中谷潤人LAキャンプリポート(第5回)
(第4回:井上尚弥戦の勝利へ、中谷潤人が書き記すノートを一部公開 名王者が苦しんだメガ・ファイト前でも「ブレない」>>)
5月2日、東京ドームでの井上尚弥戦が迫るボクシング世界3階級制覇王者・中谷潤人選手。その強さの源泉に迫る話題の書籍『超える 中谷潤人ドキュメント』を上梓したノンフィクション作家、林壮一氏による、中谷選手の直前キャンプ密着ルポ、最終回となる第5弾。
【スパーの相手、トレーナーも中谷を絶賛】
現地時間4月17日、午前11時24分。中谷潤人のロスアンジェルス合宿が終了した。5戦5勝5KOの20歳、ディエゴ・アヴィレスと10ラウンドのスパーリングをこなし、3月18日にスタートしたキャンプの全日程を終えた。
WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級チャンピオン、井上尚弥戦に向けた今回の実戦練習で、メインパートナーに抜擢されたのがアヴィレスである。まだ6回戦ボーイだが、ボクシング関係者の誰もが「間違いなく、世界チャンピオンになる」と口を揃える逸材だ。中谷は、この"金の卵"と合計100ラウンド、拳を合わせた。
7歳からグローブを嵌(は)め、アマチュアで8度、全米王者となった若者は、4階級制覇を狙って2週間後に東京ドームの花道を歩く中谷とのトレーニングを振り返った。
「ポジショニングがいかに大切かを学びました。日を追うごとに彼の動きがシャープになり、スピードも増し、接近しても離れても速いパンチが飛んできました。タイミングの取り方が絶妙ですし、ディフェンスも巧みですね」
アヴィレスのトレーナー、アート・ジェイムス(69歳)も話した。
「ディエゴの強みは、休まずに手を出すところ。ジュントに対しても、そのスタイルを貫いた。
イノウエも素晴らしいファイターだが、スピードはジュントが上だろう。イノウエのパワーを、ジュントのスピードが上回る展開になるんじゃないか。挑戦者のアウトボクシングが冴えて、新チャンピオン誕生だと私は予想する」
【「ヤバい場所」で築いた己のスタイル】
この日、中谷のキャンプ地となったLAボクシングジムでは、米メディア4媒体が思い思いにカメラを回していた。そのうちのひとつ、『Little Giant Boxing』のコンスタンティーノ・ガルシア(36歳)は言った。
「ジュントはいつも謙虚だね。それでいながら、『絶対にボクシング界で頂点に立ってやる!』という強い気持ちがある。そうじゃなければ15歳でアメリカに渡ってきて、サウスセントラルに住めないさ。僕らLA育ちの人間だって、足を踏み入れたくない地域だもの。つい先日の事件のことも、聞いたでしょう?」
4月2日、ロスアンジェルス市警は、前日の14時30分に発生した銃撃事件に関する声明を出した。
ガルシアは続けた。
「暴行、殺人、ドラッグ、恐喝、窃盗......といったトラブルが日常的に発生する無法地帯さ。ギャング同士の抗争が止まらない。映画『バットマン』にGotham Cityっていうのが出てくるよね。荒廃し、犯罪が蔓延する街として。サウスセントラルって、まさにあんなところさ。
日本人少年が『世界チャンピオンになる』という夢を持って、全米でも指折りの危険地域に飛び込む。そんなことができるのは、ジュントだけだ。彼には芯がある。
トリニティー公園は、かつて中谷がホームステイした家の向かいに位置する。5月2日の4冠統一タイトルマッチの挑戦者が暮らした家の玄関から、15mも離れていない。
中谷が目標に向かって走り出した場所とは、アメリカンでさえ恐怖におののく。4月1日の銃撃戦のニュースは、瞬く間に当地を駆け巡った。事件当日、中谷はマネージャーを務める弟の龍人とともにガソリンスタンドでの給油中に、ロスアンジェルス市警のヘリコプターが超低空飛行でトリニティー公園の上空を旋回する様を目撃している。
だとしても、中谷にとってのサウスセントラルは、あくまでも自分を高めるために降り立った地であり、負の要素は微塵も感じてこなかった。
中谷は笑みを浮かべながら語った。
「ヤバい場所だなぁ、とは感じます。でも、僕はいつも『何のために、ここにいるのか』を考えて15の時からコツコツやってきました。自分のスタイルを崩したことはありません。それをしっかりやっているからこそ、成長に繋がっています。治安などは気に留めてこなかったです」
【平常心で迎える5月2日】
ひと呼吸置くと、中谷は同じトーンで言葉を発した。
「ボクシングを始めた頃から強さを求めることを続けていますから、決して現状に満足はしません。
穏やかな口調ながら、今回のキャンプでは、かつてないほどの進歩を実感していると言い切った。
「キャンプ終盤から、感覚が研ぎ澄まされてきました。本当に、いい状態でトレーニングができましたし、これまでのキャンプのなかで一番充実していました。昨日よりも、今の自分のほうが強くなっていると感じることが多いです。
去年12月の試合で、自分の弱い部分が見つかり、課題をしっかり受け止める時間を持てました。目を逸らそうと思えば逸らせられましたが、自己と対話し、どうしていくべきかを積み重ねたキャンプになりました。それが形となり、充実に繋がっています」
中谷は、前戦を分析した。
「反省として、真っ直ぐ下がった点、ムキになって打ち合ってしまった点、うまく切り替えることができなかった点が挙がります。リング上で、『どうしたらいいんだろう』と悩んだ部分も多少ありました。それでああいう闘いになったんです。コーナーから言われたことを耳にしてトライしますが、セバスチャン・エルナンデスは、我がチームの予想を上回ってくる相手でした。
ボクシングはスポーツですが、メンタルが複雑に絡み合っているので、その影響で展開が変わることを学びました。自分をコントロールしなければいけない。自制しなければいけない。このキャンプ中は、律するところにもフォーカスしました。
プラス、疲労を溜めずに、いかに質の高いトレーニングをするかも考えましたね。休む、リフレッシュも心掛けたキャンプでした。体調もいいですし、平常心で5月2日を迎えられるでしょう」
【ファイターであるからにはノックアウトを狙う】
"モンスター"井上尚弥については、こう話した。
「刺激をもらえる存在だと見てきました。パフォーマンスで周囲を圧倒する。
実力のあるビッグネームに挑むのは、ボクサーにとって理想的な形だと思います。己を証明するには、強いものに向かっていき、勝利するのが最短です。このタイミングで挑戦させてもらえることには、喜びしかありません」
中谷は、モンスターの闘いぶりについても触れた。
「井上選手は相手の動きを学習して、アジェストする能力が高いですね。嫌なところを突く。ただ、どんな状況になっても、彼を上回られるよう研究し、対策を立ててきました。もちろん、ファイターであるからにはノックアウトを狙います。やっぱりKOが続けば自信になりますし、相手に対してより踏み込んでいけるケースが増えるものです。ちょっとした違いですが、相手を倒す要素になります。勇気も培ってきました。
井上選手に対しては、パワーでよりも技術で凌駕することをイメージしてきました。東京ドームでは、今まで築いてきたものが表れると思います。また、ボクシングは素晴らしいんだということをみなさんに伝えることができたら、僕の存在意義があるかなと感じます。5月2日の中谷潤人は、前日までの僕を"超える"。そういう姿をお見せしたいです」
ロスアンジェルスを発つ数時間前、中谷は、これまでと同じようにノートを開き、自分に言い聞かせるように記した。
次戦5月2日(土)東京ドームでKO勝利しました。
皆様の応援のお陰です。ありがとうございました。
5万5000人が待つビッグエッグ。間もなく、日本人頂上決戦のゴングが鳴る。



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