の塊状の姿をしている。
サボテンそっくりだが、サボテンとは全くの別グループだ。
傷つけると乳白色の樹液が染み出し、草食動物がかじるのを防ぐ防御物質として機能している。
素手で触れるだけで化学熱傷を引き起こすほど強力なため、園芸店で見かけても絶対に素手で扱ってはならない。
この樹液の中に高濃度で含まれているのが、レシニフェラトキシン[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%B3](RTX)という化学物質だ。
唐辛子の辛みの正体であるカプサイシンと同じ仕組みで神経を刺激するが、その強さはカプサイシンの約1000倍に達する。
辛さの単位であるスコヴィル値で表すと、世界最辛クラスのトウガラシとして知られるカロライナ・リーパーが約200万、カプサイシンの純粋な結晶が約1600万であるのに対し、RTXはおよそ160億に達する。
数字の上では、世界一辛いトウガラシの8000倍という途方もない強さだ。
痛みの神経だけをピンポイントで破壊する仕組み
RTXがなぜ鎮痛効果を持つのか。それは、人間を含む動物の体内にあるTRPV1という受容体に関係している。
受容体とは細胞の表面にある「センサー」のようなもので、TRPV1は熱や炎症、そして辛み成分に反応して「痛い」「熱い」という信号を脳へ送る役割を担っている。
唐辛子を食べたときに口の中が燃えるように感じるのも、TRPV1が反応しているからだ。
RTXはカプサイシンと同じようにTRPV1に結合するが、その結合力はカプサイシンの約500倍と極めて強い。
RTXがTRPV1に結合すると、神経細胞の内部に大量のカルシウムが一気に流れ込む。
これは堤防が決壊して水が一度に流れ込むようなイメージで、細胞はその負荷に耐えられず機能を失う。
RTXは痛みの信号を脳へ届ける神経細胞そのものを破壊することで、痛みを遮断するのだ。
ただし、RTXが破壊するのは痛みを伝える神経だけで、触覚や温度感覚を伝える神経、手足を動かす運動神経には影響を与えない。
現在広く使われているモルヒネやフェンタニルといったオピオイド系[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%89]の医療用鎮痛剤とは根本的に異なる点だ。
オピオイドもケシという植物から採取される成分をもとに作られた鎮痛薬だが、脳全体に作用して痛みを鈍らせるため、眠気や便秘、呼吸障害といった副作用が生じ、長期使用では依存性の問題も深刻になる。
植物は毒にも薬にもなるのは昔から知られているが、ハッカクキリンに含まれるRTXはそのような副作用を引き起こさない。依存性もないことが確認されている。
人間を対象とした臨床試験で強い鎮痛効果を確認
RTX研究は長年の動物実験の段階を経て、2025年、米国立衛生研究所(NIH)の研究チームが世界で初めて人体への投与試験を実施した。
試験の対象となったのは、オピオイド系の医療用鎮痛剤では痛みを抑えられなくなった末期がん患者19人だ。
研究チームは背骨と背骨の間から細い針を刺し、脊髄を包む脳脊髄液の中にごく少量のRTXを1回だけ注射した。
その結果、患者が報告した最大の痛みの強さは平均38%減少し、医療用鎮痛剤の使用量は57%削減された。
試験を率いたNIH臨床センター周術期医学部門長のアンドリュー・マネス医師は、効果は投与直後から即座に現れたと述べている。
さらに患者たちはオピオイドによって意識が朦朧とした状態から解放され、家族や友人と過ごす時間を取り戻せたと報告している。
マネス医師はこの治療が、重篤ながんの痛みを抱える患者に生活の正常さを取り戻す機会を与える新しい治療法になりうると述べた。
依存性も副作用もない次世代の鎮痛剤へ
RTXは、がんだけでなく他の痛みに対しても期待されている。
ドイツの製薬会社グリュネンタールは、変形性膝関節症による慢性的な膝の痛みを対象とした第III相臨床試験をすでに進めており、ヨーロッパ・アメリカ・日本を含む約200施設で1800人以上の患者を対象に効果と安全性を検証している。
変形性膝関節症は膝の軟骨がすり減って痛みや腫れが生じる病気で、世界で3億人以上が悩む疾患だ。
アメリカ食品医薬品局はRTXに対して既存の治療を大幅に上回る可能性がある薬に与える「突破口療法(ブレイクスルー・セラピー)」に指定し、承認審査を優先的に進めている。
現在の痛み治療が抱える最大の問題は、オピオイド依存だ。アメリカではオピオイドの過剰摂取による死者が年間10万人以上に上り、深刻な社会問題となっている。
RTXは痛みの信号を生み出す神経そのものを遮断するため、脳に作用して依存性を生じさせるオピオイドとは根本的に異なるアプローチをとる。
依存性がなく、1回の投与で長期的な効果が得られる可能性があるRTXは、こうした問題を解決する手段として世界中の研究者から注目を集めている。
References: NIH scientists pioneer promising treatment for intractable cancer pain[https://www.nih.gov/news-events/news-releases/nih-scientists-pioneer-promising-treatment-intractable-cancer-pain] / Treatment of Intractable Cancer Pain with Resiniferatoxin — An Interim Study[https://evidence.nejm.org/doi/abs/10.1056/EVIDoa2400423]











