といって、真に知的で上品な美人をキャスティングしたら、観客は萎縮してしまうだろう。そして、たちまちカヨコの場面は堅苦しく停滞してしまうだろう。地味なスーツや作業服の男ばかり、ゴジラの皮膚はデコボコ、街は瓦礫の山・・・そんな中で、あのつるっと白い肌、ふわっと巻いた髪、エレガントなカラダのライン、ぷるぷるの唇がいわゆる一服の清涼剤となる。そして、どんなときでも声を張って前向き。清潔感、明るさを一手に引き受けている石原さとみは、「シン・ゴジラ」における「命の輝き」および「個」の象徴だと思う。

あの大人数のなかできれいな足を剥き出して堂々としている精神性は賞賛に値するが、集団意識の高い日本人の中で、ただひとり「個」を主張する彼女は標的になってしまう。「シン・ゴジラ」に魅入られ絶賛する観客が、褒めすぎてもアレだから一箇所くらい批判しておこうと思ったとき、そこにいるのが石原さとみなのだ。だってひとり目立っているんだもの。
それは石原さとみのせいじゃない。彼女は徹底して作品に身を捧げているだけだ。作品が、監督が、求めることを必死で守っているのだ。まるで「あなたは死なないわ。私が守るもの」(みんな知ってる綾波レイの名台詞)的献身ではないですか! そして、僕を翻弄しつつも助けてくれる女の子が、とっても頑張り屋さんだってことを僕だけが知っている。そういうパターン、好きですよね、男子。だから、みんな、石原さとみも好きになろうよ!

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