高層ビルが立ち並び、制度もインフラも整った先進国・日本。その足元で、荒川の河川敷にテントを張り、日々を生きる人たちがいる。
新刊『河川敷の原住民』は、そうした“見えにくい隣人”の暮らしを、3年にわたる綿密な取材で描いたルポルタージュだ。著者は在日中国人ジャーナリストの趙海成氏。彼は、なぜ、ホームレスを記録しようとしたのか。取材を通して見えてきた日本社会の輪郭、そして読者に手渡したい視点について聞いた。
「彼らは“負け組”ではない」――在日中国人ジャーナリストが3...の画像はこちら >>

気になっていた「無関心」

――中国人ジャーナリストがなぜ日本のホームレスを取材しようと思ったのですか?

 きっかけは、夏の日に河川敷のサッカー場で日に焼けて死にそうになっているカメを見つけたことでした。カメを助けてやろうと、手で持ち上げて水辺のほうに駆け寄った私は、小さな森のようになっているヤブの中に、人が住んでいる気配に気づいて、好奇心から声をかけてみたんです。そこにいたホームレスたちと会話をしてみたら、みんな驚くほど個性豊かな人だったんです。サーフィンやスケートボードが大好きだったという男性、アマチュア囲碁6段の腕前を持つ男性……。「ホームレス」というひとつの言葉でくくられた人たちが、それぞれ全然違う人生を歩んできました。これは記録しなければと思いました。この取材をしていることを中国人の友人に話すと、「日本社会の深いところが見えて素晴らしい」と称賛してくれる人が多かった。でも日本人の友人からはほとんど反応がありません。ある友人に理由を尋ねたら、「日本ではホームレスになったのは自己責任だと考えている。
関わりたくないという人が多い」と言われました。その「無関心」がずっと気になっていました。

――実際に取材を重ねて、当初の印象は変わりましたか?

 大きく変わりました。私がフィールドにした荒川の河川敷には、長年同じ場所に住み続けているホームレスの方々がいます。彼らはブルーシートで作った小屋を「別荘」「アパート」と呼びます。仲間同士で助け合い、留守番を交代して防犯対策もしています。一人で生きているのではなく、小さなコミュニティを築いているんです。孤独な生活をする人がもちろんいますが、まるで兄弟のような関係で、お互いに助け合っている人もいます。また、彼らはいろいろな事情があってホームレスになっていますが、単純な「困窮者」というわけでもありません。アルミ缶を集めて生計を立てる人もいるし、釣りや囲碁を楽しむ人もいます。私が知り合ったホームレスの中には、毎日ラジオでニュースを聴き、囲碁の対局のために川口の碁会所まで足を運ぶ方もいました。政治にもちゃんと関心を持っているホームレスもいるのですが、彼らは住所がないから投票ができないんです。
それでも、「もしまた投票できるようになったら、必ず行く」と話していました。いち市民としての自覚があり、彼らは彼らなりに社会と向き合っています。そこに深く打たれました。

「越境者」だから見えたもの

――外国人として取材することで、見えやすくなったものはありましたか?

それはありましたね、日本人の取材者が来ると警戒する方もいるようですが、私が中国人ジャーナリストだと知ると不信感や警戒感が多少、ゆるくなる場合があったと思います。ただ、それより大切だったのは、何度も会いに行くことで「信頼」を積み重ねたこと。私はいつも自転車で彼らの住処を訪問し、飲食品や野外生活に必要なものを届けたり、ときにはお肉や酒を持ち寄って、一緒に火鍋やバーベキューをやりながら、雑談したりしていました。そうしてできた友情と信頼関係が、この本の土台になっていると思います。

「ホームレス」の存在が象徴するもの

――本書の中で、若年ホームレスについても書かれていますね。

 はい、第6章ではホームレスの中で比較的若い40代のホームレスを取り上げています。彼はいろんな原因で仕事や家庭に辟易して、大阪から東京の荒川の河川敷にたどり着きました。彼はもともと野外生活に抵抗がなく、“理想の居場所”として河川敷を選んだのです。一年弱の間ホームレス生活を体験してから、生活保護を申請し、現在は支援施設を経てアパートに移ることができました。これからは職業技能訓練校でAIを学びたいと言っています。
若い人ほど、適切なサポートがあれば変わっていけます。そのことも、本書で伝えたかったことの一つです。

――3年間の取材を経て、「ホームレスへの認識」が変わったとのことですが。

 あとがきにも書きましたが、私はホームレスの存在は「日本という国の民主・自由・人権の最も有力な証明だ」という結論に至りました。日本では人々が自由にライフスタイルを選択でき、たとえホームレスになっても、警察に乱暴の手段で排除されることはほぼありません。ホームレスであっても、生活保護を申請する権利があります。自由、民主、人権多方面の統制の厳しい中国から来た私には、それがとても大事なことだと考えます。私が3年間で河川敷にいるホームレス達と付き合って形成したの新視点として、率直に言えば、日本のホームレスが存在していることに、意義と価値があるではないかと強く感じています。それは日本人の独特の文化的背景とつながっているとも思います。例えば「他人に迷惑をかけない」という日本人の美徳がありますね。しかし、本当に困難に直面する人にとって、その美徳を破って他人に助けを求めるか、そしてその美徳を守って自死をするか、時としてその二つの選択しかないと思い詰められた人を自ら絶命へと向かわせるでしょう。実は、そのほかに第三選択肢があるんです。
それはホームレスになること。そうすれば、生き続けるための希望に向けて新たな「緩衝期間」を得ることができます。ホームレスは命の延長線上にある最後の選択肢なのです。

趙海成(チャオ・ハイチェン)1982年に北京対外貿易学院(現・対外経済貿易大学)日本語学科を卒業。1985年来日。日本大学芸術学部でテレビ理論を専攻後、日本初の在日中国人向け中国語新聞「留学生新聞」の創刊に携わり、初代編集長を10年間務めた。現在はフリーのライター・カメラマンとして活躍。著書に『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』(CEメディアハウス)『河川敷の「原住民」――令和ホームレスの実像』(扶桑社新書)など。
編集部おすすめ