地雷を踏んで動けなくなった狙撃兵を軸にしつつ、「3日寝てない人は一体どういう状態になっちゃうのか」という問いに真面目に答えた作品が『アローン』である。3日寝てない人はどうなっちゃうのかというと、人生について考えてしまうのである。

3日寝てない人の現実を描く「アローン」砂漠のど真ん中、地雷を踏んで身動き取れず

海兵隊のスナイパー、孤立無援の砂漠で地雷を踏む


アフガニスタン、そしてイラクでの近年の戦闘は、狙撃兵の価値が見直された戦いでもあった。広大な砂漠や山岳地帯は見通しがよく、望遠鏡を使って遠くの敵を狙い撃つという狙撃のアドバンテージを大きく活かせた。加えて、ターゲットを選別し一方的に攻撃を加えることができる狙撃は、「少数のチームを敵地に潜伏させ、大物テロリストだけを狙って一撃で倒す」というような戦術を可能にする。大規模戦力同士のぶつかり合いが減った近年の戦争において、願ったり叶ったりな能力を備えたのが狙撃兵なのだ。

狙撃兵は大抵、狙撃手と観測手の2人組で行動する。たった2人のチームで投入され、ターゲットを倒した後は速やかに離脱するのが前提だが、なんせ味方が2人だけなのでアクシデントが発生した時にはすぐにピンチになる。基本的に敵地で活動し、しかも周りは人気のない砂漠や山岳地帯。
離脱が難しい中で2人だけのチームが身動き取れなくなるというシチュエーションを簡単に設定できるのだ。最近の作品だと『ザ・ウォール』という映画ではこのシチュエーションをうまく活用していた。『アローン』もこの文脈に連なる作品である。

主人公は海兵隊の狙撃手マイク。彼は観測手のトミーとともに、砂漠での狙撃任務に就いていた。暗殺対象の大物テロリストを視界に捉えたが、ターゲットが現れたのは民間人の結婚式。
やむなく狙撃を取りやめ帰投しようとしたが、レンズに反射した光で位置がばれてしまい、スナイパーチームは敵の追撃を受けることになる。

司令部からの無線では、数キロ離れた位置に村があるという。やむなくそちらに向かって逃げるマイクとトミー。酷暑の中をヘトヘトになって歩く2人だったが、知らないうちに地雷原に入り込んでしまう。歩いているうちにまずトミーが地雷を踏んで両足を吹き飛ばされ、次いでマイクも左足で地雷を踏む。身動きが取れなくなったマイク。
なんとか無線機を引き寄せて司令部と連絡を取ったマイクは、砂嵐でヘリが飛ばせないこと、そして救援の地上部隊が付近を通りかかるのは最短で52時間後であることを聞かされる。広大な砂漠のど真ん中で一歩も動けなくなったマイクに、砂漠の厳しい環境が襲いかかる。

地雷で身動きが取れなくなる映画というと、ボスニア紛争を扱った『ノー・マンズ・ランド』あたりが思い浮かぶ。が、シニカルなユーモアがあった『ノー・マンズ・ランド』に比べると、『アローン』はずっとストイックな印象。どちらかというと、キャニオニングの最中に滑落し、右手を岩に挟まれて動けなくなった男を描いた『127時間』(これもすごい映画だった)に近い。

マイクは左足で地雷を踏んでいるので、とにかくこの脚だけは一切動かすことができない。
立っているか、地面に右膝をついた姿勢を取るかしかない。動けないのでトミーが持っている無線をすぐ取りに行くこともできず、食料も水も心もとない。しかも砂漠だ。昼は暑く夜は寒く、おまけにハイエナが寄ってくるし砂嵐にまで襲われる。敵兵もうろついているし、何やら謎めいた問いかけをしてくる現地人まで現れた。この状況で救援まで52時間。
眠って体勢が崩れたら即死。地獄である。


寝てない人が人生について考えちゃう現象を、克明すぎるほど描く


おれは以前、ろくに寝られないまま3〜4日ぶっ通しで仕事をしたことがある。その時は隣のデスクにおいてあるパソコンのケーブルがニョキニョキと伸び、ディスプレイで開いているウィンドウがやたら立体的に見え、資料が置いてある本棚からはおじいさんが囁く声が聞こえた。人間は長時間寝ないと、マジで幻覚を見る。海兵隊員でもそれは同じだ。


もちろんマイクはそれ以上の状況に陥っている。極度の疲労で頭がボンヤリしてしまい、実際には見えないものをたくさん見てしまう。それはうまくいってない恋人のことだったり、酒場での喧嘩のことだったり、両親との間のトラウマだったりする。地雷を踏んで動けないという状況で、彼は自らの内面へとトリップしてしまうのだ。

この感じ、ものすごくわかる。自分が置かれている事態がハチャメチャに悪くなってくると、目前の課題とは別に「なんでこんなことになったんだろう……」という気持ちが頭をもたげ、いつしか「あの時にああしていれば」「あの時のあれがきっかけだった」と自分のそれまでの歩みを振り返ってしまうのである。頭が朦朧としていればなおさらだ。とりとめのないマイクの思考と、その結果としてマイクだけに見える幻覚を、『アローン』はそのまま観客に見せる。さながら「VR 3日寝てない人」という感じだ。

寝てないから人生についてウジウジ考えちゃうマイクを、「地雷が怖くて一歩を踏み出すことができない」という形で表現したのが『アローン』の頭のいいところである。狙撃兵のサバイバルの映画としても成立させつつ、「3日寝てない人はどうなるか」というシミュレーションに真剣に挑んだ作品としても秀逸。おれは「やはり睡眠はちゃんと取らなくてはいけないし、地雷には気をつけよう」という決意を新たにしたのだった。
(しげる)

【作品データ】
「アローン」公式サイト
監督 ファビオ・レジナーロ&ファビオ・グアリョーネ
出演 アーミー・ハマー アナベル・ウォーリス トム・カレン ほか
6月16日より全国ロードショー

STORY
砂漠での任務に失敗し、作戦地域から離脱しようとする海兵隊のスナイパーチーム。だが、観測手のトミーは地雷によって重傷を負い、狙撃手のマイクも地雷を踏んで動けなくなる。救援がくるまで52時間。砂漠の環境や敵兵に怯えつつひたすら耐えるマイクだが、いつしか彼の意識は朦朧としてくる