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ビジネスライクな夫婦愛 『功名が辻』のモデル 山内一豊・千代夫婦【歴ドル美甘子のラブラブ♡偉人伝】

ライター情報:美甘子

歴っしゅ! 歴ドル美甘子です。「ラブラブ♡偉人伝」、今回のテーマは、大河ドラマ「功名が辻」のモデルになった「山内一豊・千代(見性院)夫婦」です。内助の功として夫を支える妻・千代が有名ですが、一豊との間にはどんな夫婦愛があったのでしょう!
山内一豊の銅像(高知城・著者撮影)

山内一豊は天文14年(※天文15年の説もあり)、岩倉織田氏の重臣である、山内盛豊の三男(※二男の説もあり)として尾張国に生まれます。姉川の戦いで初陣を飾り、賤ヶ岳の戦いや小牧・長久手の戦いなどで活躍。1600年の小山評定では、東軍西軍のどちらに着くか迷う武将が多い中、所有する掛川城を家康に差し出し、関ヶ原の戦いで東軍として武功をあげ土佐国一国を与えられ、土佐藩の初代藩主となった人物です。
山内一豊の妻・千代の銅像(高知城・著者撮影)

妻・千代の出自は詳しく分かっていませんが、近江国(現在の滋賀県)生まれで、浅井氏の家臣、若宮友興の子である説が有力です。一豊と千代の結婚は、一豊が初陣を飾った1570年の姉川の戦いから、1573年織田氏と朝倉氏が戦った刀根坂の戦いの頃とされています。
一豊は25歳くらい、妻・千代は10代の頃だと思われますから、二人共若い年齢での結婚ですね。
功名が辻ポスターと打ち掛け(高知城・著者撮影)

2006年の大河ドラマ「功名が辻」では、一豊を上川隆也さん、千代を仲間由紀恵さんが演じて話題になりました。

一豊が掛川から土佐に入国したのは1603年。それまで長宗我部氏が領主であったため、旧家臣たちと土佐国内での紛争がありました。一豊は有益な長宗我部の旧家臣達を懐柔して登用し、高知城築城の際も影武者と共に争いが起こらないか見回っていました。

ライター情報: 美甘子

愛媛県今治市大三島出身。
歴史上の人物をこよなく愛する歴史アイドル(歴ドル)界の第一人者。
BS12「せいこうの歴史再考」に出演中。

URL:Twitter:@rekish_mikako

2017年3月14日 12時00分