■イランの指導体制はどうなっているのか
イランと米国の駆け引きが続いているが、イランは強気な姿勢を崩していない。
その背景に「イラン政権内で強硬派が台頭している」という見方がある。
とくに最高指導者のモジタバ・ハメネイの画像や肉声が一切出てきていないことから、彼が健康面できわめて重篤な状態にあり、実際は革命防衛隊(IRGC)が政権を仕切っているのではないかと、海外のメディアやシンクタンクでも指摘されてきた。
しかし、イラン政権内の情報は極端に秘匿されており、実際のところは不明だった。
ただ、最近になって「イラン政権内では現在もモジタバ師が指導的役割を果たしている、と米情報機関は分析している」(5月9日:CNN)といった見方が主流になってきている。
対米交渉をはじめ重要な政策決定ではモジタバ師に絶対的な権限はあるが、体調が万全でないことに加え、所在秘匿のために政権幹部との連絡が密でないので、日々の政治の実務はIRGC上層部などが主導しているとの見方である。
実際、5月7日には、ペゼシュキアン大統領がモジタバ師と2時間半の会談を行なったと公式に発表された。
同10日にも、イラン軍(IRGCと国軍)の作戦を統合的に指揮統制する実質的な“大本営”である「ハタム・アル・アンビヤ中央本部」のアリ・アブドラヒ司令官がモジタバ師と会談したとも発表された。
モジタバ師が意識不明に近い重篤な症状であれば、そうした公式発表が出ることはまず考えられない。モジタバ師が指導的役割を果たしているのは間違いないだろう。謎に包まれていたモジタバ新体制の陣容も、徐々に明らかになってきている。
■政権を支える「長年の側近」
たとえば、未確認情報ではあるが、2026年5月に入り、複数の反政権派メディアなどが政権内部情報として報じた内容によれば、イラン政権内でもっとも権力のある「最高指導者室」(「ベイト」と呼ばれている)の「新室長」(最高指導者首席補佐官)に、イスラム聖職者であるサイエド・メフディ・ハムーシ(Sayed Mehdi Khamoushi、推定63~64歳)が就任したと報じている。
前任者はアリ・ハメネイ前最高指導者の長年の側近で、ハメネイ家の縁戚でもある80代のイスラム聖職者だったが、この情報が正しければ、この非常事態の中で世代交代が起きたことになる。もっとも、ハムーシ自身もハメネイ家の縁戚ではあるが。
ハムーシは、父親がもともとホメイニ側近で、その親族には政権上層部、バザール商人有力者上層部などがおり、きわめて強力な人脈を持っているとされる。
またほか、ハムーシ自身は、ハメネイ政権において長期にわたり、政権のイスラム宣伝部門とイスラム財団資金運用部門を率いてきた。
ハメネイ父およびモジタバ師の長年の側近ともいえる人物であり、また、IRGC上層部とも密接な関係にあった。
イラン政界では、モハンマド・バゲル・ガリバフ国会議長と特に親しい。
■「黒幕」は一体誰なのか
こうした実績のあるハムーシは、単なるお飾りなどではない。本当に最高指導者室長となれば、今後、イラン政権の上層部で最重要のキーマンとなることは疑いない。
他方、現在のイラン政権で大きな影響力を持つのがIRGCだが、その中でも発言力の強い上層部の人物の名前も徐々に判明してきている。
報道では、現在のアフマド・バヒディ総司令官が頻繫に登場し、あたかもバヒディ総司令官が軍事独裁政権を率いているかのような論調も散見される。
だが、イランの権力機構では、権限がIRGCの総司令官に集中してはいない。
よって、バヒディの権力が、IRGC上層部の中で突出して強いわけではない。
モジタバ師という宗教的権威がいまだ健在なのを見ればわかるように、イランの権力構造は、長年の継続により強固なものとなっている。では、その権力構造における「真の実力者」「黒幕」は一体誰なのか。
■イラン権力構造の「最重要人物」
まず、イランの権力構造の最上位は、「最高指導者室」(ベイト)である。
そこでもっとも実権ある立場を担っているのは、おそらく前述のハムーシ室長だ。
また、ベイトにはモジタバ師を支える官房組織という側面があり、イスラム聖職者やIRGC人脈から実力者が送り込まれている。
その中で最重要人物と言えるのが、最高指導者軍事顧問のモフセン・レザイ(Mofsen Rezaee、71歳)である。
生存している総司令官経験者の最先任で、IRGC人脈での発言力ではトップの人物だ。
レザイは、彼がまだ10代だった1972年頃から、反王政運動に参加していた、根っからの活動家だ。1979年のIRGC創設時から最上級幹部に名を連ねている。1981年に27歳で総司令官に就任し、1997年まで務めた。
■ことあるごとに対米強硬論を発信
その後は、ハメネイ政権下で、イスラム体制内の調整機関である公益評議会事務局長を務めた。
2023年にいったん政界から退くが、復活して2026年3月に最高指導者軍事顧問に就任した。米国による軍事攻撃という非常事態下で、体制の最重要ポストには、IRGC人脈のトップレベルの実力者を据える必要があったのだろう。
レザイは現在も、ことあるごとに対米強硬論をイラン政府系メディアで発信しているが、IRGC人脈の意見をモジタバ師に伝える立場であり、事実上の黒幕として活動している。
なお、レザイの前に最高指導者軍事顧問だったヤヒヤ・ラヒム・サファヴィ元IRGC総司令官(73~74)(Yahya Rahim Safavi)も、役職から解任されたという情報はなく、その後も軍事顧問を続けているとみられる。
サファヴィは、1997年から2007年まで、レザイのあとを継ぐかたちでIRGCの総司令官を務めている。
その後、2007年からは、19年もの長きにわたり、最高指導者軍事顧問を務めてきた。その間、モジタバ師とも深く連携してきた人物である。
■「国防評議会」の最高指導者代理
それ以外にも、重要人物が3名いる。ベイトの正規のポジションではないが、IRGC人脈でモジタバ師の側近とみられている。
1人は国防評議会最高指導者代理のアリ・アクバル・アフマディアン(Ali Akbar Ahmadian、推定64~65歳)である。
彼はIRGCで海軍司令官や参謀長を歴任した元上級幹部だが、ハメネイ父の政権時にIRGCとベイトの調整役を務めていた。
アフマディアンは、2025年のイスラエルとの戦争(12日戦争)の後、ハメネイ父の命令で、公式な国家の最高意思決定機関である「最高国家安全保障評議会」(SNSC)の事務局長も一時的に務めている。
その後、SNSCの下に新設された「国防評議会」の最高指導者代理に就任。2026年4月にパキスタンに派遣された対米交渉団では、実質的なIRGC側代表として参加している。
■ダーティな分野を長く担当
2人目はIRGC総司令官最高顧問のモハンマド・レザ・ナクディ(Mohammad Reza Naqdi、推定64~65歳)である。
ナクディはIRGCで民兵部隊「バシージ」司令官や参謀長を務めていたが、その頃、モジタバとの関係を築いたとみられる。
現在はバヒディ総司令官の最高顧問として、IRGCとモジタバを繋ぐ役割を担当しているとみられる。
3人目は、IRGC顧問のホセイン・タエブ(Hossein Taeb、推定62~63歳)で、非公式な黒幕的人物として注目されている。
タエブはIRGC情報部長を長く務めた人物で、IRGC内でも国内弾圧や対外破壊工作などのダーティな分野を長く担当していた。モジタバ師は青年のころIRGC部隊にいたことがあるが、タエブはその頃からの盟友で、現在も非公式のアドバイザー的な存在とみられる。
■副総司令官まで務めた強硬派
以上がIRGC人脈のモジタバ側近とみられる面々だ。
ほか、正規の最高政策決定機関であるSNSCのメンバーも、イランの権力構造上、大きな発言力を持つ。
ただ、SNSC単体で何かの政策を決定することはなく、常に最高指導者サイドの指示で動く。
SNSCの議長は大統領が務める。だが、大統領に実権はない。アラグチ外相もSNSCのメンバーだが、やはり実権はない。
SNSCを主導するのは、ベイトが指名する2人の最高指導者代理である。そのうちの1人がSNSC事務局長として全体を取り仕切る。
現在、その事務局長を務めるのが、モハンマド・バゲル・ゾルガドル(Mohammad Bagher Zolghadr、推定71~72歳)である。
ゾルガドルはIRGCで副総司令官まで務めた強硬派だ。前任者はイスラエル軍に殺害されたが、その後、バヒディIRGC総司令官の推挙で同ポストに就任したとみられる。
そのバヒディ総司令官(67)もSNSCのメンバー。
ただ、IRGC系人脈内では、先任のレザイやサファヴィのほうが先輩格であり、バヒディが何でも決められるわけではない。
その他、SNSCで強い発言力を持つ実力者として、もう1人の最高指導者代理であるサイード・ジャリリ(Saeed Jalili、60)がいる。
ジャリリは現在のイスラム政権内の実力者としては珍しい非IRGC系の人物で、もともと外交官出身の強硬派政治家である。
2007年から2013年までSNSC事務局長を務め、ハメネイ父子と深い関係を築いたとみられる。
2013年には事務局長を解任されるが、その後も最高指導者代理としてSNSCの主導的メンバーとして残っている。その長い経歴によって、SNSCの実力者として現在も大きな影響力を保持している。
■国内弾圧部門を長く率いてきた強硬派重鎮
ほか、SNSC内で比較的、発言力が強い人物として、ガリバフ国会議長(64)とゴラムホセイン・モフセニ・エジェイー司法長官(Gholam-Hossein Mohseni-Ejei、69)がいる。
その他、IRGC人脈の中で強い影響力を持つ人物としては、ホセイン・ネジャトIRGC保安部長(Hossein Nejat、推定70~71歳)がいる。国内弾圧部門を長く率いてきたIRGC人脈の強硬派重鎮である。
また、モハンマド・アリ・ジャファリ元IRGC総司令官(Mohammad Ali Jafari、68)はIRGCで陸軍司令官、サラッラー本部(首都圏弾圧部隊)司令官を歴任した後、2007年~2019年にかけて総司令官を務めた。
現在はIRGCの宣伝戦・心理戦部門である「ハズラテ・バキアトッラー社会文化本部」の本部長のポジションにいる。
他方、マジド・ムサヴィ航空宇宙軍司令官の発言力も強い。IRGCで弾道・巡航ミサイルやドローンの部隊を指揮統括している人物だ。
また前出「ハタム・アル・アンビヤ中央本部」のアリ・アブドラヒ司令官(66~67)も現役の重鎮である。
イランの現体制はあくまでモジタバ・ハメネイ最高指導者を唯一の最高権威としながらも、その補佐集団が事実上体制をコントロールしており、一種の集団指導体制となっている。
報道では、バヒディIRGC総司令官やガリバフ国会議長など、オモテの高官であるSNSCメンバーが注目されがちだ。
だが、ウラでは、ハムーシ最高指導者室長(推定)やレザイ最高指導者軍事顧問をはじめ、こうした黒幕たちが談合して政策を詰め、モジタバに具申しているものとみられる。
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黒井 文太郎(くろい・ぶんたろう)
軍事ジャーナリスト
1963年生まれ。横浜市立大学卒業。週刊誌編集者、フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ)、『イスラムのテロリスト』『日本の情報機関』(以上、講談社)、『インテリジェンスの極意!』(宝島社)、『本当はすごかった大日本帝国の諜報機関』(扶桑社)他多数。近著に『プーチンの正体』(宝島社新書)がある。
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(軍事ジャーナリスト 黒井 文太郎)

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