元競泳日本代表・今井月が切り拓いた新たな人生 プールからTB...の画像はこちら >>

連載:NEXT STAGE~トップアスリートのセカンドキャリア
前編:競泳・今井月インタビュー(全3回)

2013年、12歳で競泳日本選手権女子200m平泳ぎで3位に入って以降、トップスイマーとして活躍してきた今井月(いまい・るな)さん。日本代表としてオリンピック1回、世界水泳2回の出場という輝かしい実績を残してきた。

2024年3月、23歳で迎えたパリ五輪代表選考会で惜しくも代表入りを逃したことで競技人生に終止符を打ったが、その後の人生として選んだのは、就職活動を通して入社した株式会社TBSテレビでのキャリアだった。

次のロサンゼルス五輪を目指せる力を備えていたこともあり、引退を惜しむ声も強いなか、今井さんはなぜ第一線を退き、公募の就職活動を通してテレビ局に入社したのか。「アスリートのセカンドキャリア」をテーマに話をうかがった。

「よろしくお願いします。今、手続きしてきますね」

 取材場所のTBS本社の受付に、今井さんは現役時代のイメージそのままの笑顔と佇まいで姿を現した。入社2年目、日本を代表するテレビ局で充実した日々を送っている様子がうかがえる。

 最後に競技者として今井さんを目にしたのは、2024年3月のパリ五輪代表選考会、東京アクアティクスセンターのプールサイド。目標に届かずに涙にくれる姿だった。レベルの高さゆえ、女子200m平泳ぎの五輪選考は、毎回残酷なまでに勝者と敗者のコントラストを映し出す。水泳が好きで続けてきたとはいえ、今井さんが生きてきたのはそういう世界でもある。

 プールから上がって約2年。トップスイマーからテレビ局社員へ。

今井さんは着実に新たな人生を歩み続けている。

【夕方の報道情報番組で過ごす日々】

──現在は、報道局で業務に当たっていますが、まずは入社以降の流れを説明していただけますか。

今井 昨年(2025年)の4月に正社員としてTBSテレビに入社して、6月に報道局に配属となりました。8月からは報道番組『Nスタ』(毎週月曜から金曜、午後3時49分~放送 ※一部地域を除く)のアシスタントディレクター(AD)として働き始め、今年の4月からはチーフADとして仕事をしています。

──具体的な仕事内容は、どのようなものですか。

今井 ADはその名のとおり、企画テーマの責任者であるディレクターの補佐的な役割です。『Nスタ』は毎日、放送があるので、その日に取り上げるニュースや流行りのテーマに関する資料など、VTR制作に必要な素材を集めることが主な業務です。

 とはいえ内勤的なものばかりでなく、取材に出させてもらう機会も結構あるので、ひとりでカメラを持って出かけることもあります。「卵の値段高騰について街の人はどう思っているのか」を取材することもあれば、「朝食はパン派か、ご飯派か」みたいなポップめな取材をしに行ったり......日常生活に近い話題について一般の方々に取材しに行くこともやっていました。

 チーフADは、ひとつのテーマに対してベッタリつくというより、ADの皆さんの配置などを行なうなど、総括的な業務も仕事のひとつになります。

 また、今年は弊社が中継を担当するアジア競技大会(9月、名古屋開催)が開催されるので、通常業務とは別に同級生の池江璃花子選手の企画を担当させていただきました。

──1日のスケジュールを教えてください。

今井 朝9時に出社して、ADさんをどのテーマに配置するかを決めます。

9時半から朝の番組会議があり、だいたい10時前ぐらいに終わります。その日、取り上げるテーマについて皆で話し合ったあと、ナレーターさんの希望を聞いたり、VTRに必要なCGを発注したり、完成した素材を制作の現場に届けたりします。

 番組は午後3時49分から7時まで放送されているので、終了までは必ずオンエアを現場で見守ります。自分のネタが17時頃に終わっても、何か起こる可能性もありますし、地震など予期せぬことが起こった場合はその対応に当たるので、ずっと準備はしています。7時に番組が終わったら反省会を30分ほど行ないます。

──休日はきちんと取れているのですか。

今井 平日の番組なので、基本、土日は休みとなります。当初抱いていたテレビ局のイメージからすると信じられないくらい、きっちり取れています(笑)。番組は祝日に関係なく月曜から金曜まで放送があるので、ゴールデンウィークなどは休めませんが、その後に時期をずらして休日が取れるようなシステムがあります。

【就職活動という新たな挑戦】

 中学1年時でシニアレベルのトップスイマーとして台頭した今井さんは、引退するまでの約10年間、世界で戦うことを目指すレベルで競技に打ち込んできた。しかし引退を決断したのは23歳。世間的にはちょうど社会に出る時期でもある。

競技ひと筋だった今井さんは、引退後の人生をどのように考えていたのか。

──2024年3月のパリ五輪選考会を区切りに競泳選手として引退しましたが(正式発表は同年9月)、そもそも引退後の人生設計について考え始めたのは、いつ頃ですか。

今井 漠然と考え始めたのは、高校生ぐらいです。兄がテレビ局に入りたいと思っていた影響もあって、なんとなくですが、テレビ局は就職先として少し興味がありました。でも、そのために何かしてきたわけでもなく、大学時代も同級生のように3年の時から就活をしていたわけではありませんでした。

 ただ、目指していたパリ五輪の選考会が終わり、現役もやめようと思った時に、すぐに就活しなきゃと思って。その時にテレビ局に入りたいという気持ちが猛烈に出てきました。

──大学を卒業してから2年目のことですよね。どのように就職活動を進めたのですか。

今井 パリ五輪選考会が3月にあり、4月頃に就職活動をしようと思い立ち、インターネットで調べていました。高校生から漠然と興味のあったテレビ局を中心に見ていくなかで、TBSが2025年4月入社の後期採用というものを受け付けていました。条件として、入社時の年齢制限が28歳までと、大学卒業後でも応募ができる仕組みでしたし、私自身は2025年4月入社を希望していたので絶好のチャンス、とにかくこれに受かりたいと思い、就職活動をしました。

採用自体は「報道局」「情報局」で限定されていたのですが、これまでスポーツばかりやってきたからこそ、スポーツ以外の世界も見てみたいと思い、報道志望で受けました。

 同期入社には大学院卒の社員も多いため、年齢差をあまり感じにくいです。

──一般入社ですよね。

今井 もちろんです! 報道で試験を受ける以上、時事問題は特に勉強しました。例えば、『報道特集』といった弊社の報道ドキュメンタリー番組をたくさん見たり、時事問題の本を買ったりして、その時話題の出来事にはある程度、自分の意見まで言えるように日々興味関心を持つように過ごしていました。

「就活して入社したんだよ」と伝えると、ほとんどの人がとても驚きますけどね。

──最終面接ではどのようなことを話しましたか。

今井 就職活動の面接でよく聞かれると思いますが、「最後に何か言いたいことはありますか」と最後に質問をされた時、「パリ(五輪)の内定はつかめなかったので、この内定だけは本当にいただきたいです」って言いました。そうしたら面接官の皆さんに笑われました。

──ご家族の反応はいかがでしたか。

今井 父親は、私の水泳を見るのが生きがいだったと思うので、就活していることを伝えた時は、本当に辞めてしまうんだなと、たぶんショックだったと思います。でも、特にそういうことも言わずに「就活を頑張れよ」と言ってくれて、内定した時もすごく喜んでくれました。

自分としても、水泳をやめたあとも何かに就くことができたという安心感はありました。

――うれしさよりも、ほっとした気持ちが強かった。

今井 ずっと不安だったんです。競技で結果を出せたとしても、その後どうするんだろうと。水泳しかやってこなかったし、世の中の仕組みもよくわからないまま、自分が20代後半、30代になった時にどうなってしまうのか。特に大学を卒業してからパリ五輪選考会を目指した1年間は、そのことを強く感じていました。

 大学卒業後はスポンサー契約を結んでいただきましたが、社員契約ではなかったので、やめたあとの保証がなかった。今だから言えることですけど、もしパリ五輪に行けて現役を続けていたとしても、競技引退後の人生を想像すると、怖さを感じる部分もあります。

 私、意外に安定思考なんです。競技者は旬があるじゃないですか。それにすがりたくないというか、結果によって収入や人生が変わっていくことに不安を感じるタイプの人間なんです。

中編につづく:「私、まだ、23歳じゃん」2度目のオリンピックに届かず競技人生に区切りをつけた理由

●Profile
いまい・るな/2000年8月15日生まれ、岐阜県岐阜市出身。

3歳の誕生日から水泳を始める。2012年の小6時に50m、100m、200m平泳ぎ、400m個人メドレーで学童新記録を樹立すると、岐阜西中に入学したばかりの2013年4月に初出場となった日本選手権の200m平泳ぎで3位入賞。一躍注目を集める。その後、順調に成長を続け、2016年に200m個人メドレーでリオデジャネイロ五輪(準決勝進出)、2017年も同種目でブダペスト世界選手権で5位入賞を果たす。その後は東洋大時代も含め長らくオリンピック、世界水泳の日本代表から遠ざかるが、2023年4月の日本選手権200m平泳ぎで自己ベストを更新して優勝を果たし、6年ぶりに世界水泳(福岡)代表となった(本大会は準決勝進出)。同年秋のアジア競技大会では200m平泳ぎで銅メダル獲得した。2024年3月のパリ五輪選考会を最後に引退。2025年4月にTBSテレビに入社し、現在は報道番組『Nスタ』のチーフアシスタントディレクターとして業務に従事している。

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