※本稿は、森生明『会社の値段[新版]』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■夢を与える「ディズニー」の意外な暗黒時代
ディズニー社は世界の人々に夢を与える、良きアメリカの象徴というイメージが強いかもしれませんが、実は株式会社としては歴史的にあまり評判がよくありませんでした。ビジネスウイーク誌が毎年行う米国企業の取締役会評価では、長年worst(最悪)の地位にいたのです。
これは、アイズナー氏を中心とする経営体制が、取締役会メンバーも含め20年近くにおよび、ディズニー社と取引関係を持っていたりアイズナー氏の個人的親友で占められていたりしたことによります。このような身内で固めた経営陣に対する不信感が高いせいもあり、ディズニー社は株価が下がるたびに過去に何度も敵対的な企業買収の標的とされてきた、という歴史があります。
2004年にも、全米トップのケーブルTV事業会社であるコムキャスト社から敵対的な買収(吸収合併)を申し入れられ、それを拒絶しています。その経緯と双方のやりとりを、米国での敵対的買収の臨場感を味わう意味で公表資料から引用します。
まず、コムキャスト社のブライアン・ロバーツ社長は、ディズニー社のマイケル・アイズナー会長兼CEOへ合併を非公式に打診します。それが拒絶されると、次に正式な合併提案のレターを送り、同時にそれを記者発表して議論を公の場に持ち出しました。そのプレスリリースでは、コムキャスト社の社長は両社の株主に対して次のようなメッセージを送りました。
■身内経営が招いた敵対買収の危機
この合併はエンターテインメントとコミュニケーション(放送・通信)業界のニューリーダーを作ることができる、コムキャスト・ディズニー両社の株主にとってまたとない機会です。
レターそのものはアイズナー会長とディズニー社取締役会に対して送られていますが、実際のメッセージはコムキャストとディズニーの全ての株主に対して送られています。大きく違うのは、市場で株を買い進めるのではなく、相手方であるディズニーの株主全員に対して、プレミアム付の比率で株式交換する、と正面から提案している点です。
ディズニーの取締役会は提案を受けるとすぐに外部専門家も交えて内容を検討し、5日後、全員一致でこれを拒絶することを決定しました。その理由は、株式の交換比率がディズニー社株主にとって不利であること、に尽きます。交換比率はプレミアムつきで設定されているのに、これがディズニー株主にとって不利であるとはどういうことでしょうか?
■上場企業として見せた「模範的な姿勢」
現経営陣のもとで株価はもっと値上がりさせてみせるからそのまま持っていた方が得ですよ、というのがその理由づけなのですが、そこには経営陣のひとりよがりではなく、市場がそう判断しているという後ろ支えがありました。
コムキャスト社はたしかにプレミアム付の交換比率を提案したのですが、発表直後にコムキャストの株価は下がりディズニーの株価は上がり、交換比率のプレミアムはすでになくなってしまったのです。取締役会が発表した声明は、米国の上場会社が敵対的M&Aに対してとるべき姿勢をよく表しています。
まず彼らは、
取締役会は、現在、そして将来の株主価値創造に邁進し、その目標を達成するかもしれないあらゆる正当な提案を真剣に検討する。
と株主価値が最優先であることを宣言し、
コムキャスト社のものであろうが、他の会社からのものであろうが、提案については全てを真剣に検討し、ディズニー社の株式の有する真の価値を反映するだけのプレミアムが付されている条件であるかを吟味する。
と、コムキャスト社であれどの会社であれ、提案は頭ごなしに拒絶せず、真摯に受け止め検討することを宣言しました。
■ディズニー経営陣が掲げた「株主価値」の壁
その上で、
アイズナー会長とその経営陣のリーダーシップの下での事業・財務・制作面での方向性が正しいという自信を持っており、現状の組織と戦略が株主価値を極大化すると取締役会は期待している。
と締めくくっています。何度も繰り返し「株主価値が最優先」ということが強調されていて、公共の利益やメディアの使命といった観点は、全く入っていません。
同日付でコムキャスト社は、
我が社の提案した交換比率は、合併のニュースによって変動した株価分を考慮に入れなければ、引き続きフェアなものである。
との声明を発表し交換比率の変更に応じず、合併話は流れることとなりました。
この攻防にはさらに続きがあります。創業株主ディズニー家を代表するロイ・ディズニー前副会長はアイズナー会長の経営に対して、投資の割に収益があがっていないと不満を持ち、確執が表面化していました。コムキャストからも狙われるようでは心もとないということでしょうか、その1カ月足らず後に開かれたディズニー社の株主総会では、アイズナー会長の取締役再任に反対するキャンペーンが派手に展開されました。
■創業家がカリスマCEOを引きずり下ろした
過半数の賛成を得て取締役の選任は承認されたのですが、43%という予想外の反対票の多さから、結局、アイズナー氏は自ら会長職を辞任しCEOに専念することになり、1年半後の2005年9月、任期を1年前倒しにしてCEO職からも辞任しました。
ディズニー社は、1996年、放送と通信・ネットの垣根を下げた電気法の成立直後に既に地上波3大ネットワークの一つ、ABCを買収していましたが、コムキャスト社との攻防戦以降にピクサー、マーベル、ルーカスフィルム(スターウォーズ)といった映画製作会社を次々に買収しました。
2018年には21世紀FOXを巡って、コムキャスト社と争奪戦を繰り広げた末、約8兆円で買収し、ハリウッドの映画スタジオの業界再編を主導、今日のディズニーは世界最大級のエンターテインメント企業へと成長しました。
2025年には、ネットフリックスがワーナー・ブラザース・ディスカバリーを巡ってパラマウント・スカイダンスと争奪戦を繰り広げており(※)、ネット・通信企業を交えたメディア業界再編M&Aはさらに加熱しています。
※2026年、パラマウント・スカイダンスがワーナー・ブラザース・ディスカバリー全体を約1110億ドルで買収することで決着
80年代の敵対的買収ブームの中で裁判等を通じてルールが形成された米国におけるM&Aの攻防戦は、90年代以降、大抵の場合ディズニー社の例のように展開されています。
■結局、誰のための経営なのか
価格が徐々に引き上げられて、2年越しの交渉で買収が成立するケースもあれば、途中で第3の会社がより魅力的な提案を出して横からさらっていくケースもあります。
日本での攻防戦の多くと比較したときの際立った違いとして、何を感じられるでしょうか? それは「正々堂々と正面から主張がなされ、争点が明確でわかりやすい」という点ではないかと思います。米国における攻防戦は「株主価値を最も引き上げるのは誰か」「誰に経営を任せるのがより株主にとって利益があるか」という一貫した座標軸の上で展開されます。
そこにはもちろん短期的な利益と中長期的な利益という視点の違いが出ることはあります。それも含めて、全てを「株主価値」という数字に反映する形で主張しあうのです。それを市場が株価の変動という形で評価し、最終的には株主の投票(持ち株を売るかそのまま持ち続けるか)によって勝負が決まる、これが長年の歴史を経た米国におけるM&Aの今の姿です。
普段からきちんと説明して株価を敵対的買収者が来ない水準に保つ努力をするのが本来あるべき姿ですが、買収者が現れたら被害者的に助けを求めたり仲間内で互助会を作ったりばかりしないで、堂々ときちんと説明して株主を説得しきる、最低限その覚悟ができていなければ上場会社の経営者は務まりません。
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森生 明(もりお・あきら)
経営コンサルタント
1959年大阪府生まれ。京都大学法学部、ハーバード・ロースクール卒。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)、ゴールドマン・サックス証券にてM&A(企業買収)アドバイザー業務に従事。その後、米国上場メーカーのアジア事業開発担当副社長、日本企業の経営企画・IR担当を経て、1999年独立。
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(経営コンサルタント 森生 明)

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