今注目のアプリ、書籍をレビュー

0

「ノー・フィアー」高山善廣の軌跡「プロレス界の帝王」と、これからも共に戦っていく

2017年12月8日 09時45分 ライター情報:寺西ジャジューカ
“プロレス界の帝王”高山善廣が、試合中のアクシデントで頚椎を損傷した。本人のブログで「首から下が動かない」という現状が明かされているが、そんな中でも彼は厳しいリハビリを受けながら怪我と懸命に戦っているという。
『身のほど知らず。』高山善廣/東邦出版

かつて、高山は「ノー・フィアー」というコンビを組んでいた。その意味については、言うまでもないだろう。恐れを知らない。
今までに目にした試合やインタビュー、はたまた漏れ伝わる噂や伝聞等に触れることで、我々ファンは彼の芯の強さを知っている。高山善廣は、プライベートでもノー・フィアー。
深刻な事態であることは間違いないが、そんな時でも彼のハートは凛としているはず。軽はずみなことを言える状況ではないが、それでもファンは高山に幻想を抱いている。

アントニオ猪木からの天啓を受け、虚弱児がプロレス界入りを果たすまでに


中学3年の時点で身長が185センチに達するなど、少年時代から体格に恵まれていた高山。しかし、彼は物心ついた頃から喘息で苦しんでいたという。夜中に突然、発作が起こり、知らない間に眠りにつく。翌朝も大変だ。昨晩は全身の筋肉を使って喘いでいたため、起きたら体じゅうが痛くて仕方がない。そのせいで、幼稚園や小学校へ行けない日も多かったという。

そんな高山に転機が訪れたのは、中学時代。プロレス好きの友人が「面白いから読んでみなよ」と、アントニオ猪木の自伝『苦しみの中から立ち上がれ』を貸してくれたのだ。
「その本のなかには、猪木さんが力道山のもとに入門したばかりのころ、全然スクワットができず、鬼のような師匠に怒られ、殴られながらも頑張って、少しずつできるようになったことが書いてあった」(高山善廣・著『身のほど知らず。』から)

このエピソードが、高山にとっての天啓となる。腕立て伏せを1回もできない虚弱児の自分。しかし、入門当初の猪木さんも元はスクワットができなかった。そこから努力して努力して、何千回もできるようになった。自分も頑張って努力すれば、腕立て伏せができるようになるんじゃないのか。
「プロレスラーを目指そう!」というより「自分だって頑張れば強い人間になれるかもしれない」「やってみれば思いはかなうのかもしれない」と衝撃を受け、彼は視界が開けたという。

それからは自主トレーニングを積むようになり、大学2年の時に入部したアメフト部ではどの部員よりも基礎体力があることを実感する。女の子よりもひ弱だった自分が、今では誰よりも重いバーベルを上げている。

ライター情報

寺西ジャジューカ

1978年生まれ。ブライアン・ジョーンズとビートたけしと前田日明と大江慎也と有吉弘行と篠田麻里子が好きです。ブライアン・ジョーンズと菅井きんと誕生日が一緒。

URL:Facebook

コメントするニャ!
※絵文字使えないニャ!