漫才ブーム、「オレたちひょうきん族」、オールナイトニッポン、フライデー襲撃事件、北野映画……。ビートたけしの歩みは、戦後日本の大衆文化史そのものだ。
作家・樋口毅宏氏が自身のカルチャー愛を思う存分書き綴った『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか ――100年後、カルチャーの参考資料になる本』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち2回目〉
漫才ブームと「オレたちひょうきん族」という2大ムーブメント
今から2500字、「たけし」と呼び捨てにすることを読者貴兄にご寛恕頂きたい。
ビートたけし。お笑いの社会的地位を向上させ、テレビ史だけでなく世界の映画史にも名を残す、現在進行形の偉人。昭和、平成、令和と3つの元号に跨って、時の総理大臣より偉い地位に就き続けるこの男について、いったいどこから語ればいいのか。
まず、漫才ブームがあった。「オレたちひょうきん族」があった。これだけで多くの人は朝まで語れるだろう。しかしフジテレビ全盛期を彩るこの2大ムーブメントも、ビートたけしにとって端緒に過ぎなかった。
読者にとってたけしが面白いだけでなく頭が切れて、悪くて、カッコいい大人だと知ったのはオールナイトニッポンだろう。バカ話でひとしきり盛り上がったかと思いきや、幹子夫人(当時)との諍い、『戦メリ』カンヌ落選裏話、あわや殺し合い手前にまで発展した軍団の公開裁判、追いかけ回した記者を殴った話など、どれだけ胸を躍らせたことか。
あるときなど三宅裕司に対して、「“俺の笑いはたけしと違う”? ふざけるな。てめえと一緒にするな!」と辛辣無比にこき下ろしたこともあった。その剣幕に怖くなって聴いているこちらもラジオの前で正座した。
たけしは真夜中の先生だった。心から憧れた。爆問の田中が「男の子はみんなたけしさんのモノマネをしてた」と言うが本当にその通りだ。
テレビが大衆娯楽のトップから転がり落ちて久しいが、コンプライアンス云々以前に新しい発明をしていない。「ひょうきん族」のコスプレでアドリブコントと、「元気が出るテレビ」の素人参加型バラエティは無数のフォロワーを産んだ。
「スポーツ大将」と「たけし城」は「SASUKE」に引き継がれ、「平成教育委員会」においては「東大王」などが踏襲している。どれもたけしが作ったフォーマットを二次使用しているだけ。
深夜まで働き、朝まで飲んで草野球ではエース。抜き打ち尿検査があってももちろん陰性。
「へえー。俺がまったく寝ないからシャブの噂があるんだ?」
次の日からさらに酒量が増え、草野球はダブルヘッダーになった。
「ベストテン」に出れば「修学旅行はオナニー2回!」。徹子は顔を真っ赤にした。こんな武勇伝だけでちょっとした厚みの辞典になる。鋭利な知性による著作は100点を軽く超え、ベストセラーは数え切れない。
ボソッと「才能ねえんじゃねえかな」
たけしを語る上で欠かせない2大事件。ひとつ目は「フライデー」編集部襲撃。巻き添えを喰らわせた軍団に向かって、手錠に繋がれたまま、「おまえらの面倒は見るからな」と約束した。その後の記者会見の不貞腐れた表情。背筋が凍るほどの色気が忘れられない。
深作欣二降板から『その男、凶暴につき』で映画監督デビュー(留意しておきたいのは、北野武もビートたけしから派生した一部に過ぎないということ)。評論家絶賛。
毎晩酒を飲みながら軍団に宴会芸をやらせることで乗り切ろうとした。しかし最高傑作『ソナチネ』の興行失敗。心のひずみが高まり、ふたつ目の大事件、バイク事故。
もはや誰もが終わったと思った後に『HANA-BI』によりヴェネチア国際映画祭金獅子賞。足立区のたけしは世界の北野になった。こんな人はいなかったし、今後も現れないだろう。
そしてビートたけしに最大限の畏怖を感じるのは、このカッコ良さを維持し続けていることだ。
多くの芸人が世に出てきた。お笑い番組も増えた。かつては王の座を脅かしそうな者もいたが、たけしと同じ道は歩めなかった。
どの芸人もたけしほど本を読み、映画を観て、キャンパスに向かうなど、勉強をしない。たけしにとっては北野さきさんの教えを実行しているだけ。だから他の芸人との差は開くばかりだ。
僕はたけしさんにインタビューさせてもらったことがある。「メガホンを取る芸人が増えましたが、どうして誰もたけしさんの後に続かないのでしょう?」
たけしさんはボソッと返した。
「才能ねえんじゃねえかな」
カッコ良すぎて痺れた。
みんな、死ぬのが怖い
しかしいま、ビートたけしに最大の危機が訪れている。老いらくの恋、殿ご乱心だ。
森社長を攻撃し出した頃は手遅れだった。あれほど面倒見が良かった親分が、軍団に対して一方的に親離れを宣言。その軍団もバラバラになった。自分の事務所を辞め、長年の夫人と離婚し、子と孫と別れた。
「男が背負った重さが、そのまま男の重さになる」と思っている僕からすると、余剰身内を斬り捨てた真意がわからない。
それがいつの間にか「兄貴とか姉ちゃんにさんざん怒られまして」と結婚報告。現夫人は新しいミューズか。心の間隙を突かれたのか。たけしに何が起こったのか。今なお信じられない思いがする。
晩節を汚しているのはたけしだけではない。一本筋が通った生き方を実践してきた憧れの男たちは、どうして人生の最期に来て自らの名誉を失墜させるのか。
もったいぶらずに結論を言います。みんな、死ぬのが怖いのだ。
とはいえ、30年間連載が続いている週刊ポストの「21世紀毒談」は何人も寄せ付けない切れ味だし、五輪批判も最高に痛烈だった。
たけしは既成のたけしを脱ぎ捨て、最終進化の段階に入ったと信じたい。ビートたけしから生き様を含めて多くのものを与えられた我々は、王の往生際を見届ける義務がある。その骨を拾い、語り継ぐ責務がある。そしてその日は思っているほど遠くない。
追記:たけしさん、『Broken Rage』観ました。今までお疲れ様でした。ゆっくりお休みください。
#3に続く
文/樋口毅宏
なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか ――100年後、カルチャーの参考資料になる本
樋口毅宏
ブルーハーツ、山下達郎、長渕剛、エレファントカシマシから、北野武、とんねるず、松本人志、村上春樹まで、日本のカルチャーを「サブカルの語り部」樋口毅宏が忖度ぬきで書き尽くした一冊!
小山田圭吾、阿川佐和子、小西康陽との対談も収録。
表紙は江口寿史の描き下ろし!
『さらば雑司ヶ谷』『中野正彦の昭和92年』などの小説ででテロとバイオレンスを描き、
『凡夫 寺島知裕 BUBKAを作った男』ではノンフィクションに挑み、
そして『タモリ論』『さよなら小沢健二』でカルチャーへの造詣の深さを知らしめた
作家・樋口毅宏による最新カルチャー・コラム集。

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