◆JERAセ・リーグ DeNA2―7巨人(25日・横浜)

 渾(こん)身の1球で火消しした。不穏な空気を又木鉄平投手(27)が一掃した。

3回。先発のマタが2失点。残した2死満塁のピンチで、左の京田と対峙(じ)した。「満塁から投げたのは人生で初」。低め直球で一ゴロに封じ、追い上げムードを止めた。「そこはチームプレー。マタのカバーもできて良かった」。ロング救援で3回1/3を0封。プロ3年、通算11登板目で初勝利が舞い込んだ。

 大学、社会人経由の入団で既に27歳。開幕2軍からアピールしてきた。反省を糧に「1軍では自然と力む。

一発回答するには意識を変えないといけない」。ファームでは先発の日も「2、3回でバテていい」と先を考えず投球。「もう2軍でぶっ壊れてもいい」。目の前の一投に懸けるようになった。

 新境地を開けたのは2つの助言だった。先発で5失点KOされた昨年9月4日のヤクルト戦(岐阜)。阿部監督にマウンドで言われた。「自分で情けないと思って。取り組む姿勢を変えないとね」。ルーキーイヤーからチャンスをくれた指揮官が目を覚まさせてくれた。今年はキャンプ中に石井2軍監督に呼ばれた。「ブルペンと同じようにもっといけ!」。

“リミッター”を解除し全球種で腕が振れるようになった。この日の3三振は全て変化球。求めてきた姿だった。

 中学1年で父を亡くした。がんだった。野球を始める前はサーフィンやスケボーにハマった。宏和さんに影響された。幼少期は山梨から父の単身赴任先だった神奈川の海沿いへ遊びに行った。「野球を始めたきっかけ? お父さん」。高校球児だった父とのキャッチボールを今も思い出す。

 高校2年の秋。母に頼んだ。

「負担をかけるけど、ご飯をたくさん作ってほしい」。自家製の唐揚げとカレーを朝晩、無我夢中で食べた。3年夏に20キロ増の体重88キロ。プロになって恩を返すと決めた。「持って行きな」―。大学で親元を離れる時、金色の指輪を受け取った。父の形見を握りしめ、自分と約束した。「お母さんにマイホームを建てる」

 昔から親の誕生日などに手紙を渡してきた孝行息子。開幕前、母に会いにいった。テーブルに並んだ唐揚げをたいらげ、気持ちを入れ直した。「親が何不自由なく育ててくれた。自分を苦労人だなんて思ったことがない。

(初勝利は)うれしいけど、お父さんとお母さんにまだ、全部の恩を返せてない」。一球入魂にはワケがあった。(堀内 啓太)

 ◆清水隆行Point 一発が出れば試合がどうなるかわからない状況で登板した又木。横浜スタジアムのムードが高まる、投手としてはとても難しい場面で、見事に1球で打ち取り、その後の3イニングも無失点。好調なDeNA打線に対して、ストライクを先行させ、そしてクイックを使うなどフォームにも緩急をつけ、打者のタイミングをうまく外した。低めに決まるチェンジアップも有効だった。(野球評論家・清水 隆行)

 ◆又木 鉄平(またき・てっぺい)1999年2月12日、山梨・笛吹市生まれ。27歳。石和北小3年時に石和北野球スポーツ少年団で野球を始め、石和中では軟式野球部。日川高では甲子園出場なし。東京情報大では1年春からベンチ入りし通算15勝11敗。日本生命を経て23年ドラフト5位で巨人入団。

球種はカーブ、スライダー、スラーブ、チェンジアップ。182センチ、95キロ。左投左打。

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