■なぜいま、3社は同時に動き始めたのか
テレビを何気なく見ていると、ふとした違和感に気づく。料金や速度を競ってきたはずの通信会社が、ほぼ同時に同じ言葉を口にしているからだ。空が見えれば、どこでもつながる。
スターリンクである。
山でも、海でも、圏外でも。KDDI、NTTドコモ、ソフトバンクという三社が、似たメッセージで動き始めた光景は、本来であれば競争市場では起こりにくい。先行していたKDDIが市場を教育し、2026年春にソフトバンクとドコモが一気に乗り込み、日本で“衛星直結元年”が可視化した。
この“揃い方”は偶然ではない。ここには、通信という産業の前提が変わりつつある兆候がある。
通信は長い間、地上の産業だった。基地局を建て、面で覆い、人口に応じて投資する。
では、次に何で競争するのか。残された領域は一つしかない。
それは、これまで“仕方がない”とされてきた圏外である。
■「空から覆う」という発想の転換
山間部、離島、海上、そして災害時。地上インフラの延長では埋めきれない空白をどうするか。この問いに対して現実的な答えとして現れたのが、スターリンクである。
スターリンクは、基地局を増やすのではなく、空から覆うという発想に立つ。この違いは単なる技術の差ではない。通信の起点そのものが変わるという意味を持つ。これまで通信は地上に依存して広がってきたが、その前提が外れ始めている。
ここで最初の違和感に戻ると、三社が同じ方向を向いている理由が見えてくる。競争をやめたのではない。競争のルールが変わったため、同じ出発点に立たざるを得なくなったのである。地上の延長線では差がつかない以上、宇宙という新しい層を取り込まなければならない。
ただし、表面が似ているからといって中身まで同じではない。先行して市場を押さえようとする企業、既存顧客への提供で囲い込む企業、独自技術との組み合わせで差を作ろうとする企業。それぞれの戦略は異なるが、共通しているのは一つの認識である。
通信の価値が変わった、という認識だ。
■「つながる」が社会の前提になる日
これまで通信は「速いか、安いか」で語られてきた。しかし今問われているのは、もっと単純で本質的な問いである。つながるのか、つながらないのか。どれほど高速でも、必要なときにつながらなければ意味がない。
この視点に立つと、スターリンクは単なる新サービスではない。それは通信会社の存在意義を再定義する装置であり、同時に社会が通信に何を求めるのかを問い直す存在でもある。空が見えればどこでもつながるという言葉の裏には、「通信は常に存在するべきだ」という前提が潜んでいる。
その前提が受け入れられた瞬間、社会の設計は変わり始める。これまで通信が届かないことを前提に作られてきた仕組みは再設計を迫られ、逆に新しいサービスやビジネスが、その前提の上に立ち上がっていく。
こうして見ていくと、日本の携帯キャリア3社の動きは、新サービスの投入ではなく、より深い変化への対応として理解できる。通信は地上だけのものではなくなりつつあり、そのことが社会の前提条件を静かに書き換え始めている。
我々は今、その入口に立っている。
■「衛星通信」と呼ぶと本質を見失うワケ
第1章で見たように、日本の携帯キャリア3社が同時に動き出した背景には、単なる競争戦略の変化では説明しきれない構造の変化がある。では、その変化の中心にあるスターリンクとは一体何なのか。この問いに対して「衛星インターネットである」と答えるのは間違いではないが、本質からは外れている。
これまでの衛星通信は、地上のネットワークを補完するための特殊な手段だった。高度約3万6000キロにある静止衛星を利用し、専用のアンテナを使って通信を行う。遅延は大きく、通信速度も限られる。したがって用途は限定され、一般の生活や産業の中核になることはなかった。いわば「最後の手段」としての通信であり、日常の延長線上にはなかった。
しかしスターリンクは、その位置づけを根本から変えた。高度約550キロという低軌道に大量の衛星を配置し、それらをネットワークとして運用することで、通信の遅延を地上ネットワークに近い水準まで下げ、さらに専用端末を必要としない形へと進化させた。この低軌道・大量配置という発想自体は以前から存在していたが、それを実際にビジネスとして成立させた点が決定的に違う。ここで起きているのは技術の改良ではなく、通信という概念の再定義である。
■スマホが宇宙と直接つながる意味
とりわけ重要なのが、スマートフォンと衛星が直接通信する「Direct to Cell」である。従来の発想では、衛星通信と携帯通信は別の世界にあった。
ここで一つ注意しなければならないのは、現時点のスターリンクがすべてを置き換える万能の通信であるかのように語るのは正確ではないという点である。実際には、スマートフォン直結の通信はまずメッセージや緊急用途といった低帯域の領域から始まっており、都市部の高速通信を一気に代替する段階にはない。
だが、この点をもって過小評価するのもまた誤りである。なぜなら、通信の歴史は常に、最も必要性の高い用途から始まり、そこから広がっていくからである。固定電話も、インターネットも、スマートフォンも、最初から万能ではなかった。しかし一度「必要な場面で確実に機能する」という信頼を得ると、それは徐々に生活の全領域へと浸透していく。
■もはやサービスを超えてインフラである
スターリンクがもたらしている変化の核心は、まさにその「信頼」の領域にある。
ここで重要なのは、インフラとは単に便利なものではないという点である。インフラとは、それが存在することを前提に社会が設計されるものを指す。電気があることを前提に都市が作られ、水道があることを前提に生活が営まれる。同じことが通信でも起き始めている。もし「どこでもつながる」ことが前提になるならば、ビジネスも、行政も、災害対応も、その前提の上で再設計されることになる。
このときスターリンクは、単なる通信事業ではなくなる。むしろそれは、他のすべてのシステムが機能するための土台となる。自動運転は常時接続を前提に進化し、ロボットは遠隔操作やクラウド連携を前提に設計され、ドローンはリアルタイム通信を前提に運用される。さらに災害時には、通信そのものが復旧の起点になる。これらはすべて、通信が成立していることを前提としている。そしてその前提を支えるのがスターリンクである。
■キャリア各社は何をやろうとしているのか
ここまでくると、スターリンクを「通信サービス」と呼ぶことの限界が見えてくる。それはサービスではなく、条件である。つながるという条件が成立しているかどうかによって、できることとできないことが決まる。この意味でスターリンクは、従来の通信会社とは異なる位置に立っている。通信を提供するのではなく、通信が成立する条件を再定義しているのである。
第1章で見た日本の携帯キャリアの動きも、この文脈で初めて理解できる。彼らはスターリンクを売ろうとしているのではない。むしろ、自らの存在意義をその新しい条件の中で再定義しようとしている。地上のネットワークだけでは守りきれない接続を、宇宙まで拡張することで担保する。その上で初めて、通信会社としての価値を維持できる。
この章の最後に、もう一度問いを置いておきたい。スターリンクとは何か。それは衛星通信なのか、インターネットなのか、それとも新しいインフラなのか。答えは単純ではない。しかし少なくとも言えるのは、それが単なる技術ではなく、社会の前提条件を静かに書き換え始めている存在であるということだ。そしてその書き換えが進むほどに、我々はそれを特別なものとしてではなく、「当たり前のもの」として受け入れていくことになるだろう。
■能登半島地震が暴いた通信の弱点
ここまでスターリンクを「前提条件を変える技術」として見てきたが、それが単なる概念ではなく現実の中で意味を持つようになったのは、2024年の能登半島地震を経てからである。この出来事は、日本の通信に対する見方を大きく変えた。あるいは、これまで見えていなかったものを露わにしたと言った方が正確かもしれない。
大規模災害が発生したとき、まず起きるのは電力の停止であり、次に通信の断絶である。基地局は電源を失い、光ファイバーは物理的に断線し、通信網そのものが機能を失う。これまでも同様の事態は繰り返されてきたが、能登半島地震ではもう一つの条件が重なった。道路が寸断され、機材や人員が現場に到達できない状況が長期間続いたのである。
ここで初めて明確になったのは、通信インフラの弱点は単に壊れることではなく、復旧に時間がかかることだという点だった。地上のインフラは物理的に存在するがゆえに、壊れれば直さなければならない。そしてその“直す”という行為そのものが、現場に到達できない状況では成立しない。
このとき、スターリンクは全く異なる振る舞いを見せた。空が開けている場所であれば、通信は存在し続ける。必要なのは小型のアンテナと電源だけであり、それさえ確保できれば、数分で通信環境が立ち上がる。道路が寸断されていようと、被災地域の地上ネットワークが壊れていようと関係がない。ここにあるのは「復旧する通信」ではなく、そもそも途切れない通信である。
■壊れることではなく直せないことが問題だ
この違いは決定的である。これまで通信は、壊れたら直すものだった。つまり時間差を前提としたインフラである。しかしスターリンクは、その時間差を限りなくゼロに近づける。災害が起きた瞬間から通信があるという状態を実現する。このとき通信は、復旧の対象ではなく、復旧の起点になる。
能登半島地震で見られたもう一つの重要な変化は、通信の役割そのものに対する認識である。避難所や自治体での利用だけでなく、被災者自身が通信を使い、家族と連絡を取り、情報を得て、日常の一部を取り戻していった。この光景は、通信が単なる機能ではなく、生活の基盤であることを改めて示した。
ここで立ち止まって考える必要がある。通信とは何のためにあるのか。従来の議論では、通信は情報を伝達する手段として語られてきた。しかし実際にはそれ以上の意味を持っている。人と人をつなぎ、孤立を防ぎ、安心感を生み出す。極端に言えば、通信は社会そのものを維持するための装置である。
この視点に立つと、スターリンクの意味はさらに明確になる。それは通信の“代替手段”ではない。むしろ、通信を失わないための構造そのものである。地上のインフラが壊れることを前提に、それでもなお機能し続ける層を上に重ねる。この二層構造によって初めて、通信は真の意味でのインフラになる。
■通信はなぜ社会を維持する装置なのか
ここで第2章の議論に戻ると、スターリンクが「前提条件を変える」という意味がより具体的に理解できる。災害時に通信があるかどうかは、単なる利便性の問題ではない。それは、何ができるか、どこまで行動できるかを決定する条件である。通信があれば救助は進み、情報は共有され、意思決定は続く。通信がなければ、それらはすべて停止する。
つまり通信は、社会の活動の上に乗るものではない。
社会の活動そのものを成立させる条件である。
この構造が見えたとき、日本の通信会社の動きもまた違って見えてくる。彼らがスターリンクを導入するのは、新しい収益機会を求めているからではない。それだけではない。むしろ、通信会社としての責任を果たすために必要な構造を取り込もうとしているのである。
ここで重要なのは、これは日本特有の話ではないという点だ。災害はどの国でも起こりうるし、戦争や紛争といった極限状況では、通信の断絶はより深刻な問題になる。つまりスターリンクが示したのは、日本における一つの事例ではなく、現代社会における通信の限界と、その突破の方向性である。
第1章では、日本の携帯キャリアがなぜ同時に動いたのかという違和感から出発した。第2章では、スターリンクが通信の前提条件を変える存在であることを見た。そしてこの第3章で、その変化がすでに現実の中で意味を持ち始めていることが確認できた。
ここまでくると、次に問うべきは別の次元の問いになる。
スターリンクは通信を変えるのか。それとも、それ以上のものを変えるのか。
この問いに答えるためには、スターリンクを単体で見るのではなく、それを生み出した構造全体を見る必要がある。すなわち、イーロン・マスクが構築している企業群の中で、スターリンクがどのような位置にあるのかという問題である。
■戦争で最初に狙われるのは通信だ
第3章で見たように、能登半島地震は通信が社会の前提条件であることを改めて浮き彫りにした。しかし、この構造は災害という特殊な状況に限られたものではない。むしろ、より極端な環境、すなわち戦争という状況において、その本質が一層はっきりと現れる。2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、まさにそのことを示した出来事だった。
戦争が始まるとき、まず狙われるのは軍事拠点や兵器ではなく、通信インフラであるというのは、これまでの戦争史が示してきた一つの原則である。基地局や交換機が破壊され、光ファイバーが切断されれば、部隊は孤立し、指揮命令系統は断絶する。どれほど強力な兵力を持っていたとしても、それを動かすための情報が届かなければ、戦闘能力は急速に低下する。この意味で、通信は常に戦争の“裏側”にありながら、実際には最も重要な役割を担ってきた。
ウクライナでも同じことが起きた。侵攻初期において、ロシアは通信インフラへの攻撃を行い、ネットワークの分断を試みた。しかしそこで、これまでとは異なる現象が生じる。通信が完全には途絶えなかったのである。その背景にあったのが、スターリンクの存在だった。
スターリンクは地上のインフラに依存しない。基地局が破壊されても、光ファイバーが断線しても、衛星からの通信は維持される。さらに、持ち運び可能な小型端末によって、必要な場所に通信環境を迅速に構築することができる。この特性によって、ウクライナは通信機能を維持したまま戦闘を継続することが可能になった。ここで重要なのは、「通信が残った」という事実そのものではなく、それによって戦場のあり方がどのように変わったのかという点である。
■ドローンは圏外ならただの機械になる
まず、指揮統制が維持された。部隊間の連携が途切れず、命令が届き続けることで、戦闘の組織性が保たれた。次に、ドローンの運用が成立した。現代の戦場では無人機が重要な役割を担うが、それはリアルタイムの通信を前提としている。通信がなければ、ドローンは単なる機械に過ぎない。しかし通信が維持されることで、偵察、誘導、攻撃といった機能が有効に機能し続ける。そしてさらに、情報戦が維持された。現地の映像や状況が外部に発信されることで、国際社会の認識や意思決定に影響を与え続けることができた。
ここで浮かび上がるのは、スターリンクが武器ではないにもかかわらず、戦争の結果に影響を与えうる位置にあるという事実である。より正確に言えば、それは武器の性能や数量を直接左右するものではないが、武器が機能する条件を支えている。この構造を理解すると、戦争の本質が変化していることが見えてくる。従来は火力や兵力の優劣が勝敗を決める中心的な要素であったが、現在ではそれらを有効に機能させるための接続が、同等かそれ以上に重要になっている。
■国家ではなく巨大企業がコントロールできる時代
この変化は、単に戦術の進化として片付けられるものではない。むしろ、国家という存在の構造そのものに影響を及ぼしている。従来、国家は意思決定、軍事行動、インフラという三つの要素を内部に抱え込んでいた。政治が方針を決め、軍がそれを実行し、インフラがその基盤を支える。この三つは同じ枠組みの中で統合されていた。しかしスターリンクの登場によって、この構造の一部が外部化される。すなわち、通信という“実行の前提条件”が、国家の外側に存在するようになったのである。
ここで権力の定義もまた変わる。法律を制定することや軍を動かすこと、領土を支配することは依然として重要であるが、それだけでは十分ではない。どれほどの意思を持っていても、それを実行するための条件が整っていなければ、現実には何も起こらない。通信が維持されるかどうかが、その条件の中核を占めるようになったとき、「つながるかどうかを左右できる能力」が新たな意味での力となる。
この点において、イーロン・マスクの位置づけは極めて特異である。彼は国家の意思決定者ではないし、軍の指揮官でもない。しかし彼が関与するインフラは、国家がどのような行動を取りうるか、その範囲に影響を与える。これはしばしば「拒否権」として語られるが、より正確には実行可能性を規定する力である。どの範囲で通信が利用できるのか、どの用途に適用されるのかという設計の違いが、戦術の選択肢そのものを変えてしまう。
■支配でも従属でもない非対称な関係
この構造は不安定であると同時に、避けがたい現実でもある。民間企業は国家に比べて迅速に意思決定を行い、技術を更新し、グローバルに展開する能力を持つ。その結果、国家はそれらの能力を利用せざるを得なくなる。一方で、国家は最終的な主権を保持し、意思決定の責任を負い続ける。この二つの主体の間には、従来の支配や従属とは異なる関係が生まれる。それは単純な依存でも相互関係でもなく、非対称な共存関係と呼ぶべきものである。
第3章では、災害という文脈において通信が社会の前提条件であることを確認した。本章では、その同じ構造が戦争という極限状況においても成立し、さらに国家のあり方そのものに影響を与え始めていることを見てきた。ここまで視点を広げると、スターリンクはもはや通信技術の一つとして語ることはできない。それは、社会と国家の動作を支える条件を変え、その結果として権力の形を静かに書き換えている存在である。
この地点に立つと、次に問うべきことはさらに明確になる。スターリンクは単独でこの変化を生み出しているのか、それとも、より大きな構造の一部として機能しているのか。すなわち、それを生み出したイーロン・マスクの企業群全体の中で、この通信インフラがどのような位置に置かれているのかを見なければならない。
■6つの事業に共通する一つの構造
ここまで見てきたように、スターリンクは通信という枠を超え、社会や国家の前提条件に影響を与える存在になりつつある。しかし、それを単体で捉えるだけでは、まだ十分ではない。なぜなら、この技術は単独で存在しているのではなく、イーロン・マスクが構築している複数の事業の中で初めて、その本当の意味を持つからである。
マスクの中核には、性質の異なる六つの企業がある。宇宙輸送と衛星を担うSpaceX、電動車とロボティクスを展開するTesla、情報の流通と世論の形成を担うX、意思決定と分析を司るxAI、人間そのものとの接続を試みるNeuralink、そして都市の物理構造に手を入れるThe Boring Companyである。一見すると、それぞれは異なる産業に属しており、共通性は見えにくい。しかし視点を変えると、これらはばらばらの企業ではなく、一つの構造を形成していることが見えてくる。
それは、人間の活動を支えるレイヤーを上から順に押さえていく構造である。宇宙、通信、知能、情報、物理、そして人間。この縦の階層に沿って、それぞれの企業が配置されている。そしてこの中で、唯一すべての層を横断しているのがスターリンクである。宇宙にある衛星から始まり、地上の端末に接続し、データをAIに送り、情報として流通させ、最終的には人間の行動に影響を与える。この流れのどこにも、接続という要素が存在しなければ成立しない。
■SpaceXの収益を支え、需要を生む循環
この構造をもう少し具体的に見ていくと、それぞれの企業におけるスターリンクの意味が明確になる。SpaceXにとってスターリンクは、単なる事業の一部ではなく、宇宙開発を持続可能にするための収益基盤であると同時に、打ち上げ需要を自ら生み出す装置でもある。ロケットは衛星を打ち上げるためにあり、その衛星が再びロケットの需要を生むという循環が成立することで、宇宙事業は初めて安定的に回り始める。
Teslaにとってスターリンクは、車両そのものの性能を高める技術ではないが、車を単体の製品からネットワーク化されたシステムへと変える条件を提供する。圏外が存在しない環境では、車は常時接続され、データを送り続け、アップデートを受け取り続ける存在になる。これは自動運転やロボタクシーの前提条件であり、車を「動く端末」へと変質させる。
Xにとってスターリンクは、情報の流通を途切れさせないための基盤となる。災害や戦時においても通信が維持されることで、情報は発信され続け、世論は形成され続ける。これは単なる通信の問題ではなく、社会の意味づけそのものに関わる。
■マスク帝国を支えるターリンクの「真の価値」
xAIにとっては、スターリンクはデータの入口である。AIの性能はモデルそのものよりも、どのようなデータをどれだけ取得できるかに依存する。地球上のあらゆる場所からリアルタイムでデータを取得できる環境は、AIにとって極めて大きな意味を持つ。それは、単なる情報処理を超え、現実世界と接続された知能を形成する基盤になる。
Neuralinkにとってスターリンクは、まだ直接的な結びつきは限定的であるものの、人間の神経と外部のシステムを結びつける際の通信基盤として不可欠な役割を担う可能性を持つ。人間の内面から発せられる信号が外部のネットワークと結びつくとき、その接続が安定して存在することは前提条件になる。
そしてThe Boring Companyにとっては、都市の物理構造を再設計する際の冗長性として機能する。地下交通や都市インフラがネットワークと連動することで、都市そのものが接続されたシステムとして再構築される。
ここまで見てくると、スターリンクの位置づけは明確になる。それは六つの事業の一つではなく、六つすべてを成立させる横断的な層である。言い換えれば、これらの企業はそれぞれ異なる領域を押さえているが、スターリンクが存在しなければ、それらは統合されたシステムとして機能しない。
この点において、マスクの戦略は他のテクノロジー企業とは異なる。多くの企業は特定の領域に特化し、その中で競争優位を築く。しかしここで見ているのは、特定領域の支配ではなく、複数の領域を接続することで全体を制御する構造である。個々の事業の強さではなく、それらが結びついたときに生まれる相互作用こそが価値の源泉になっている。
そしてその相互作用の中心にあるのが、スターリンクである。
それは目に見える製品でも、ユーザーが直接意識するサービスでもない。しかしそれが存在することによって、他のすべてが機能する。こうした存在は、一般的には“インフラ”と呼ばれるが、ここで起きているのはそれ以上のことである。
それは、社会や産業の構造を横断的に結びつける、見えない中核の形成である。
ここまでくると、スターリンクを通信の文脈で語ることの限界が明確になる。それは通信の一形態ではなく、複数の領域を一つのシステムとして動かすための条件であり、その条件を握ることで、全体に影響を及ぼすことができる。
次に問うべきは、この構造がどこへ向かうのかである。
宇宙から地上へ、地上から人間へと接続が広がっていく中で、通信はどこまで拡張されるのか。そしてその先にある社会は、どのような形を取るのか。
■「山や海でも電波が入る世界」が意味するもの
ここまで見てきた変化を、もう一度静かに引きで眺めてみると、一つの事実が浮かび上がる。スターリンクは通信を良くしたわけではないし、通信という産業の延長線上にある改良でもない。それは、通信という概念が前提としてきた条件そのものを書き換えたのである。
通信は長い間、「つながるかどうかが場所によって決まるもの」だった。都市ではつながり、山や海ではつながらない。平時には機能し、災害時には途切れることもある。人々はその不完全さを受け入れたうえで、通信を使ってきた。つまり通信とは、ある種の確率の上に成立するサービスだったと言ってよい。しかしスターリンクの登場によって、その確率は前提から外れ始めている。どこにいても、何が起きても、つながる可能性があるという状態が現実になりつつある。
この変化が意味するものは大きい。通信が「あるかもしれないもの」から「あることが前提のもの」へと変わるとき、その上に乗るあらゆる活動の設計が変わる。自動運転は、通信が切れることを前提にした設計から、常時接続を前提にした設計へと移行し、ロボットは閉じた環境で動く機械から、ネットワークの中で機能する存在へと変わる。災害対応もまた、通信の復旧を待つのではなく、通信を起点に行動する構造へと変わる。こうした変化は、個別の技術革新の積み重ねとしてではなく、前提条件の変化として同時に進行する。
■産業を区分することにもはや意味はない
ここで重要なのは、この変化が特定の産業の中で完結しないという点である。通信、自動車、IT、宇宙といった従来の産業区分は、それぞれが独立して存在することを前提としていた。しかし接続がすべての前提になるとき、それらの境界は意味を持たなくなる。車は通信の一部になり、通信はAIの一部になり、AIは人間の意思決定と結びつき、最終的には社会全体が一つの連続したシステムとして動き始める。このとき競争の単位も変わる。企業同士の競争ではなく、接続された構造同士の競争へと移行する。
この構造を最も端的に体現しているのが、イーロン・マスクの企業群である。宇宙を担うSpaceX、物理世界を動かすTesla、情報を流通させるX、意思決定を支えるxAI、人間との接続を試みるNeuralink、そして都市の構造に手を入れるThe Boring Company。これらは一見すると異なる産業に属しているが、接続という視点から見れば、一つの流れの中に配置されている。そしてその流れを途切れさせずに維持する役割を担っているのがスターリンクである。
ここで初めて、スターリンクの位置づけが明確になる。それは通信サービスでも、衛星事業でもない。むしろ、宇宙から人間に至るまでの一連の層を結びつけることで、全体を一つのシステムとして機能させるための条件である。この意味でスターリンクは、目に見える製品ではなく、ユーザーが意識することも少ない。しかしそれが存在することで、他のすべてが機能する。こうした存在は従来「インフラ」と呼ばれてきたが、ここで起きているのはそれをさらに一段引き上げたものだと言える。
それは、文明の動作を支える“見えない層”の形成である。
■「接続」を握る者が社会の設計者になるのか
この層が安定して存在する限り、情報は流れ続け、意思決定は止まらず、物理的な活動は継続する。逆に、この層が途切れれば、どれほど高度な技術や制度があっても、それらは分断され、機能を失う。つまり、ここで支配されているのは通信ではなく、接続そのものである。
ここで改めて問うべきは、誰がこの接続を握るのかという問題である。これまでインフラは国家が担うものと考えられてきた。しかしスターリンクが示しているのは、民間企業が国家と同等、あるいはそれを補完する形でインフラを提供しうるという現実である。このとき国家は、自らの主権を維持しながらも、その実行条件の一部を外部に依存するという、新しい関係の中に置かれる。
この構造は不安定であると同時に、避けがたい。民間企業は速度と技術で優位に立ち、国家は制度と主権を保持する。その間で生まれるのは、支配でも従属でもない、非対称な関係である。そしてこの関係の中で、接続を握る主体は、結果として社会全体に影響を与える位置に立つことになる。
■あなたは接続を握る側か、依存する側か
こうして見ると、スターリンクが変えたものは明確である。それは通信の品質でも価格でもない。つながるかどうかが世界を規定する構造そのものだ。そしてその構造が定着したとき、我々がこれまで当然のものとして受け入れてきた社会の前提は、大きく書き換えられることになる。
問題は、この変化をどう評価するかではない。むしろ問われているのは、その中でどの位置に立つのかということである。接続を提供する側に立つのか、それとも接続に依存する側にとどまるのか。この選択は、企業だけでなく国家にとっても決定的な意味を持つ。
そして最後に、もう一度問いを置いておきたい。
通信が世界を支配しているのではない。
接続が世界を支配し始めているのでもない。
接続そのものが、世界の前提になりつつある。
その前提の上で、国家も企業も、意思決定を行い、行動し、競争している。
つまり我々はすでに、気づかないうちに、その構造の中で動かされ始めている。
それは通信の時代ではない。
接続を前提とした世界の時代である。
そして問われているのは、その中で何を選ぶかではない。
どこに立つかでしか、未来は変わらない。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)

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