
帰ってきたヤクザ映画、『アウトレイジ』シリーズ
かつては日本映画の主要コンテンツでありながら、近年めっきりとその数を減らしていたヤクザ映画。2010年に公開された北野武監督作品『アウトレイジ』はそんな時代遅れのコンテンツが復権したような興奮があった。相互不信に満ちたヤクザたちの群像劇はまるで昔の東映実録路線が復活したかのよう。次に誰が殺られるのかという緊張感と悪い冗談のような暴力描写、バカヤローコノヤローという大量の罵倒によって生み出されるグルーヴ感に筆者も大興奮した。
いわば主人公不在の群像劇だった『アウトレイジ』の後、ビートたけし演じる大友が主役として立ち上がってきたのが第二作『アウトレイジ ビヨンド』である。前作で死んだはずの男が実は生きていた、という展開も昔のヤクザ映画みたいないい加減さでいいじゃないですか、と余裕をこいていたらビックリ、『ビヨンド』は完全に大友の映画だった。関東と関西の巨大組織が全面抗争に突入するという派手な筋書きながら、最終的には大友が因縁にどう落とし前をつけるかが鍵となった『ビヨンド』には、さながら実録→任侠と、ヤクザ映画の歴史を遡行していくような印象があった。
で、『最終章』である。冒頭、抜けるように晴れた空の下、海に向かって白い軽トラが走っていく。日本に似ているが、看板はハングル。車が走っているはずなのに無音だ。海に突き出した堤防の上では、ビートたけし演じる大友と大森南朋演じる舎弟の市川がタチウオのキムチ鍋の話をしながら釣りをしている。太陽と海に照らされた中の、静謐なシーンである。
「こう来たか〜〜!!」と叫びそうになってしまいましたね、劇場で。誰が見ても『ソナチネ』である。『ビヨンド』の後、枯れた静謐さとユーモアとともに半分死んだように生活する現在の大友を、自作の引用とでも言うべきやり方で表現してきた手管には恐れ入った。
大杉漣、そして西田敏行の顔芸を見よ
大友は『ビヨンド』での抗争後、韓国マフィアのボスにしてフィクサーである張会長を頼り、韓国の済州島の歓楽街を根城にしていた。ある日、彼が派遣した女が気に入らないと、日本のヤクザが因縁をつけてくる。現場に出向いた大友の前に現れたのは、取引のために韓国に来た花菱会のヤクザ、花田(ピエール滝!)だった。弁償として大金を請求した大友に対し、花田は側近に後始末を頼んで帰国。側近は金を回収にきた張会長の部下を殺してしまう。この一件を原因にして、日韓を巻き込んだ巨大抗争が勃発、大友もその渦中に巻き込まれていく。しかし、その裏では日本最大のヤクザ組織となった花菱の跡目争いが進行していた。
『ビヨンド』に引き続き、西田敏行、塩見三省の花菱会若頭の西野&若頭補佐の中田コンビは続投。花菱会は先代の娘婿である野村が会長となっていた。大杉漣演じる野村は元証券マンの金融ヤクザで、金の話しかしない素人ということで古参幹部には完全に舐められている。
実績なしで巨大組織の会長になった野村、そしてそれに敵愾心を燃やす西野という構図が『最終章』のストーリーをドライブさせる原動力になるのだが、この二人を演じる大杉漣、そして西田敏行が最高である。『ビヨンド』での加瀬亮を思い出させるような、弱い犬なのでよく吠えなくてはならない野村のうるささと落ち着きのなさには「頼むからひどい目にあってくれ〜〜!」という気持ちに。
そして西田敏行の顔面の怖さ! 『アウトレイジ』シリーズは俳優の顔のシワやたるみを容赦なく強調し、そのモールドの量で説得力を与えるライティングで撮られているのだが、西田敏行の顔の情報量は別格。何か言うたびに眉間から額にかけての筋肉が別の生き物のようにムニムニ動き、目から頬にかけてのシワはまるでさいとう・たかをの劇画である。
「面白い顔の人が面白い芝居をすると面白い」という根源的な面白さが毎回味わえる『アウトレイジ』シリーズだったが、とにかく今回の西田敏行と大杉漣の顔は別格の面白さ。多分西田敏行の顔だけ30分くらい見ていても全然飽きないと思う。
「子を失い続けた父」の物語、終点へ
ヤクザ社会において極めて重要なのが疑似家族関係だ。気性の荒いヤクザたちを統制するのが、盃によって作られた親分子分という上下のつながり、そして兄弟分という横のつながりである。それに従って見てみると、『アウトレイジ』シリーズというのは大友という「子を失い続けた父親」の物語だった。
大友は一作目『アウトレイジ』では身勝手な親分たちに振り回された上に自らの子分たちを全員殲滅され、『ビヨンド』ではかつての敵ながら自分を慕ってくれた木村とその舎弟たちを無残に殺されている。大友の行動原理は「やられたらやり返す」というもので、劇中で様々な権謀術数を巡らせるヤクザたちに比べると圧倒的にシンプルだ。そして、シリーズを通してこの行動原理を作動させる原因となってきたのが、「子を失った」という事実である。
子を失い続けてきた父親である大友が、『最終章』で新たに「子」とするのが大森南朋演じる市川だ。この市川、もちろんカタギではないんだけど、これまでの子供たちに比べるとなんだかヤクザ感が薄い。ヘラヘラしながらタチウオの鍋について喋り、「兄貴の小指でも餌にすれば釣れるかもしれねえなあ〜」なんて軽口を叩く。天真爛漫なタイプである。
今回の大友がとる行動の原動力も、「張会長がつけてくれた自分の手下を殺されたから報復する」というシンプルなものだ。言うなれば、大友はまた自らの子を失うのである。しかし、『最終章』の「子」である市川が最後にどうなったのかに着目すると、あのラストも非常に納得がいくものだったと思う。子を失い続けた父親の戦いは終わり、暴力まみれの物語は静かに、そして見事に着地したのである。
【作品データ】
「アウトレイジ 最終章」公式サイト
監督 北野武
出演 ビートたけし 大森南朋 ピエール瀧 白竜 大杉漣 岸部一徳 塩見三省 西田敏行 ほか
10月7日より全国ロードショー
STORY
山王会と花菱会の抗争後、大友は日韓を牛耳るフィクサー、張会長の元にいた。しかし、花菱会直参幹部の花田がトラブルを起こし、張会長の手下を殺害。張グループと花菱会は一触即発の状態に。過去の因縁を清算し、張会長に報いるため大友は帰国するが、その背後では巨大組織となった花菱会の内部抗争が渦巻いていた