米国のマルコ・ルビオ国務長官は7月13日、国際刑事裁判所(ICC)を解体するとの意向を表明した。ICCが米国の主権に対して著しい脅威になっていうのがその理由という。
国際刑事裁判所は2002年に設立された新しい国際司法機関だが、ルーツは第二次大戦直後のニュルンベルク裁判と東京裁判にある。その目的は集団殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪の四つの重大犯罪の責任者を訴追して裁判にかけ、「法の支配」を守ろうとするもので、このような重大犯罪を起こした個人を対象とするのが一大特徴だ。この点が国と国との紛争を解決する国際司法裁判所とは異なる。
26年現在、ICCには日本を含む125カ国・地域が加盟しているが、米国、ロシア、中国、インドといった大国は加盟しておらず、イスラエルやイランなども未加盟だ。米国も中国もいないICCで、日本はその分担金のトップ拠出国で、約16%、年額約37億円(24年度)を負担している。18年3月からは選挙で選ばれた検事出身の赤根智子氏が裁判官を務め、24年3月に裁判官らの互選によりICC所長に選出され、現在に至っている。
ICCは基本的に加盟国の犯罪者を裁くのが原則だ。これまでのところ、有罪判決はコンゴ民主共和国や中央アフリカ、マリ、ウガンダといったアフリカの反政府勢力や武装集団の幹部に限られ、ほとんどが締約国自らの「自己付託」だ。現職の国家元首や政府首脳が有罪になったケースはない。
しかし、非加盟国の犯罪人であっても、犯罪が加盟国の領域内で行われた場合や国連安保理が付託するような場合には、ICCは管轄権を行使できる。ただし、ICCは各国の裁判所の上位に位置するものではなく、これを補完する機関であり、関係国が捜査や訴追を行う「能力」あるいは「意思」がない場合に限ってICCは介入できるという「補完性の原則」がある。
このため、加盟国ではないロシアのプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相に対しても、加盟国たるウクライナやパレスチナ自治政府の領域での犯罪容疑で逮捕状が出された。ロシアやイスラエルには捜査や訴追を行う「能力」があっても、その「意思」がないと判断されたのだろう。米国人が逮捕されたケースはないが、17年にICCの検察官が、アフガニスタンでの拷問や虐待容疑で、米軍関係者や中央情報局(CIA)職員に対して訴追しようとしたことがある。
米国は、ICCが非加盟国たる米国の軍人、政府高官などを処罰しようとすることは、主権国家としての米国に対する脅威だと強硬に反発している。このため、ルビオ長官は、あらゆる外交・行政手段を行使して、ICCを一歩一歩着実に(brick by brick) 解体すると主張している。また、米国の支援に依存している同盟国やパートナー国にICCからの脱退や支援停止、非協力を強く働きかけている。
赤根ICC所長は、もし米国による強い制裁が発動されれば、活動の継続が事実上不可能になる恐れがあると懸念している。ICCそのものが制裁対象になったら、世界中のあらゆる銀行や企業がICCとの取引をストップさせる可能性があり、そうなると職員に給与が払えなくなり、組織のあらゆる機能がマヒするかもしれないからだ。そうなると、ICCはつぶれたも同然になってしまうだろう。
欧州連合(EU)はかなり強い調子でルビオ長官の発言に反論し、ICCへの全面的な支持を継続すると表明した。日本政府も木原官房長官が日本は一貫してICCを支持してきたと述べたが、米国への直接的な非難は避けた。
ルビオ長官の発言を見る限り、ブラフではなく、本気でICCを解体しようとしていると読み取れる。
他方、ICCにも改善の余地があろう。これまでのところ、英国出身のカリム・カーン検察官のかなり強引な手法が目立った。逆襲されてかみつかれるのが分かっていながらトラのしっぽを踏むような行動は、慎重の上にも慎重な対応が必要だっただろう。ICCは元来、極めて重大な犯罪のみを対象とし、しかも国内の司法制度が的確に作動していない場合に限って補完的に介入するというのが本来の姿なのに、その原則を逸脱してきたとの批判もある。
赤根ICC所長がとれる対応策は限られていようが、以下のような方策が考えられるのではないだろうか。
(1)当面、セクシュアル・ハラスメント容疑で解任されたカーン検察官の後釜を空席にしておくよう、締約国会議に働きかける。
(2)水面下で、今後米国の国籍を持った兵士や政府職員に対する訴追は控えるよう、検察官側に要請する。
(3)イスラエルのネタニヤフ首相や政府高官に対しては、過度なメディア発表や政治的発言は控え、ネタニヤフ首相退陣後のイスラエル司法の行方を見守る。
(4)これも水面下で、ICC擁護のための米政府への働きかけについて、日本外務省や欧州諸国の協力を依頼する。
このようなことは、赤根所長には、当然ながら、正義と法の支配を守る裁判官としての矜持と節操を曲げるものとして、実行は不可能であろう。
ここは、外交術策に長けた日本外務省の外交官の出番だ。赤根所長と緊密な連絡を取って、ICC解体を阻止するために、日本政府の獅子奮迅(ししふんじん)の活躍を大いに期待したい。











