中谷潤人が振り返る井上尚弥戦 前編
東京ドームでの井上尚弥戦を終えた世界3階級制覇王者・中谷潤人。その強さの源泉に迫る話題の書籍『超える 中谷潤人ドキュメント』を上梓したノンフィクション作家・林壮一氏による試合翌日のインタビュー。
【「すごくいい入り方だった」】
「左眼窩底骨折してしまって、まだ日程は決まっていませんが、近々、手術することになりました。応急処置をして、今日のお昼くらいに自宅に戻ってきました」
5月3日の16時過ぎ、中谷潤人から電話を受けた。5万5000人が見守った東京ドームでの井上尚弥戦終了から、17時間半後のことだ。彼の口調からは、悔しさよりも充足感が伝わってきた。
「この試合に向けたキャンプも含め、やってきたことが出せたと思っています」
WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトルに挑み、プロ生活33戦目にして初黒星を喫した中谷だが、すでに前を見据えていた。
3月18日から4月17日まで行なったロスアンジェルス・キャンプでの中谷は、師であるルディ・エルナンデスから、かつてないほど難しいオーダーを受けた。
「ディフェンス主体。まずは、相手のパンチを躱(かわ)すことにプライオリティーを持て」
そのうえで、ガードの位置、ポジショニング、バランスの取り方、カウンターのタイミングに関して、細かすぎるほど指示され、体に染み込ませていった。
無論、数々のトップファイターを沈めてきた"モンスター"井上のハードパンチを警戒し、立てた作戦だった。
ルディの右腕として中谷を指導するトレーナーの岡辺大介も、「下がるな」「もし、井上が打ってきた時に体を丸めてしまったら、向こうの思う壺だ。とにかく頭を動かして、狙いを定めさせるな」「重心を低く。
試合開始のゴングから、中谷はキャンプでの課題通りに、膝を折った低い体勢から、右の拳でフェイントをかけた。そして左のガードを顎から下げず、小刻みに頭を動かしながら細かいジャブを放った。
中谷の述懐。
「すごくいい入り方だったな、と感じています。ポイントは別として、僕のイメージ通りの立ち上がりでした。
井上選手は『踏み込みのスピードがあるな』という印象でした。ただ、彼の能力、すべてを高く想定して準備したので、実際に向かい合ってみて、『動きに反応できる。ある程度タイミングは計れるな』と」
【井上は序盤で"ボクサー中谷潤人"を学んだ】
ファーストラウンドの手数はチャンピオンのほうが多かった。だが、クリーンヒットはお互いにない。中谷は自身の距離を保った。2ラウンドもチャンピオンのボディ攻撃を、バックスステップで躱した。
甲乙つけ難いクロスファイトとなる。
米国では、この4冠統一スーパーバンタム級タイトルマッチの放送権をDAZNが握ったが、実況アナウンサーは「採点が難しいファイトですね」と発言している。
「僕は立ち上がりからディフェンシブに闘いました。井上選手がステップインして打つジャブを多少もらっていましたが、それはもう仕方ないなと。中盤以降に攻めて、追い上げるプランでした」
中谷は冷静に振り返った。
「序盤の井上選手は、僕を"知ろう"としながら闘っていたように感じました。相手を理解する速度には目を見張るものがありましたね。タイミングも優れています。自分の体を慣らす意味で、あれだけの時間を要したのだという感じです。今考えれば、最初の4ラウンドで井上選手は"ボクサー中谷潤人"を学んだのでしょう」
前稿(※)で記した、元世界ヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーンの「ジュントは、もっと左ストレートを打てばよかった」なる意見についても訊ねた。
(※「挑戦者が使うべきだったパンチ」とは? 元ヘビー級王者が中谷潤人の目線で語る、井上尚弥戦の勝負を分けたポイント)
「僕の左ストレートを井上選手が警戒していたのはわかりました。空振りしてバランスを崩してからのリカバリーも整っていましたし、ステップイン、アウトのスピードがありました。無理やり自分から体勢を崩して左ストレートを打ちにいくのは、リスクがあったと思います」
【5ラウンドから攻勢に】
5ラウンド開始前のインターバルで、ルディ・エルナンデスから「倒せ!」という声がかかる。中谷は仕掛けた。同ラウンド終盤に、ボディへの左ストレートから右フックをヒットして、流れを手繰り寄せる。ふたつのジャブからの左打ち下ろしも、浅くだがモンスターを捉えた。
「井上選手は打ち終わりの切り替えや、僕が回ろうとした時に追いかけてきて、詰める速さがありました」
翌6ラウンドも中谷の距離で試合が進む。挑戦者は、井上が懐に入ってくるところにアッパー、あるいは左ストレートを放とうと試みたが、チャンピオンも高度な技術でクリーンヒットさせない。
第7ラウンド開始早々、中谷は左フック、右アッパー、左ストレート、右フックのコンビネーションを繰り出し、アドバンテージを取る。8ラウンドはクロスレンジでパンチを交換し、挑戦者の左打ち下ろしと右フックがヒット。しかし井上には、決定打をもらわない防御テクニックがあった。
そして試合は、勝負の終盤を迎える。
(後編:中谷潤人は勝負のラウンドで「視界が二重になった」 120パーセントを出した井上尚弥戦を経て「KOアーティストを目指す」>>)



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