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負けたら毛を剃れ! 恐るべき日本レスリングの掟

『1975年のアントニオ猪木』に始まる数々の著作は、ここ数年で書かれたプロレス関連の書籍でもっとも興味深いものである。
関係者にインタビューを行い、数々の証言から全日本女子プロレスという過激派集団の姿を浮かび上がらせた『1993年の女子プロレス』、10代の女子ファンをとりこにした稀代の天才レスラー2人を主役とする『1985年のクラッシュ・ギャルズ』は、プロレスファンならずとも読むべき傑作である。後者は第43回大宅荘一ノンフィクション賞の最終候補作にもなった。惜しくも受賞は果たせなかったが、受賞作『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也)とともにプロレス関連の書籍が2作も候補に入ったことは大きな話題となった。
その柳澤が、日本レスリング界の正史を描いたのである。日本レスリング協会は、前身の大日本アマチュアレスリング協会発足の1932年から数えて、ちょうど今年で80周年を迎える。その記念年であり、同時にオリンピック・イヤーでもある2012年にこういう本が出たことはたいへんに意味がある。当然ながら協会関係者の談話が満載されており、その豪華な顔ぶれには目が眩む思いがするほどだ。

その「正史」の一部を紹介しよう。
ごく単純に言ってしまえば、日本レスリングの原点には「黒船来襲」の史実がある。時間は1921年3月のある時点にさかのぼる。ドイツ出身のプロレスラー、アド・サンテルは、アメリカ西海岸で日本人柔道家と柔道衣マッチを行い、ことごとく勝利して味をしめていた。そして「世界ジュードー・チャンピオン」を名乗り、柔道発祥の地である日本の講道館に挑戦状を叩きつけてきたのである。これに対して講道館の総帥・嘉納治五郎は拒否の姿勢を示した。門人に他流試合を許さなかったのである。だが、破門覚悟でサンテルと闘おうという者が出てきた。早稲田大学柔道部の庄司彦雄三段だった。1921年3月、靖国神社相撲場で二人は激突する。結果は引き分けである。...続きを読む

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