サッカー日本代表の森保一監督らを育て、Jリーグ広島の総監督を務めた今西和男さんが16日死去した。クラブが発表した。

享年85歳。

 クラブは公式サイトで「サンフレッチェ広島の初代総監督である今西和男さんが、4月16日にご逝去(享年85歳)されました。サンフレッチェ広島の基盤と、育成型クラブの土台を築き上げ、クラブのために多大なるご尽力をいただきました。ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします」とつづった。

 ◆代表取締役会長・久保允誉氏コメント

「サンフレッチェ広島の礎を築かれた初代総監督、今西和男氏の悲報に接し、深い悲しみと喪失感に堪えません。クラブを代表し、心より哀悼の意を表します。

 今西さんを一言で表すならば、まさに「教育者」でした。Jリーグ参入という激動の時代にあって、「広島という地方都市は、育成型のクラブを目指していかなければならない」という強い信念のもと、サンフレッチェ広島の誕生に多大なるご尽力をいただきました。才能を見出し、愛情を持って育て上げる。『サッカー選手である前に、良き社会人であれ』と説かれたその揺るぎない情熱が、『日本一の育成型クラブ』というサンフレッチェ広島のDNAとして深く刻まれています。また、長年のクラブの悲願であったサッカースタジアム建設につきましても、今西さんとはクラブの黎明期より誘致に向けて共に走り続けてまいりました。エディオンピースウイング広島という新たな舞台で躍動する選手たちの姿を、これからも末永く見守っていただきたかったと誠に残念でなりません。

 私がクラブ経営を引き継いでからは、現場の強化は今西さんに託し、それぞれの持ち場で共に歩んでまいりました。苦しいことも多くありましたが、私にとっては本当に楽しい時間でした。これまでのサンフレッチェ広島、そして日本サッカー界への計り知れないご功労に深く感謝申し上げますとともに、安らかにお休みになられますよう、心よりお祈り申し上げます」

 ◆今西 和男(いまにし・かずお)1941年1月12日、広島市生まれ。4歳時に広島市で被爆。市舟入高から東京教育大(現筑波大)へ進み、63年にJ1広島の前身でもある東洋工業蹴球部に入る。69年に腰のけがで現役引退。DFとして活躍し、日本代表としても3試合出場。82年、マツダの総監督に就任し、ゼネラルマネジャー(GM)の草分けとなる。森保一や久保竜彦ら無名の選手を発掘。日本協会の技術部副委員長、岐阜の社長なども歴任した。

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