平凡な17歳の高校生・椿明が、謎の転校生・卜部(うらべ)美琴の流したよだれを舐めてしまったことから始まる(!)、奇想天外かつ、ピュアな青春ラブストーリー『謎の彼女X』。椿がかかった「恋の病」の禁断症状を抑えるため、よだれのついた卜部の指を椿が舐める。
そんな行為が下校途中の日課という、一風変わった高校生カップルたちの物語です。
思春期男子の妄想やフェチズムが詰まりに詰まった作品で、テレビアニメ化が発表された時には期待感とともに、「よだれのシーンはそのまま流せるのかな?」などの不安もありました。しかし、4月からスタートしたアニメ版で描かれていたのは、まさに『謎の彼女X』の世界。原作ファンの僕も、嬉しさのあまり、よだれを流しました(ちょっと嘘)。ミステリー作家でエキレビライターの我孫子武丸さんも、先日掲載されたレビューで大絶賛しています。
原作とアニメ、二つの『謎の彼女X』は、どのようにして生まれたのか? 原作者の植芝理一さんと、アニメ版の渡辺歩監督にお話を聞いてきました。
アニメ最終回記念対談、まずは前編です。

――僕は『謎の彼女X』ファンですが、アニメ化には正直驚きました。植芝さんはアニメ化のお話が来た時、どのような感想を持たれましたか?
植芝 よく「あの漫画がアニメ化!」とか書かれているんですけど、僕個人としては、そんなにいけないテーマの漫画なのかなと不思議に思っていて。今は描いている最中なので、(驚かれる感覚が)よく分からないんですよ。5年か10年経って冷静に振り返ったら、「たしかに変なテーマで描いてたな~」と思うかもしれませんけど(笑)。アニメ化に関しては、アニメにしたいと言ってくれている人たちのイメージがあると思うので、そのイメージのまま、直進して欲しいなと思いました。

――渡辺監督は、『謎の彼女X』という作品について、最初にどのような印象を受けましたか? 
渡辺 僕は、植芝先生のデビュー作『ディスコミュニケーション』が大好きでして。『謎の彼女X』も3巻くらいまでは読んでいて、心に引っかかる作品だったんです。なので、プロデューサーさんから、こういう企画があると提示された時、飛びついたというのが事実ですね。これがやれるんだったら、勤めてる会社を辞めても良い、と。当時微妙な立場でしたから(笑)。
――最初の打診は、まだシンエイ動画を辞められる前にあったのですね。
 ※渡辺監督は、シンエイ動画で、劇場版「ドラえもん」の監督などを長年担当。
渡辺 そうですね。でも、それは年単位の前で。その後、しばらく時間が経ってしまうんですが。いよいよとなったときは、覚悟を決めたというか。この作品をやれるのなら、と。

――その時には、アニメ化の方向性に関してイメージがあったのでしょうか?
渡辺 この世界観は、何かをそぎ落としたりするものではない。原作にあるものをすべて出してやろう、と。その中で、原作をどんどん純化していくというか、磨き上げるというか……。素晴らしい作品なんだってことを、映像化によってさらに昇華していければと、考えました。なによりも、好きな作品を手がけられるという喜びがありますよね。さらに読み込んで、どんどん好きになると、先生が仰ったように、やってる側は、そんな変な事をやってるとは思わなくなってくるんですよ(笑)。

――そういうものなのですね(笑)。
植芝 去年の夏くらいには、1話のコンテが上がってたのですが、監督の絵コンテがすごく面白いんですよ。冒頭で椿とクラスメートの上野が話していて。(晴れてるのに傘を持っている)上野に椿が「今日、雨降らないぜ」って言ったら、「これはゴルフのため」って返すんですよ。原作にもシナリオにもない台詞ですが、あの台詞で、上野ってちょっと大物なんじゃないかって感じがして。あんな台詞、僕には思いつかないですよ。

渡辺 すいません(笑)。
植芝 なんで、謝るんですか(笑)。このコンテが、このまま絵になったら、かなり面白くなるなって思いました。

アニメに関しては本当にお任せしてました

――植芝さんから、渡辺監督に何かリクエストしたことはあるのでしょうか?
植芝 僕は漫画家で、監督はアニメーションの監督じゃないですか。たぶん、アニメと漫画って、似てるんだけど、違うところはいっぱいある。発想方法から、かなり違うんだろうと思っていたので、アニメに関しては本当にお任せでした。
渡辺 初めて先生にお会いした時も、そういうことを言って頂きました。お任せしますと。だから、俄然やる気になっちゃいますよね。なんとか、喜ばせたいなって。
植芝 監督の第一印象は、なんか声がいいんですよ。
渡辺 先生は、それをずっと言ってる(笑)。
植芝 僕がガンとかにかかったら、担当医は監督みたいな声の人がいいですね。「大丈夫ですよ~」と言って欲しい(笑)。
――優しくて、安心感を感じる声ですね。
植芝 ええ。すっかり安心して、お任せしました(笑)。
渡辺 いえいえ。でも、1話というものは作品の入口でもあって、非常に難しいですからね。そこで先生に喜んで頂けたのは、後に続く話数に向けて、励みになりました。
――アニメを見て、作り手が原作をすごくリスペクトしていることは伝わってきました。
渡辺 原作が本当に優れてるんですよ。だから、その面白さを損ないさえしなければ良い。僕は、出力方法を変えただけで、特別なことはしてないんです。アニメの評価のほとんど、8割、9割は原作の完成度の高さにあると、本当に思います。
植芝 アニメから『謎の彼女X』を知ったという声も聞きますし、僕としては本当にありがたい。あ、そうだ。最初の顔合わせの時、「アニメにいっぱいインスパイアされたい」って言ったんですよ。「アニメではこうきたのかー」と驚いて、刺激になるような部分がいっぱいあれば良いなと思ったんです。でも、最近はだんだんプレッシャーになってきました。アニメは面白いけど、みたいな感じに言われないようにしないと(笑)。

女の子は女の子であるだけでミステリアス

――そもそも、この作品は、どういったアイデアが核になって生まれたものなのですか?
植芝 前の連載が終わって、次は何を描くかなと思った時、パッと浮かんだのが、女の子が寝てて、その子の残したよだれを舐めた男の子が、一種の禁断症状になる、みたいな話で。どうして、そんなことを思ったのか、理由は分からないんですけどね。インスピレーションなので。最初は、禁断症状になるんだから、何かの理由があると思ったんです。ウィルスだとか、何かよだれに特殊な性質があるのかとか。1か月くらい、それをずっと考えてて。ふっと、頭の中でキャラクターが喋る感じで、「ただの恋の病なんじゃないの」って台詞を思いついた時、この世界できたかなと思いました。
――「恋の病」という設定が浮かんだことで、恋愛ものになったのでしょうか?
植芝 『ディスコミュニケーション』『夢使い』と、オカルトっぽい作品が2本続いたから、今度は違うコンセプトのものがいいって話は(担当編集者と)していたんです。例えば、『ディスコミュニケーション』では、(主人公の)女の子から見た男の子を描いたのですが、僕は男だから男の子を不思議に思わなくて。密教がどうこうとかの設定をくっつけたんです。でも、今度は自分に投影するのが男で、不思議の対象が女になったから、単純に女の子が女の子であるだけで不思議なんですよね。それが、きっかけだったと思います。
――普段はパンツに挟んであるハサミで、あらゆるものを切り刻む、卜部の得意技「パンツハサミ」は?
植芝 以前から、パンツに挟んでいるハサミを出して、ジャキジャキ切ったら面白いなというアイデアが、ネタ帳みたいなものにあったんです。それをこのキャラに使うと、よだれとハサミの2つあって面白いかな、と。
――ちなみに、『月刊アフタヌーン』に読み切りの第0話が掲載されてから、連載開始まで約1年半も期間が開いたのは、何か理由が?
植芝 実は、読み切りを描いた時、編集長から、まだ何か足りない気がすると言われたんですよ。それで、何かないかなって考えて、よだれを舐めると感情などが伝達されるという設定を思いついたんです。これなら連載できるなと。それが思いつくまで、1年半くらいかかったんです。
渡辺 女の子は女の子であるだけでミステリアスというのも重要ですよね。男の子から見たら、女の子のことは、分かっているようで、分かっていない。ただ、どこかでそれを垣間見る、伝わる瞬間ってあるじゃないですか。謎が解けるわけではないけど、真意が分かるとか。その瞬間、非常に快感というか、喜びに近いものがある。
――そうですね。
渡辺 ただでさえ17歳という年齢は浮遊感があるというか、非常に途中で曖昧な感じがある。その中での恋愛なんて、謎も謎。異世界のことですよね。自分の中では勝手に妄想が走ってて、準備はされてるけど(笑)。そこに突然、卜部のような彼女が現れて翻弄される。嘘だろって世界なんですけど、リアリティも感じられるという不思議な世界なんですよ。その絶妙なバランスも、アニメで描けたら面白いと思いました。

原作にこんな盛り上がるシーンあったかな

植芝 監督はすごくアイデアが多くて。これも1話ですけど。椿に告白をされた卜部が、「椿くんにしか表現できないアプローチじゃなきゃダメ」って言う時、目の中に夕日が映り込むんですよ。僕は、あのシーンがすごく好きで。監督は、僕よりもちょっとロマンチックですよね。
渡辺 いやいや(笑)。ヒントは原作の中にありますから。僕はそれを紐解くだけで。その材料の提示の仕方が、非常にマンガとして優れてるんじゃないですか。
植芝 あと、そのシーンって、原作だと椿と卜部の距離が離れているんですよ。でも、アニメだと椿の手が肩に置かれている中、卜部が首をかしげて言う。それがすごい可愛くて。最初に見た時、原作にこんな盛り上がるシーンあったかなって(笑)。
渡辺 いえいえ、ありますよ。盛り上がってますよ(笑)。
植芝 原作の方は、もうちょっとサラッとしてるんです。だから、僕の中ではいつも思っています。監督はロマンチック。
渡辺 というか、卜部を魅力的に描きたいという欲望が、どこかにあるんでしょうね。
植芝 あと細かいところですけど。椿が中学生の時に好きだった女の子の写真を出した時、その写真に卜部が映り込むんですよね。ああいう、畳みかけて盛り上げていくのも、良いな~って思いました。
渡辺 バカですよね(笑)。
植芝 なんでですか(笑)。
――本当アニメへのリクエストは何もない感じですね。
植芝 そうですね。監督をはじめ、スタッフの皆さんに任せるのがベストだと思ってるので。僕は、アニメ版「謎の彼女X」のただのファン(笑)。ファンクラブ会員番号1番です
渡辺 それは、最高の褒め言葉です。
(丸本大輔)

後編に続く)