※本稿は、河村泰貴『どうしたらバイトから社長になれたんですか?』(プレジデント社)の一部を再編集したものです
■吉野家といえば「おっさんの店」という印象
僕が吉野家を経営してきた10年半で、何かしらを成し遂げることができたとすれば、「客層の拡大」だ。僕が社長を引き継いだ当時の吉野家は、女性顧客の比率は14.4%。ほぼ男性顧客ばかりというお店だった。
しかし、日本社会が直面する少子高齢化と人口減少を考えたとき、国内史上で継続的に成長を図るためには、利用シーンと客層を拡げる以外に、生き残る道はない。女性やファミリー層が安心して利用できる存在に変らなければ、将来の成長は見込めないのだ。
とはいえ、長年染み付いた「男性中心の吉野家」というイメージを変えるのは容易ではない。
今でも「吉野家は入りにくい」「行きたくない」と感じる女性は少なくないし、やり方を誤れば、長年支えてくれたロイヤルカスタマーである男性顧客にそっぽを向かれるリスクもあった。
だからこそ、僕は極めて慎重に、一歩一歩積み重ねる形でこの課題に取り組んだ。
■売れなくてもいい! 「ベジ丼」発売の衝撃
2015年に発売した、具材が野菜だけの「ベジ丼」は、吉野家が健康志向を打ち出す最初の試みでもあった。発売に先立って、僕は全国の店長たちを前に「申し訳ないが、この商品は売れないと思う。けど、やる」と説明した。
「ベジ丼そのものは売れないかもしれないけれど、『吉野家はお客様の健康を考えたメニューを開発してまいります』という挨拶代わりの商品。そう捉えてほしい」
ベジ丼のメディア発表会で記者の方から「女性をターゲットにした商品ですか?」と問われたことをよく覚えている。その際、僕はこう答えた。
「確かに女性もターゲットではありますが、メニュー一つで女性のお客様が増えるほど、マーケットは甘くないと思います」
そう、客層の拡大は総力戦である。地道な改善の積み重ねが不可欠なのだ。
■フルサービスから、カフェテリアへの変換
例えば、僕がディレクションした自社のCMでは、一度もタレントさんをカウンターで食事させていない。必ずテーブル席での食事シーンとし、牛丼を召し上がるシーンでは、丼の横に必ずサラダを添えてもらうよう依頼した。もちろん、この程度のことで急に女性客やファミリー層が増えるわけではない。だが、そうした小さなことを、水滴が岩を穿つように、コツコツ、コツコツと、10年積み上げていった。
その中でも、顧客層や利用シーンの拡大に最も大きく貢献したのは、新フォーマット店舗、クッキング&コンフォート(C&C)タイプ店舗の開発だ。メディアでは「黒い吉野家」などと呼ばれた店舗である。
まず試してみようと決めたのが、サービス方式の転換。バーガーチェーンやカフェチェーンのように、キャッシャーでご注文いただき、お料理はお客様ご自身で運んでいただいてお好きな席でお召し上がりいただくというカフェテリア方式へ。「うまい、やすい、ごゆっくり」のコンセプトを、単に一商品だけではなく、店舗全体のコンセプトへと拡張する。
客席は、ゆったりと、テーブル席を多く配置しながらも、従来のお客様にも配慮して、目隠しともなるようなパーティションを設けたビッグテーブルも設置する。
■いつの間にか変わっていた吉野家のBGM
化粧室には清掃性の高い床材を採用し、水拭きもできるようにした。
それまでの吉野家は、低コスト化の一環で、普通の床材を化粧室にも使っていた。これが清掃性を低下させ、現場に負担をかけていた。男性用と女性用を分けるのは当然だが、ただ個室が分かれているだけではダメで、洗面も分かれていなければ意味がない。男性にとっては「トイレット」だが、女性にとっては「レストルーム」なのだから。
思えば、僕が吉野家の社長になって一番初めに変えたことも、「トイレットペーパーの材質変更」だった。何もソフトな高級なものに替えたのではない。むしろ逆だ。
店内BGMも既存店でかけているJ-POPをやめ、僕自身が作成した「こんなイメージ」というプレイリストを協力会社さんにお渡しして、レイドバックした感じの80年代~90年代R&B中心の洋楽に替えた。後に、新商品のCMなどを流す店内放送も雰囲気を壊してしまうので止めてもらった。
こうした、細かいことを少しずつ積み上げて、「ごゆっくり」お食事していただけるような店内アトモスフィアづくりを模索していった。そして従来の吉野家とは異なる雰囲気であっても、既存のお客様にとってギリギリ許容できるライン、そんなラインを模索した。
■動線はバスケのプレスディフェンス型で
厨房の設計についても様々な工夫を凝らした。こだわったのは、お客様から見て「見えてはいけないものが見えないように」という視線のコントロールだ。店内の雰囲気を壊す要素は隠すことを徹底した。
吉野家は、オープンキッチンと言えば聞こえはいいかもしれないが、顧客視点で決して見栄えのするキッチンとは言えない。どちらかというと、従業員側の都合で、客席に目線を配って素早くご対応するためという理由のほうが大きかった。
オペレーション動線も一から見直した。牛丼専門店時代の吉野家の厨房のつくりは「左回りの原則」と言われていた。ご飯を盛り付けるジャーの左に肉鍋があり、牛丼の具を盛り付けて提供用パントリーにセット。そのままの動きで左に回ると食器返却用のパントリーがあり、さらに左に回ると浸漬層と食器洗浄機があるという具合。つまり、ランチタイムなど繁忙時間は、キッチン担当者はほぼ同じ場所でグルッと左に回れば、ご飯盛り付け、煮肉の盛り付け、提供、食器の洗浄が一連の動作でできたのだ。
だが、新しいフォーマットでは、「横移動」をルールに育てようと考えた。キャッシャーのすぐ横にキッチンを配置。キャッシャーとキッチン間をスムーズに移動できるようにして、混雑側へすぐヘルプに入れるレイアウトとした。ボールを持つ相手に常に複数の人間が対応する、バスケットボールのプレスディフェンスのような考え方だ。そして、決して従業員は交差しない、アメリカンクラッカーのような直線往復の動きを理想とした。
■「黒吉野家」1号店は売上不振だった恵比寿店
さぁ、コンセプトはほぼ固まった。次は改装1号店をどこにするかだ。
この店舗は売上が低迷し、奥の客席を開けてしまうと従業員数を配置しなければならないため間仕切って使わないようにしていた。本来50坪近くある店舗面積のうち30坪ほどしか使っていなかったのだ。まさに「ごゆっくり」召し上がっていただくための空間を作るには最適なサイズだったし、恵比寿という立地も、新しい試みを顧客に受け入れていただきやすいのでは、と思えた。
いよいよ着工が近づいてきたとき、未創研の部長をしていた植田浩正氏が僕に聞いてきた。
「社長、恵比寿の新フォーマット店舗の看板はどうしましょうか? 通常店舗と同じというわけにはいかないと思うのですが……」
「ちなみに、恵比寿店が入っているビルの外壁はどんな色なの?」
「黒っぽい大理石のような色ですね」
「じゃあ、黒にしましょう」
「わかりました!」
これが、後にメディアなどで「黒い吉野家」と言われたりもするようになった黒い看板の吉野家誕生の瞬間だ。
正直に言うと、特に深く考えてのことではなかった。街にフィットすることを優先した結果、たまたま改装1号店となるビルの外壁が黒っぽい色だったというだけのことだった。それまでの(いや、今でも)チェーンレストランはとにかく目立ちが命。郊外型の店舗などでは、看板の視認性によって売上も左右されるし、出店時の売上予測のパラメーターにも「視認性評価」が入っている。
しかし、この店舗はアトモスフィア重視の店舗なのだから、街の雰囲気に溶け込むような店舗にすべきと考えた。
■「うまい、やすい、ごゆっくり」と女子高生の宿題
こうして、今も吉野家の新規出店時の主力フォーマットになっているC&C(Cooking&Comfort)モデルが誕生した。カウンターを走り回るフルサービスを止める代わりに、そこで生まれた余裕時間を使って、これまで以上に店内調理(Cooking)にこだわって、中食ではなく外食ならではの美味しさをご提供する。そして、お客様には空間の快適さ(Comfort)を感じていただけるようにする。
こうして2016年3月、「うまい、やすい、ごゆっくり」を店舗全体で表現した店舗「黒吉野家」がオープンした。初月から売上改装前比150%という好調なスタートを切ることができ、狙いとしていた女性顧客比率も25%を超えた。これは当時の吉野家としては画期的な数字だった。
労働生産性の向上は実現できていなかったが、従業員の歩数計測の結果は、改装前に対して40%減少。そこで生まれた余裕が接客サービスの向上にもつながり、顧客アンケートの結果も軒並み向上していた。初動こそ従業員には戸惑いもあったが、ひと月もすると空気が変わる。「既存店よりも身体が楽」「落ち着いて仕事ができる」という好意的な評価のほうが増えていった。
そんなあるとき、店長が嬉しそうにこんな話を聞かせてくれた。
「社長! うちの店で放課後に宿題をしていた女子高生がいたんですよ! 僕も吉野家に入って長いですが、そんな光景初めて見ました!」
僕だってそんな光景は見たことがない。客層の変化に大きな手応えを感じた。
結果、僕たちは、恵比寿での実験開始から1年間で約15店舗ほどに拡大させていった。
さらに、10年の歳月をかけてコツコツと女性顧客比率を28.1%まで高めることができた。目標に掲げた30%にはわずかに届かなかったものの、それでも倍増させることはできた。
東京にはまだカウンターだけの店舗も存在するが、全国的にはテーブル席を有している店舗が9割以上だ。
もはや、吉野家は、かつての「カウンターで男性が牛丼を掻き込む店」ではなくなったのだ。
※肩書は当時。2026年5月26日より株式会社吉野家名誉会長
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河村 泰貴(からむら・やすたか)
吉野家ホールディングス取締役会長
1968年11月18日生まれ、大阪府出身。1988年に吉野家にアルバイトとして採用、1993年に吉野家ディー・アンド・シー(現・吉野家ホールディングス)の正社員に。店長としてさまざまな店舗を任されたのち、2001年に企画本部経営企画部に異動。2004年に讃岐うどんチェーンのはなまるに出向して再建に尽力。2007年に同社代表取締役社長を経て2012年に吉野家ホールディングスの社長に。2014年に吉野家の社長も兼務となり、2025年5月、吉野家ホールディングス取締役会長に就任。
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(吉野家ホールディングス取締役会長 河村 泰貴)

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