◆報知プレミアムボクシング ▽激闘の記憶 第12回 日本ウエルター級タイトルマッチ10回戦〇吉野 弘幸(TKO4回2分48秒)佐藤 仁徳●(1992年4月7日、後楽園ホール)

 「左フックの千両役者」吉野弘幸(ワタナベ)が、最強の敵を迎えた11度目の防衛戦。日本ウエルター級チャンピオンの吉野は、デビューから11戦全KO勝利中の日本同級1位・佐藤仁徳(仙台)と対戦。

総合力ではアマチュア出身の正統派サウスポー佐藤が上と評価される中、吉野は戦前の予想を覆すようにアグレッシブなスタイルで挑戦者と真っ向勝負を挑む。自慢の左を空振りしようがぶんぶん振り回し、フック、アッパーを連打。「これぞ吉野」というスタイルで4回TKO勝ち。再起戦でもあった吉野は完全復活を証明し、後楽園ホールは興奮のるつぼと化した。(敬称略)

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 1992年チャンピオンカーニバル(日本王者の指名試合)屈指の好カード。10度の防衛に成功している左フックの吉野に、11戦全KO勝利というパーフェクトレコードを誇る佐藤がタイトル初挑戦。チャンピオンの左の破壊威力はさすがだが、総合力では佐藤が上というほど、挑戦者の評価は高かった。当時、吉野の人気は絶頂期を迎えていた。なぜ人気があったかといえば、試合の面白さだ。当たろうが、当たるまいが、左フック、左アッパーをすさまじい勢いで連打する。右構えだが、倒すパンチは左オンリー。とにかく豪快。

その荒々しさを見るためにファンは集まり、ホールは毎回満員になった。

 両陣営の声援が交差するリングにゴングが打ち鳴らされた。サウスポースタイルの挑戦者は弱冠20歳だが、落ち着いていた。右ジャブを打ち、相手の動きをじっくりと見ていた。対照的にいつも通り攻撃的だったのが吉野だ。リングサイドに風を切る音が聞こえるほどの左フックで相手を威嚇し、続けざまに左アッパーの3連打。だが、佐藤はひるまず応戦した。2回はお互い、相手の動きを見る静かなラウンド。3回になると佐藤はタイミングをつかんだのか、左ストレートが当たり始める。これまで左一辺倒の吉野だったが、この日は右を織り交ぜコンビネーションを打ち込む姿も見せていた。

 そして4回。強打者同士の一戦は、一気にフィニッシュへと向かっていった。

吉野の左フックに佐藤の動きが一瞬止まり、膝がほんの少し沈んだのだ。チャンピオンはその異変を見逃さずに連打を仕掛けた。クリンチ。レフェリーの再開のコールに再びパンチをまとめ、ダウンを奪う。立ち上がったところにアッパー、フックとつなげ、コーナーに追い詰めた次の瞬間、レフェリーが試合をストップした。セコンドがリングに入り絶叫しながら11度目の防衛に成功した王者と抱き合い喜びを爆発させた。まるで世界王者誕生の瞬間を思わせるほどのシーン。陣営にとっては、それだけ危機感を持って臨んだ防衛戦でもあった。

 客席から「吉野コール」が響き渡る中、勝利者インタビューがスタートした。「佐藤選手(のパンチ)が強くて歯を折られてしまいました。(この試合は)倒して勝たなければならなかった。もう崖っぷちなので…」とほっとした表情を浮かべた。

確かに後がない立場だった。前戦(91年12月)は日本スーパーウエルター級王者・上山仁(新日本木村)とノンタイトル戦で対戦した。ともに10連続防衛中の日本王者同士の対戦となり、大きな注目を集めた。序盤は試合を優位に進めながら、結果は7回KO負け。2連敗は許されない中での佐藤戦だったが、再起戦にしてはあまりに高いハードル。覚悟を持って臨んだリングでみせた勝負魂。これぞ吉野という試合ぶりで復活をアピールした。

 吉野はその後、日本タイトルの連続防衛を「14」まで伸ばし王座を返上。その数字は現在も同級の連続防衛記録として残っている。93年6月には1階級ウェートを落とし、WBA世界スーパーライト級王者ファン・マルチン・コッジ(アルゼンチン)に挑戦。左フックで果敢に王者に挑んだが、5回に3度のダウンを奪われKO負けした。引退後の2005年に、生まれ故郷の東京都葛飾区青戸に「エイチズスタイルボクシングジム」をオープン。

現在はアマチュア選手の指導に励んでいるが、1990年代のプロボクシング界を彩り、記憶に残る代表的な選手だった。敗れた佐藤は、93年2月に吉野の返上した王座を大東旭(グリーンツダ)と争い、6回KO勝ちで王座を獲得。10度の防衛を果たし、世界挑戦を狙っていたが願いはかなわず、王座を返上して引退した。

 ◆吉野 弘幸(よしの・ひろゆき)1967年8月13日、東京都葛飾区生まれ。58歳。85年2月に17歳でプロデビュー。88年3月に日本ウエルター級王座を獲得すると14連続防衛に成功。その後、東洋太平洋ウエルター級、日本スーパーウエルター級王座も獲得。戦績は36勝(26KO)14敗1分け。身長177センチの右ボクサーファイター。引退後の2005年3月に東京都葛飾区青戸に「エイチズスタイルボクシングジム」をオープン。

 ◆佐藤 仁徳(さとう・じんとく、本名まさのり)1971年7月25日、宮城県宮城郡七ヶ浜町生まれ。

54歳。仙台育英高時代の89年10月にプロデビュー。92年4月に日本ウエルター級王者・吉野弘幸に挑戦するが4回TKO負け。プロ12戦目で初の黒星。93年2月に日本ウエルター級王座を獲得し、10度の防衛に成功。96年8月の引退後は、母校のボクシング部コーチを務めていたこともあった。身長178センチの左ボクサーファイター。戦績は25勝(23KO)2敗。

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