小、中学校でひどくいじめられていた50代男性。母親の再婚相手が怖くて学校を休むこともできず、1人で耐えていた。
いじめられていたが義父が怖くて学校を休めない
園田明日香さん(53)という名前は本名だ。女の子を望んでいた実父が考えた明日香という名前を、そのまま長男である園田さんにつけたのだという。
「僕、小学6年生で身長が170cmあって、ひょろっとしていたんです。『なんだこの気持ち悪いの、明日香だからな』とかよく言われて、いじめの対象になったきっかけは、名前です。
ひたすら殴られてた。みんなやり慣れているからか、顔は狙ってこない。僕はバーンって叩かれると泣くし、適度に『やめて!』って反抗するから、サンドバッグみたいにされて」
つらい状況が続いたが、学校を休むことはできなかった。
実父の母親への暴力と浮気癖がひどく、小3のときに両親は離婚。小5で母親が再婚したのだが、園田さんは義父が怖かったからだ。
「義父とは折り合いが極めて悪くて、会話も成立しない。4歳下の弟と違って、僕が懐かなかったのが大きいかな。
学校に行かないと、義父に殺されると思うぐらい僕には怖かったので行くしかなかった。
先生にも話したけど対応してもらえなくて。自分がいじめられていることは親にも打ち明けることができなかったんです。
いじめられるストレスと寂しさからか、別に本当に刺すつもりじゃなかったけど、包丁を持ち出して弟を脅してしまったことがあった。それからはずっと弟とも険悪になってしまって。
家でも独りぼっち。ただただ寂しいだけでしたね」
僕をいじめていた4人は絶対許さない
中学に入ると、いじめはさらに酷くなった。小学校からのいじめっ子に新たなメンバーを加えた4人にボコボコに殴られるだけでなく、弁当を食べられる、靴は勝手に使われる、カバンがなくなる、財布がなくなる……。
「中学になるといじめられている子が、さらに下を見つけていじめるみたいな、よくない連鎖も起きて、僕も自分を守るために加担してしまったこともあったんです。だから、単にいじめられっ子と言い切れるかどうか……」
中学2年生になったある日、園田さんはショートケーキとレモンスカッシュを小遣いで買って、商業ビルの最上階に向かった。
「いじめっ子に殴られたので、彼が逃げる時に放り投げたカバンを持ち上げて、肩の高さからカバンを放り投げたら、中に入っていたカセットレコーダーが壊れたと言って、親族と一緒に家に怒鳴り込まれて。もう耐えられない、もう無理って。
1人で最後の晩餐をして、飛び降りようとしたんです。
自殺したいけどできないことがわかったから、それから毎日、『明日、目が覚めませんように』と言って寝るのが日課になりました。僕をいじめていた4人のことは絶対許さない。いつか殺してやりたいとずっと思っていましたよ」
その後、工業高校に進んだが、そこでも友だちはできなかった。
「自分が小、中学校でやられていたことを、気が付かないうちにマネして周りにやっていたんです。暴言が酷くて、『バカ、アホ、死ね、デブ』と接続詞に使っていた(笑)。
今考えるとメチャクチャですよね。そりゃ友だちが出来るわけがない。
でも、いじめられてないだけで、当時の僕は勝ち組だと思っていたんです。死ななくて済んだので、高校の学校選びに勝ったんだと思いました」
ハードな日々が続く中、唯一の逃げ場は中学のときに目覚めたアニメや漫画だった。
同じようにいじめられていた中学の友人から誘われて、高2のとき一緒にコスプレをしてコミックマーケットに行ったこともあった。
「コスプレすると知らない人とでも自分が話せるってことに驚いた。
人と交流ゼロの軟禁状態が続き、幻視、幻聴が……
高校の卒業を前に、両親から50万円を渡されて「家を出て行くように。一切家の中にモノを残さないで」と命じられた。
「卒業後は義父の知り合いのプリント配線板の設計会社で働きました。手に職をつけさせようとしたんだとは思いますけど、僕の認知では“捨てられた”です。
50万円で敷金、礼金などを払い、給与で借りられる物件を探しました。風呂なしのアパートを借りようとしたら、両親が保証人になってくれなかったんです。会社の人に相談したら、部長が保証人になってくれました。
設計図面の引き方を教わったりして、仕事はそれなりに楽しかったけど、コミュニケーション能力が育ってなかったので、注意されることが多かったですね」
20歳のときに呼び戻されて、義父の会社で働くことになった。設計の業務を与えられ、「明日までに完成させるように」と命じられ徹夜で作業することも。
毎日、朝9時から夜11時まで働かされて、残業代なし、昇給なし、有給なし、給与明細もなし。雇用保険にも入っていないことが後でわかったそうだ。
おまけに、有無を言わせず中古のワンルームマンションを買わせられたという。
「思考力を奪われて、年収300万円なのにバブル崩壊直後の高い時期にローンを組まされて、完全に親に足かせを食らったような状態です。
義父は仕事の指示や命令、それか怒るだけで、母親は父の顔色を見ている。僕は周囲に友だちゼロで、社会的ひきこもりというか、今考えると強制収容所に軟禁されていたようなものです。
その後、40代でひきこもったときよりも、本当のひきこもりはそのころじゃないかと思っています。
自己肯定感は限りなく低かったし、自傷行為も酷かった。血が出るまで引っ掻いちゃうから体中が傷だらけで。
で、28歳のころから、幻視が見え、幻聴が聞こえ始めたんです」
最初は、左側にぼんやりとした人影が見えて、「死ねー!」「バカー!」と男性の声で悪口が聞こえた。
しばらくすると、右側にも人影が見えるようになり、「そんなことないよ、頑張っているじゃん」と女性のやさしい声で味方をしてくれる。
園田さんは右側の人影を「お友だち」と呼んで毎日のように会話をした。
「自転車で会社から帰るとき、お友だちと会話していて、電柱にガーンって突っ込んだこともあります。だって、目線はお友だちのいる方に向いてるんだもん。ものすごい痛かった」
32歳でコスプレに目覚めるも独りぼっち
「お友だち」が消えたのは2年後。
義父には前妻との間に子どもが2人いる。園田さんの弟も含めて、3人には金銭的な援助をしていたことがわかったのだ。
「それなのに、自分はいいようにこき使われていただけ。『ふざけるな!』と、ついに爆発したわけですよ。
仕事は続けていたけど、もう義父の言うことは一切聞かないって決めたら、幻視は見えなくなった。幻聴も聞こえなくなった。
でも、僕は寂しくなっちゃいましたよ。友だちは他にいなかったので、自分の味方がいなくなったみたいで」
落ち込みから抜け出せないまま、深夜、1人で『鋼の錬金術師』(略称ハガレン)のアニメ再放送を観ていて、大泣きしてしまった。
翌週、買い物に出かけるとハロウィーンでハガレンのコスプレをした若者たちを見かけた。
「他人と話せなかったのに、なんか知らないけど彼らに声かけちゃった。それが初めの一歩です。
で、なんと32歳にして、再び、コスプレをすることになりました。ハガレンの格好をしたのは、こういう人になりたいと思ったからなんですね」
コスプレをしてイベントにも参加してみた。だが、誰にも声をかけられず、1人でポツンといることが続いたという。
「今思うと、おそらく人を寄せ付けないような表情と態度をしていたんだと思う。無表情で、目だけが相手を睨みつけているみたいな。
だって、ずっと軟禁されて、ひきこもっていて、心は荒れていたし、当然かなとは思います」
自暴自棄な一方で、無視されたくない気持ちもあり、園田さんは思い切って自分がイベントの呼びかけ人になった。
いつも見かける同年代の男性にも自分から声をかけた。会話ができる人が増えてくると、いろいろな人から悩みを聞くようになる。
それをきっかけに、園田さんの人生は思いもよらぬ方向に動き出す――。
〈後編へつづく『「もう死んでいたかも」電車に触れたその瞬間――ひきこもりの自宅に現れた“元支援相手”が人生を変えた』〉
取材・文/萩原絹代

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