M&Aによる成長戦略が脚光を浴びている。2025年には東証適時開示ベースで前年比10%増の1344件、取引総額で同94.3%増の20兆8370億円と、いずれもリーマンショックに見舞われた2008年以降で過去最高を更新した。
そこで、M&Aで事業強化を実現している企業の戦略を深掘りする。第1回は、事務用品大手キングジム<7962>の髙橋荘太郎上席執行役員経営企画本部長に聞いた。
文具からライフスタイル用品事業へ進出
──キングジムが事業セグメントを「文具事務用品」と「ライフスタイル用品」の2つに分けたのはいつ頃からですか。
2008年7月からです。それまでは事業セグメントとしては実質的に1本でしたが、そのタイミングで2つに分けました。
背景には、文具市場の変化がありました。特にファイルなど紙を前提にした商品の需要が、ペーパーレス化の進行で縮小してきたことが大きいです。
加えて、文具店頭では価格競争も激しくなっていました。ラベルライター「テプラ」のように堅調な商材はありましたが、文具だけに依存するのではなく、新しい成長領域を育てる必要があると考えました。
──ライフスタイル用品事業への進出のきっかけは何だったのでしょうか。
出発点になったのは、生活雑貨やデザイン家電を手がけるラドンナ(東京都江東区)の買収です。
──ラドンナのどのような点に可能性を感じたのですか。
フォトフレームのような雑貨を入り口にしながら、デザイン性や企画力を生かせる領域だったことです。文具とは異なる販路を持ち、専門雑貨店など定価販売が比較的通りやすい市場でもありました。価格競争に巻き込まれにくく、粗利も確保しやすい点に魅力がありました。
──ライフスタイル用品事業は今後、どのような方向に広げていく考えですか。
商材面ではキッチン雑貨や家電的な雑貨、アウトドアなど、既存事業に近い隣接領域へと広げていきたいと考えています。チャネル面では、ホームセンターやドラッグストアなど、今の販路と重複の少ないところも開拓余地があります。基本はBtoC(一般消費者向け販売)中心ですが、BtoB(企業間取引)で有望な分野も選択的に広げていきたいです。
M&Aはシナジー重視、数十億円レンジで
──M&Aの基本方針について教えてください。
シナジーを最優先にしています。全く関係のない分野へ飛ぶのではなく、今の事業とつながりのある“隣の土地”を広げていく考え方です。既存の強みと接続性が高い領域を継続的に取り込んでいく方針です。
──“隣の土地”とは、具体的にはどういうイメージでしょうか。
たとえば、ライフスタイル用品の延長線上にあるバッグ、アウトドア、生活雑貨などです。商材だけでなく販路も含みます。既存とは異なるチャネルを持つ企業や、EC(電子商取引)の運営力を持つ企業、海外の販路やブランドを持つ企業も対象になり得ます。大事なのは、買収したあとにグループ内でどう価値を出せるかです。
──企業売却よりも買収を重視しているのですか。
はい。現時点では基本的に売却を前提にしたポートフォリオ組み替えは考えておらず、買収による拡張に軸足を置いています。
──買収規模はどの程度を想定していますか。
現実的には数十億円レンジです。100億円を超えるような大型案件は、現時点では難易度が高いと見ています。まずは無理のない規模で、シナジーを確実に取れる案件を積み重ねる考えです。
PMIの成果は
──PMI(M&A後の統合プロセス)ではどのような点を重視していますか。
親会社がきちんと関与しながら、早い段階でシナジー創出につなげることです。ただし、過度に介入しすぎると現場の自律性を損ないますので、そのバランスが大事です。放任でもなく、やりすぎでもなく、必要な共有と支援を行うことを意識しています。
──具体的には、どのようなPMIの仕組みをとっているのですか。
統合委員会やグループ会社を横断するマネジメントコミッティを設けています。情報交換や課題解決だけでなく、ワークショップや人材交流も行っています。双方向の出向や、人事制度の是正・標準化も進めています。
──PMIの成果はどの程度出ていると見ていますか。
感覚値にはなりますが、戦略目的の達成度としては平均で約80%くらいです。初期に行った買収は比較的高い達成度にありますが、直近の案件はまだ時間要因もあって未達の部分があります。
──最大の課題は何ですか。
スピードです。
──シナジー(相乗効果)として実感しているものはありますか。
販路の補完関係は大きいです。ある会社が強いチャネルを、別の会社の商品に生かせる。逆にこちらの企画力やデザイン力を相手側に水平展開できる。クロスセルや人材活用も含めて、徐々に効果は出てきています。
独自性とデザイン性が競争優位の源泉
──キングジムの競争優位の源泉は何だと考えていますか。
企画力です。生活の中の不便や不満に気づき、それを商品として形にする力が一番大事だと考えています。そこに独自性やデザイン性を加えることで、他社と違う価値を出していきます。
──その企画力は、どのような企業文化から生まれているのでしょうか。
社内では集団でアイデアや解決策を出し合うブレスト(ブレインストーミング)を非常に重視しています。
──代表的な商品例を挙げるとすると何でしょうか。
キーボード付デジタルメモの「ポメラ」は象徴的だと思います。あえてオフライン化(インターネットに接続しない)し、集中して書くことに特化した商品で、潜在ニーズをうまく拾えた例です。弊社の展開する文房具ブランド「HITOTOKI」も、若手が主導してヒットにつなげた事例です。失敗を恐れず、新奇性を追求することが重要だと考えています。
文具市場の環境変化に、どう立ち向かう
──市場環境については、どのような見方をしていますか。
文具市場では、ペーパーレス化によって縮小する領域が今後も出てくると思いますし、価格競争も厳しい状況が続くでしょう。その中では、高付加価値の商品を、適正価格で販売できるチャネルで展開することが収益確保の鍵になります。
──業界構造についてはどう見ていますか。
文具や周辺市場は、専門メーカーが各ニッチ分野で一強、二強を形成する分散型の構造です。
──今後の重点テーマを改めて教えてください。
大きくはライフスタイル用品の拡大、ECによる顧客接点の強化、海外販路の拡大の三つです。シナジー重視で隣接領域を着実に広げ、PMIではグループ横断の連携を深めていきます。
──未解決の課題は何でしょうか。
マルチブランドの横断活用とEC機能統合の具体的なタイムライン、ガバナンス設計は現在検討中です。“モノ売り”から“コト売り”へのロードマップやKPI(重要業績評価指標)設計も詰める必要があります。海外M&Aについても、販路、ブランド、ローカライズ能力のどこをどの重みで評価するか、優先国をどう定めるかなど、整理すべき論点があります。
文・写真:糸永正行編集委員
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