スポーツ報知では、関東大学サッカーリーグの魅力を伝える企画を随時掲載する。第11回は早大のFW久米遥太(3年)がインタビューに応じた。
勉強もサッカーも地道に積み上げてきた。中学から早実へ入学すると、勉学にも意欲的に取り組んだ。早実の森泉武信監督(54)によると「久米は(サッカーが)うまいだけとか、(足が)速いだけでなくて、すごい勉強もできる。学校でもトップクラスの子だった」という。日頃からコツコツとやるのが久米の美学だ。
「(部活もあり)家で勉強する時間が他の人よりも少ないので、授業をしっかりと聞くようにしていた。自分は理系(のクラス)だったが、得意な数学は授業内で理解できるように頑張り、分からなかったら家で(復習を)やったり、先生に(授業後などに)聞いたりした。試験前はまとめたり、問題を解くようにしたり、少しずつやっていた」
サッカーを言い訳にせず、時間を見つけて課題に取り組む。その勤勉さはU―23杯(1月・サウジアラビア)の代表活動中にも表れる。
「(大会中は)ホテルでトレーニングやケアしたり、部屋で休んだりとかしていたが、ちょうど期末期間で出さなければいけないリポートがあったので、(開催地のサウジアラビアに)パソコンを持ち込んでやった」
サッカーでもその性格は発揮される。
「サッカーでは、例えば『こういう選手になりたいから、ここを伸ばさないといけない』とかを書く。高校時代の朝練でも、今週はシュートを極めようとか、今月は左足(のキック)を練習しようとか書き、いつまでにできるようにしようとかを考えていた」
コツコツと努力を重ね、勉強では私立最高峰の早大政治経済学部への進学、サッカーでは早実初の全国高校選手権出場を達成した。ア式蹴球部への入学直後は、プレー強度が上がったことで肉離れなどに悩まされたが、練習前後のケアの徹底、食生活の改善で適応。年代別代表にも初めて選ばれ、よりプロへのイメージも鮮明になった。「より成長できた一年」と振り返る一方で、新たな課題も見えた。
「プロ組で既に活躍している人はボールを止める、トラップ、キックの技術が違った。あとは何か一個、秀でた武器がある選手が多かった。今は新しい武器を増やすのを意識していて、その一つがクロス。クロスで質の良いボールを上げられれば、アシストもつくし、武器のドリブルやスピードもより生きる。
頭脳明晰(めいせき)なため、大学卒業後はサッカー選手以外の選択肢も多々ある。しかし、プロへの思いは揺らがない。
「(ア式蹴球部に)入ると決めた段階でプロに行く、と決めていた。プロを目指さないのも安定して、いろいろな道があるとは思うが、確実に後悔するし、まだできるのにやめる選択肢はない。しっかり自分の体を管理してトレーニングし、週末の1試合にかけてプレーする日常も好き。まだまだうまくなれると思っている」
これまでの人生同様、コツコツとプロへの道を切り開いていく。
【取材後記】 21年、早実の関係者から「サッカー部にすごいやつが入った。あれはプロになるし、全国にも行けるかも」と伝えられた。半信半疑だったが、それから2年後の全国高校選手権の開幕戦で躍動する久米の姿を見て、この子だ、と確信した。私自身も早実を卒業したこともあり、以降ずっと気になる存在だった。
選手権は「いい思い出」と語りつつも「不完全燃焼だった」と悔しそうな表情。U―23アジア杯も「J1で活躍するためには、逆にもっとやらないといけないと感じた。
◆早大政治経済学部 私立大学の文系学部における最難関とされる学部。東進ドットコムによると、久米が在学する経済学科の偏差値は72で、私大の学部では最高。サッカー界の同学部卒業生は、元日本代表監督の岡田武史氏らがいる。首相経験者ら多くの政治家、著名人を輩出している。
◆久米 遥太(くめ・はるた)2005年4月7日、東京・小金井市出身。21歳。5歳から3学年上の兄の影響でサッカーを始める。18年に早実の中等部へ入学し、中学時は横河武蔵野ジュニアユースでプレー。

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