連載:NEXT STAGE~トップアスリートのセカンドキャリア
後編:競泳・今井月インタビュー(全3回)
競泳種目でオリンピック1回、世界水泳2回出場を成し遂げた今井月(いまい・るな)さん。2024年、23歳の時に現役生活に区切りをつけ、2025年4月からTBSの社員となり、現在は報道番組の制作スタッフとして、充実した日々を送っている。
現役時代の経験は日常の業務にあたるうえで、やはり大きな礎となっている。
◆前編>>切り拓いた新たな人生 プールからTBS報道局への挑戦
◆中編>>「私、まだ、23歳じゃん」2度目のオリンピックに届かず競技人生に区切りをつけた理由
【競技経験が育てた仕事への姿勢】
──水泳をやってきた経験が今の仕事に生きている部分はありますか。
今井 速く泳ぐこと自体はまったく役に立ちませんが(笑)、速くなるために努力を積み重ねた過程は、生きています。取材の段取りを組み立てる時、目標から逆算して考える過程は、現役時代の経験と似ていますし、自然と身についた習慣だと感じます。
──国内外を問わず長期の遠征や合宿も多かったので、環境の変化にも慣れているのではないでしょうか。
今井 その部分はそうかもしれません。生活環境の変化には慣れていますし、まったく抵抗はありません。毎年4月が来ると、新鮮な気持ちで日々過ごせています。
あと、そんじょそこらのことでは折れないですね。仕事で難しいことを求められたときも、そこまでネガティブにはならず、わりと冷静に受け止められるタイプだと思っています。これまで競技で散々ストレスを感じてきたので、ストレス耐性も強いほうな気がします(笑)。
それ以上に、自分にまかされたことはまかせてもらった人の期待に応えたいという気持ちが根底にあるからです。それは現役時代から変わらない部分で、家族をはじめ応援してくれる人たち、信じて取り上げてくださるメディアの方々に、いい結果で恩返ししたい、喜んでほしいという思いを持って、ずっとやってきました。
──仕事柄、夜遅くまで、時には朝まで仕事することもあるのではないですか。
今井 今のところ朝までというのはありませんが、終電間際まで打ち込むことはあります。でも選手だった時に比べれば、身体的にも精神的にもまったくきつくないです。オリンピックに1回、世界水泳に2回出場できたことは、自分で頑張って得たものとして、自分という人間の強みになっていると思います。
【若くして注目を浴びても勘違いしなかった理由】
──現在、上を目指して競技に打ち込んでいる後輩、特に学生に向けてアドバイスはありますか。
今井 スポーツ以外に何かこれといったものを持っておいたほうが、絶対にいいと思います。人生って掛け算だと思っていて、自分という人間に何を掛けられるか、ということです。掛けられるものが多ければ多いほどいいと思います。
水泳に没頭することも今しかできない貴重な経験であることは間違いないですが、合間を見て、それ以外にも自分といえばこれ、というものが用意できるなら、ぜひそうしてほしいと思います。トップスイマーでも、長い人生を通して水泳だけで生きていくことは難しいと思います。スポーツ以外の何かが勉強なのか、音楽なのかはわかりませんが、何かを見つけることは大切だと思います。
──勉強はやはり大切。
今井 私自身、それほど熱心に取り組んだわけではないので......。ただ、中学の時は学校や海外遠征で学校に行けないことも多かったのですが、授業が急に難しくなるじゃないですか。なので父親にクラブと自宅の移動送迎をしてもらっている車中で、数学のYouTubeをたくさん見て学んだり、夜2時頃まで勉強したりしていましたね。
──やっていたじゃないですか。
今井 いや、高校以降は胸を張れるほどではないですけど、就活の時はしっかりやりましたよ(笑)。
──12歳から23歳まで、ほかの多くの競技なら成人してから集めるような注目を若年の時期に経験するのは、競泳の特異な面ではあります。
今井 たぶん、結果がいい時はちやほやされてきたと思いますし、自分も浮かれていた時もあるかもしれないですが、勘違いしきらずにこられたのかなと思います。一時的にそういう時期があったにしても、水泳をやめたあともちやほやされたり、競技成績に頼って生きていけるとは思っていなかったと言いきれます。
兄も大学まで水泳競技に打ち込んでいましたけど、進学や就職を重んじるタイプで、昔から「るなは俺よりも水泳を頑張って努力してきたんだから、絶対俺よりも幸せになれよ」とずっと言い続けてくれていました。最初は何を言っているんだろうと、その意味をよく理解していなかったのですが、時を重ねるにつれ、それはきちんと仕事に就くこと、軸のある人間でいることがいい人生を送るという意味であることを理解するようになりました。だから、競技を終えても宙ぶらりんなままでいたら、きっと兄も父も悲しいんだろうなと思って、就職活動を始めたのです。
【充実の日々、そして未来へ】
──そこは大きいですね。
今井 めちゃくちゃ大きいです。兄が水泳をやめたあと、大手保険会社に就職して社会人として頑張っているんだから、自分も競技を終えた後は充実した人生を歩みたいなという思いはずっとありました。だから、兄が興味を持っていたテレビ局も、就職先として頭の片隅にあったと思います。「俺より幸せになれよ」という言葉は、ずっと私の励みになっています。
──今は幸せですか。
今井 幸せ、なのかな? というより、すごく充実しています。報道局なので何が起こるかわからない刺激的な毎日を送っています。自分のやりたい企画を自分なりの形で進められることもやりがいを感じますし、先日担当させていただいた(競泳の)池江(璃花子)選手の企画でも自分にしかできない取材の仕方を模索して、あれこれ考えるのもすごく楽しかったです。
──将来の夢や目標はありますか。
今井 やはり結婚もしたいですし、家族もほしいですが、人生を通して仕事とちゃんと両立していきたい気持ちは強いです。まだ入社2年目で、できることが全然少ないことも痛感しています。
でも、時間をかけていろんなことを学び、報道でもっと記者らしい仕事をこなせるようにして、いつかはスポーツ局にも行きたい。さらにいえば、テレビ局の営業も経験して、お金の稼ぎ方やスポンサーとの関わり方なども学びたいという気持ちもあります。
ただ今は、まず目の前の仕事をきちんとできるようになるよう、努力していきたいと思います。
●Profile
いまい・るな/2000年8月15日生まれ、岐阜県岐阜市出身。3歳の誕生日から水泳を始める。2012年の小6時に50m、100m、200m平泳ぎ、400m個人メドレーで学童新記録を樹立すると、岐阜西中に入学したばかりの2013年4月に初出場となった日本選手権の200m平泳ぎで3位入賞。一躍注目を集める。その後、順調に成長を続け、2016年に200m個人メドレーでリオデジャネイロ五輪(準決勝進出)、2017年も同種目でブダペスト世界選手権で5位入賞を果たす。その後は東洋大時代も含め長らくオリンピック、世界水泳の日本代表から遠ざかるが、2023年4月の日本選手権200m平泳ぎで自己ベストを更新して優勝を果たし、6年ぶりに世界水泳(福岡)代表となった(本大会は準決勝進出)。同年秋のアジア競技大会では200m平泳ぎで銅メダル獲得した。2024年3月のパリ五輪選考会を最後に引退。



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