【暴れ出した自分】
アルカンシェル――
自転車競技の世界選手権で優勝者に贈られる虹色のジャージ。同競技を極めようとする者であれば、誰もが憧れるウェアだ。
そのウェアに袖を通した数少ない日本人選手のひとりが、窪木一茂(福島・119期)。
スクラッチとは1周250mのトラックを60周、計15キロ走って順位を競うシンプルな中距離種目(現在は10キロに変更)。窪木は優勝を決めるそのレースが終盤に差し掛かったころ、これまでにない感覚に襲われていた。
「積極的に走ろうとは思っていなかったんですが、レース中に暴れたい自分が出ましたね。最後はひとりで2ラップして逃げ切って優勝という、すごく強い走り方で勝ちました。本当にあれだけいいメンバーがいたのに、よくあれだけギアもかけて、体も動いたなと思います」
最後は窪木がメイン集団を半周ほど突き放してそのままゴールラインを1着で通過。アルカンシェルを手にした時の気持ちを窪木はこう語る。
「高校1年から自転車競技を始めて、その当時から世界一がどのくらいすごいのかというのはわかっていました。だからそれを着用した時のインパクトは大きかったです」
震えるほどの感動を味わった窪木は、翌2025年10月の世界選手権で今度は全4種目で争うオムニアムで銀メダルを獲得。腰痛を抱えながらのレースで試合後には「悔しい」と唇を噛んだが、2022年、2023年のスクラッチで銀メダルを獲得しており、これで4年連続表彰台に上るという快挙を成し遂げている。
「実はたくさん言われます。『年齢を重ねるごとに強くなりますよね』とか、『本当に36歳なんですか』とか......。どれだけ年齢のことを聞いてくるんだよと思っています」
そして「年齢という数字は関係ない」ときっぱり言い切った。終始、冷静かつ淡々と自らを俯瞰するかのように語る窪木のこの言葉に、穏やかだった雰囲気がピリッと引き締まる感じがした。
窪木が年齢を感じさせない結果を出し続けられるのは、いったいなぜなのだろうか。彼の競技人生から探ってみたい。
【人生を決定づけた光景】
窪木と自転車競技との出会いは前述のとおり高校1年生の時。最初の衝撃を今でも鮮明に覚えているという。
「高校では一流に触れたい、高い目標を持ってやりたいと思って部活動を探していて、自転車部であればそれを叶えられると思って体験入部に行ったんです。そこでふたつ上の先輩(我妻敏/現日本大学自転車部監督)がローラーを漕いでいて、たまたまその先輩が青白赤ベースの『JAPAN』と書かれたジャージを着ていたんです。当時全国1位の方だったんですが、その先輩に憧れて自転車部に入りました」
トップクラスで活躍したいという強い意識を持って見学に行った窪木にとって、ナショナルチームのジャージはひと際輝いて見えた。そしてこの光景が、彼の人生を決定づけた。
現在窪木は中距離種目を主戦場としているが、当時は長距離種目でも活躍。3年時には全日本ロードレースのジュニアの部で3位になると、ジュニア日本代表に選出され、念願だった「JAPAN」のジャージに袖を通した。
さらにその夏にカナダで開催されたジュニアの世界大会「ツール・ド・ラビティビ」の最終日に優勝を飾ると、一気に期待の若手として注目を集めた。「これを機に大学進学の話も、自転車のサポートの話も舞い込んできた」という。
またナショナルチームでも活動し2012年のロンドンオリンピックを目指していたが、「選考順位で3番目だった」窪木は落選。しかし自身の伸びしろを確信し、「国際試合を経験させてもらって、そのきらびやかな世界を体験したことで、次のリオ(デジャネイロ)オリンピックを目指したい」と、大学卒業後も競技を続けることを決意した。
選んだ道は和歌山県職員。いくつもの要因が合致しての選択だった。
「2015年に和歌山で国体があって2016年にリオオリンピックがありました。
働きながら競技にも真剣に打ち込める環境があったことから、関西に拠点を置くことを決意。「やるからには覚悟を持って取り組もう」と朝から夕方まできっちりと業務をこなした後にトレーニングに励む日々を送った。その結果、国体ではロードレースで優勝し、リオデジャネイロオリンピックでは中距離種目のオムニアムの日本代表として初出場を果たした。
結果はオムニアムで14位。「全然力が及ばなかった」というが、意欲が衰えることはなかった。
【あくなき向上心と探求心】
窪木はその後も競技を続ける道を模索し続けた。和歌山県庁退職後の2016年からイタリアに渡りロードレースの選手として活躍。「ヨーロッパでの競技活動はすごくよかった」と充実した毎日を送った。
東京オリンピックには、ロードレースでの出場と上位進出を狙っていたが、「高低差のあるコースに変わったことで、これは厳しいなと感じていた」。そんな時、チームブリヂストンサイクリングから「トラック種目で東京オリンピックを目指さないか」との誘いがあった。
窪木はその誘いを受けて帰国。しかし最終的に落選の憂き目にあってしまう。実力的には申し分なかったが、本人は当時のコーチとの関係性も含め、「2年間では時間が足りなかった」と準備不足が原因だったと今では捉えている。
そんななかで、新型コロナウイルスがまん延し、東京オリンピックが1年延期になった。これを機に日本競輪選手養成所への入所を決断する。その大きな決め手となったのが、日本短距離界の躍進だった。
「海外にいる時から、日本のトラック競技、とくに短距離がずば抜けて伸びているなと感じていました。聞いてみると、ナショナルチームに来た外国人コーチたちがトレーニング法を一新してやっていると。僕は長年パワーとスピードが自分には必要だと思っていたので、彼らの短距離の練習をやってみたかったんです。そのコーチたちが、養成所にそのカリキュラムを落とし込んでいて、それを候補生たちがやっていると聞きました。だから僕は養成所に行かないといけないと思いました」
この養成所で課題であったパワーとスピード面を強化したことにより、さらなる高みへの礎を築いた。養成所卒業後は、自転車競技と競輪の二刀流で活躍し、とくに軸足を置いていた競技のほうで好成績を連発。前述のとおり世界選手権で金メダル1個、銀メダル3個、2024年夏には8年ぶりとなるオリンピックにも出場した。
そして現在は2年後に控えるロサンゼルスオリンピックを見据え、日々鍛錬を積んでいる。パリオリンピックではオムニアム、マディソンとも6位という結果だったため、狙うはメダル獲得かと思いきや、「オムニアムで金メダル、マディソンでも金メダルを獲れると思っています」とさらなる頂に照準を合わせている。
そして「ロスが終わったらいよいよ競輪を頑張ります」と次大会が競技における集大成になると断言した。
【競輪選手になれたからこそ】
今なおトップフォームを維持する窪木。これまでのキャリアを見ても陰りが見えないどころか、右肩上がりであるとさえ言える。その理由をさらに掘り下げて聞くと、熟考したうえで慎重に言葉を紡いだ。
「闘志を燃やし続けることです。それに尽きます」
そう思えるようになったのは、きっかけがあったという。
「競輪選手になれたからそう思えています。職業としてのプライドを持てたからです。2000人を超える選手たちが、この世界で生きていくために、体を鍛え、技術を磨き、健康を維持しています。それを知ってから僕もそうでなければならないし、それが必然だと思いました」
順位という結果で判断されるシビアな世界に生きている競輪選手は、自らの誇りのため、そして生きる糧を得るために、常に高いモチベーションを持ってレースに挑んでいる。窪木は競輪に参戦することでその高い意識に触れるとともに、年齢についても意識が大きく変わったという。
「僕の高校の先輩である佐藤慎太郎さん(福島・78期)は今49歳で、ずっと闘志を燃やしてやっています。また同郷の新田祐大さん(福島・90期)も僕より年上で、まだまだ頑張っています。そんなおふたりに会って感じるのは、年齢という数字は関係ないということです。36歳で限界なんて言っていられません」
男子競輪選手の平均年齢はおよそ39歳で、40代はもちろん50代でもトップクラスで活躍している選手がいる。30代の選手が年齢を言い訳にできないのも当然だろう。
「グランプリには出場したいです。だから今、競輪に参加した時にはあらゆる情報を収集しています。まずはGⅠ優勝を目指したいですね」
競輪専念後にいいスタートダッシュを切れるように、現時点でやれることを着々と進めているのだ。
競技への向上心と探求心、そして競輪選手というプロアスリートとしてのプライドも持つ窪木。年齢を超越した尽きることのない闘志が、これからも彼の背中を押し続けることだろう。
【Profile】
窪木一茂(くぼき・かずしげ)
1989年6月6日生まれ、福島県出身。高校から自転車競技を始め、長距離選手として国内外で好成績を残す。大学時代にはナショナルチームにも所属。卒業後は和歌山県職員として働きながら競技を続け、2014年の和歌山国体ロードレースで優勝。2016年のリオデジャネイロオリンピックではオムニアム14位となる。同年イタリアに渡りロードレースの選手としてヨーロッパのレースに参戦。2018年に帰国してチームブリヂストンサイクリングに所属しトラック中距離選手として活躍。その後も数々の国際大会で好成績を残し、2022年、2023年に世界選手権のスクラッチで銀メダルを獲得。2024年にはパリオリンピックに出場し、オムニアムとマディソンで6位となる。同年に世界選手権のスクラッチで金メダルを獲得し、2025年の同大会ではオムニアムで銀メダルとなる。競輪選手としてはS級2班に所属し活躍する。



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