イラン戦争によるガソリン価格高騰は、日本車メーカーにどんな影響があるのか。ジャーナリストの岩田太郎さんは「トヨタのラインナップの中心はハイブリッド車で、燃料価格高騰でむしろ恩恵を受ける。
EVの販売も約80%増加しているが、一抹の不安を覚える変革がある」という――。
■石油危機でますます「トヨタ有利」
イラン戦争により、1ガロン当たり2ドル台まで下がっていた米ガソリン価格はあっという間に4ドルを超えた。このため、石油危機への不安が高まっている。これをもとに、トヨタの経営にも打撃を予想する向きもある。
後述のように目下EV販売が好調とはいえ、トヨタのラインナップの中心はハイブリッド車などのガソリン車だからだ。
ただ、この危機にもトヨタは対応できるものと思われる。なぜなら、米ブルームバーグが4月1日に伝えたように、消費者がクルマの購買基準を大きく変えるためには、ガソリン価格は半年以上も高止まりする必要があるからだ。
米自動車大手ゼネラルモーターズ(GM)のポール・ジェイコブソン最高財務責任者(CFO)も、「ガソリン3割高でも大型ピックアップは売れる」「通常、ガソリン価格の高騰が4カ月から6カ月以上続かなければ、消費者が燃費重視の車両選びを検討し始めることはない」と述べている。
さらに、石油危機が現実のものとなれば、燃費や品質に優れているだけでなく価格も安いトヨタ車への引き合いはさらに高まると見られる。また、一部消費者がガソリン車を避けてEVを求めたとしても、トヨタには魅力的なEV製品が揃い始めている。
■トヨタのEV販売台数が「78.8%増」の衝撃
「EVに弱い」と評されていたトヨタの米国におけるEV販売台数が、いつの間にか大幅に伸びている。
ガチガチのEVシフト派で、トヨタに対して敵対的な論調を採ることで知られる米EVニュースサイトのエレクトレックが4月に報じたところによると、2026年1~3月期にトヨタのEV販売はスポーツユーティリティビークル(SUV)を中心に前年同期比で78.8%も伸びて、1万29台と大台に乗せた。

これに対し、米自動車大手のゼネラルモーターズ(GM)のEV販売は2026年1~3月期に2万5900台と、前年同期の3万1886台から19%も落ち込んだ。同じく米自動車大手のフォード・モーターでも、EV販売台数が6860台と前年同期から69.6%も激減している。フォードは2025年10~12月期に111億ドル(約1兆7730億円)赤字で、昨年12月にはEV事業の見直しで195億ドル(約3兆1148億円)の特別費用を計上している。GMもEVによる損失から2025年10~12月期決算は33億1000万ドル(約5288億円)の最終赤字だった。
一方、2026年1~3月期におけるトヨタのEV販売は、米市場における推定販売台数が前年比8%ダウンの11万7300台であった米テスラには遠く及ばないものの、GMやフォードとの比較では大いに健闘しており、EV開発に関して出遅れた、あるいはEVに熱心ではないという指摘はもはや「周回遅れ」であろう。
■EVでも「トヨタ流カイゼン」
では、なぜ急にトヨタ製EVが米国で売れ始めたのか。自動車情報サイトのカーアドバイザーは、トヨタがその初代EVモデルの弱点を特定し、細かくそれらを潰したからだと分析している。
実際に、2026年型bZシリーズでは航続距離が25%改善したほか、テスラのNACS急速充電方式に対応して30分で80%の充電が可能となったこと、しかも基本価格が3万4900ドル(約558万円)と、新車平均価格が5万ドルを超えた米自動車市場においてお値頃感を出せたことが大きい。
こうした背景を把握した上で、2022~2025年の米国におけるトヨタの総合販売台数の推移のグラフ(高級車ブランドのレクサスを含む)を見ると、2025年に総計が250万台を突破した成長には確固たる理由があることが読み取れる。
■トヨタ自動車が「6年連続世界一」
トヨタ自動車が1月に発表した2025年の世界販売台数は前年比4%増で過去最高の1053万台と、6年連続世界一となった。世界的な電気自動車(EV)シフト失速でライバルメーカーが対応に苦しむ中、お得意のハイブリッド車だけではなく、トヨタ製EVの販売までも急増中だ。トランプ関税やイラン戦争で生じた石油危機、中国の競合BYDの台頭など向かい風も吹き飛ばす勢いである。

米国の権威ある消費者団体専門誌のコンシューマー・レポートが2025年12月に発表した38万台以上のデータに基づく最新の自動車信頼度調査によると、新車と中古車の両方のカテゴリーにおいてトヨタがライバルを抑え「最も信頼できる自動車ブランド」の首位に輝いた。
これは、流行り廃りの激しいイノベーションよりも、トヨタが自動車本来の「壊れない」という基本性能に注力した結果だと評されている。
■豊田章男会長が「殿堂入り」
こうした中、米自動車殿堂(The Automotive Hall of Fame)は、「現代のモビリティに情熱を取り戻した」功績で2026年の自動車殿堂入りのひとりにトヨタ自動車の豊田章男会長を選出した。トヨタにとっては、豊田英二氏(1994年)、豊田章一郎氏(2007年)、豊田喜一郎氏(2018年)に次ぐ栄光だ。
それだけではない。トヨタ批判の急先鋒として知られた米ニューヨーク・タイムズ紙に代表される、「EVシフトに乗り遅れた周回遅れの企業」「温暖化ガス低減に熱心でない反動的な日本の会社」という評価が大きく変わってきた。
ニューヨーク・タイムズは未だに「やはりトヨタが正しかった」とは公に認めていないが、間接的には渋々「負け」を認めている。
たとえば同紙は、「一度は嘲笑され一蹴されたハイブリッド車の人気が高まる」と題された2025年6月の記事で、燃費や価格、乗り心地からトヨタの2025年型ハイランダーSUVを購入した中西部ミシガン州のセーラ・マートンズ氏の声を紹介。データを引用しながら、プリウスやRAV4などトヨタのハイブリッド車が米国でバカ売れしている現状を伝えた。
■トランプ関税にも負けなかった
トヨタはトランプ関税にも負けなかった。
米自動車調査企業のコックス・オートモーティブの上席アナリストであるエリン・キーティング氏は、①インフレが高止まりする中でも6モデルの基本価格が3万ドル未満であり求めやすい、②高い信頼性によるブランド力の強化、③消費者にわかりやすいモデルの品揃え、④米国内での製造によるコスト抑制などを躍進の要因として挙げている。
キーティング氏は、消費者ファーストの目線を失わず、各市場の状況に応じてガソリン車、ハイブリッド車やEVなどをフルラインナップで提供するトヨタの全方位戦略(multiple powertrain pathways)が、最も多くの顧客ベースに届くことで成功を収めているとの見解を示している。

■豊田章男会長の優れた経営手腕のたまもの
たとえば、トヨタは2025年11月に、139億ドル(約2兆2178億円)を投じた大型バッテリー工場を南部ノースカロライナ州のリバティ市で稼働させた。
ハイブリッド車やEV向けの蓄電池を製造し、5100人の雇用を地元にもたらすことで、米国への製造業回帰や雇用増大を目指す共和党トランプ政権を満足させるだけでなく、意識が高い民主党支持層をも満足させる内容である。
これに加え、トヨタは最大100億ドル(約1兆6000億円)の対米投資も表明している。
こうした努力が実を結び、トランプ政権の姿勢も軟化している。トランプ大統領は2025年10月に訪日した際に、米海軍横須賀基地に停泊中の米原子力空母ジョージ・ワシントンで行った演説で、米兵に向けて「トヨタを買いに行け」と促した。
トランプ氏の「宣伝」が効いたのか、その後も米国においてEVを含むトヨタ車の販売は順調だ。
米政治家との上手い付き合い方を心得た豊田章男会長の慧眼や優れた経営手腕が奏功していると言えよう。
■「BYDとの戦い」にも勝利できる
なお、2026年1~3月期の米販売台数は56万9420台と前年同期比0.1%減ったのだが、これは大人気のRAV4の2026年型モデルの生産体制立ち上げが、高まる需要に追い付かず、店頭在庫が不足したためとされており、通年では堅調に増加すると思われる。
加えて、中国発の潜在的な脅威であるEV大手のBYDについては、著名な米自動車評論家のローレン・フィックス氏が3月に米自動車販売業界サイトのCBTニュースへの寄稿で、「米メディアはBYDなど中国製EVに関して、大型モニタースクリーン、ハイテクなインテリア、そして魅力的な価格など長所しか報道しない」と厳しく批判。
■中国製EVの信頼性はまだ足りない
フィックス氏は、「中国製EVを正しく評価するには、寒冷時におけるパフォーマンス、安全性の問題、EVメーカーの長期存続に対する不安などの短所も併せて総合的に検討しなければならない」と指摘した。
さらにフィックス氏は、「米消費者は信頼性、リセールバリュー、安全性、ディーラーのネットワークやサポートを重視する。中国EVメーカーについては、これらの要素や情報が信頼できるレベルまで積み上がっていない。
刺激的な宣伝(hype)よりも現実に即して議論すべきだ」と主張した。
まるでフィックス氏が、米消費者からの信頼がナンバーワンである日本のトヨタと、米主流メディアが懸命にヨイショする中国のBYDを比較しているように思えるのは筆者だけだろうか。
■トヨタは「完璧主義」を捨ててはならない
このように、一部のアジア諸国など新興市場におけるBYDの猛烈な追い上げを受けるトヨタだが、品質・サービスへの信頼や安さ、地に足の着いた経営、さらに全方位戦略でこれからもライバルとの差別化を図れるのではないだろうか。
しかし、不安点がないわけではない。中国メーカーとの競争を念頭に置き、佐藤恒治前社長が最近、「状況が変わらなければ我々は生き残れない」と484社の部品サプライヤーが集まった首脳会議においてぶち上げ、協力会社に前例のない変革を促したという。
具体的には、数十年間にわたりトヨタが堅持してきた極めて厳格な品質基準を大幅に引き下げ、コストと資源の無駄を減らすことが示唆されている。
今後、目立たないしわや微細な変色がある部品など、機能や安全性に影響しない「欠陥」を容認する可能性があるわけだ。
だが、トヨタ車オーナーとしての筆者は、一抹の不安を覚える。確かに安全性や機能が損なわれないのであれば、コスト面での競争力の確保のために、少々のことは犠牲にするほうが望ましいのかも知れない。だが、トヨタの過度とも言える完璧主義こそ、消費者の信頼や安心感の土台ではなかったか。完璧主義は弱さではなく強さではないのだろうか。
確かに無謀な価格破壊で挑戦してくる中国メーカーは脅威だ。
彼らとの戦いを意識したトヨタの新路線は当然、豊田章男会長の承認を得ていると思われるが、トヨタにとっては賭けと言ってもいい。その結果が見えてくるのは数年後だろうが、その頃にトヨタに対する世界の消費者の信頼が失われていないことを願わずにはいられない。

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岩田 太郎(いわた・たろう)

在米ジャーナリスト

米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。米国の経済を広く深く分析した記事を『現代ビジネス』『新潮社フォーサイト』『JBpress』『ビジネス+IT』『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などさまざまなメディアに寄稿している。noteでも記事を執筆中。

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(在米ジャーナリスト 岩田 太郎)
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